第三節 魔法の意味

 言語の先生に説明しようとして行った不器用な魔法の見真似は、しかしながら僕の資質を持って魔法の不完全発動を起こす程度には十分だった。


 僕が魔法の使い手として帝国もしくは帝国領主に仕える身になるのは、これで確定した。


 ベトナムでは少女でもカラシニコフを扱うとアメリカ軍は恐れるが、幼いだけで彼女は才能があるゲリラ兵だ。


 この世界で魔法の才能を示したとすれば、その時点で武力であり国家としては訓練を施し体制に取り込む以外選択肢は無い。考えれば分かる事だ。


 の魔法の先生はハンナ・コデット中尉と決まった。僕ら・・の言語の先生と変わらない。言語でも魔法でも彼女は優秀だった。言語能力と魔法能力には一定の相関関係がある。


 魔法を習い始めると、言語の学習も一層進展した。何故なら魔法に使う古語は、トカルイスン語を構成する語彙主体の一つであり、その造語能力は専門用語に大いに借用されていたからだ。



 ◇◇◇



 「ラマ・エタン・ア・トール」

 

 ケンは魔法の言葉を模倣するが、まるで所作が伴っていない。


 『追踵の光珠よラマ・エタン・ア・トールケンに続けイグル・ケン


 右手を交えて魔法を行使すると、光球をケンの頭に取り付けた。


 「おい、タカシ! 眩しいだろ」


 「暗かったんじゃ無いのか」


 「なんで俺には魔法が使えないんだよ」


 「簡単な魔法なら皆使えるはず、とコデット先生は言っていた。この世界の言葉と仕草には全て意味がある。それを理解すればいい」


 受け売りに装っているけれども、僕が最初に魔法を使った時に実体験として学んだ事だ。なかなか人に伝えるのは難しい。

 僕の最初の魔法は呟きを欠いた指と腕の所作のみのものだったけれども、概ねその意味を理解していたからこそ魔法は不完全発動した。

 兵士が魔法を使うのを窓から見ているうちに、僕は意味を類推していたのだ。


 「全く知らない言葉を学んで、さらに魔法を学ぶなんて無理よ」


 「この世界でも魔法を学ぶ必要性を感じていない人達が多数派だ。それでもいいんじゃ無いか」


 近衛の兵士は、帝都ハームワの住民にとって人気の職業だが、それでも全員魔法が使える訳では無い。戦闘魔法を扱えるのが二割、一般の魔法で五割。住民となると魔法の使い手は一割を切る。


 「何よ」


 「チコ、ここは義務教育の世界じゃ無いんだぜ。学ぶ機会があるうちに学んどけよ」

 飽きずに、ケンは光の魔法に悪戦苦闘する。


 「兵士は嫌。コデット先生とか女性の軍人さんだけど、それで普通に戦うとか、おかしいよ」


 「魔法があるから戦えるんだ、チコ。それに僕らを奴隷商人から救った帝都警邏の人も女性だ」


 僕に生きる意味を授けた魔法、僕を人質に取った奴隷商人を狙撃したあの魔法の使い手は、長身で黒髪の女性だった。


 「主婦になりたかったな」


 「ああ、思い出した、進路の事で先生に呼ばれていた」

 

 僕は屋根から滑り降りると、木を伝って地面に降りた。


 「帝都警邏になれるといいね」チコは無責任に人の悩みに介入する。


 「なら、チコは貴族の愛人から始めると良い」

 残念ながら皇后から奴隷に至るまで、この世界のほとんどの女性には明確な仕事がある。


 木立が並んでいる建物の宿舎側から庭を通って教室側に回り込み、ハンナ・コデット中尉の執務室の扉を叩く。


 僕達がこの世界に転生してきてから、三年が過ぎる。

 僕らはトカルイスン帝国近衛師団の第一連隊特殊実験大隊に保護されている。

 ここは通称異世界実験隊と呼ばれており、異世界からの転生者の保護を目的としている。もちろんより大きな目的はあり、異世界テクノロジーの回収を目論んでいる。


 「今は転生者の職業訓練の場だけど」


 大隊の建物から教練場を眺めながらコデット先生が呟く。

 僕達はもうすぐ十五歳になる。この世界では見習いで働き始める歳だ。特筆するテクノロジーを持っていなかった僕達は、異世界実験隊による保護から解放され一般社会に出される事になる。


 「僕達の世界で言う産業革命期以降では、戦闘機の技術者一人が来ても何も作れません」


 「そうやって、自らの進路を狭める」


 「帝都警邏に入りたいのです。警邏見習いの推薦を得るだけの魔法の能力があります」


 「結構貴族的よ、あそこは。タカシ君なら大丈夫だと思うけど。ただね、ある所から勧誘が」


 帝都警邏は実は公的な組織では無い。資金的には大貴族や商人の寄付でまかなわれ、貴族や皇帝の直参じきさんが持つ個人的な警察権でもって逮捕や処刑が行われる私設軍だ。

 言っても西部劇の保安官も似たようなものだ。


 「近衛ですか」


 「近衛というより、名誉連隊長のラルフ皇子殿下がタカシ君に興味をお持ちで、次の一曜日に来隊との事」


 「近衛の指揮官や兵士から支持が高い方のようです」

 ラルフ皇子の来訪は聞いていたので周辺の大人の評判を集めたのだが、目的が僕だとは思わなかった。


 「そういう見方は大事ね。近衛と警邏の魔法隊を強化したのは殿下で、帝都ハームワの治安は七割改善された」


 ラルフ皇子は、啓蒙主義者という分類に入るのだろうか。奴隷制を廃止、領主権限を制限して中央集権国家を作ろうとしている。

 僕らが来た日本では啓蒙主義に関して不当に低く評価されているが、それは明治維新を都合良く忘れている。


 「敵は多いのですか」


 「諸侯と奴隷商人から。だから味方が欲しい」


 稚児ちごでは無いのだから、十五歳で皇子の部下として加えられるのは勘弁願いたい。


 「何と言えば良いのでしょう」


 「正直に話していいけど、確約は駄目。相手は皇子殿下だから公的な約束に相当する」


 「分かりました。それで内密の話しというのは?」


 教員室に繋がった面談室では無く、個人の執務室に呼び出した事には意味があるはずだ。


 「タカシ君は察しがいい子。でも今日はやめておきましょう」


 コデット先生は、声を小さくすると顎を上げ目で扉を指し示す。

 ケンとチコであろうか、部屋の外で聞き耳を立てている気配がある。


 「なるほど、ではまたの機会に」


 退出して気が付かない振りをして廊下を小走りに歩くと、ケンが足音を立てて追いかけてきた。


 「なんだよ、皇子に会えると思ったのにタカシが目的かよ」


 「ケンは皇子殿下に会って、何がしたいんだ」


 「貴族になりたい」


 共産党員の子供ケンは、臆面も無くそう言い放った。

 確かに皇子の臣下になるならそれもありだろうか。代償も大きそうだ。


 「馬鹿じゃ無い? ケンはまだ小学生なの? 夢はお姫様! と変わらないんだよ」


 「なんだと、チコ。この世界ではお嫁さんより現実的だ」


 「ケン、本当の用事は何だ」


 ケンはそこまで支離滅裂では無い。わざわざ、追いかけてくるのはただの盗み聞きだけでは無いはずだ。 


 「ポイド先生からプレゼントを貰ったんだ」

 こちらも、おそらく本題では無い。


 「ただでは見せてくれないんだろう?」


 「最後、コデット先生と何話してたんだよ」

 こういう時のケンは本当に鬱陶しい。


 「……時間だし、ミーアとデートしてくる」


 ミーア・キャリアットは、異世界実験隊に雇われた若い使用人だ。

 彼女は寡黙で考えている事は良く分からないのだが、買い物ついでに本当は禁じられている外に連れ出してくれる。恋人では無いのだが、手は繋いでいる。そんな関係だ。

 もちろん先生にはばれているので、僕は知らないけど出自は確かなのだろう。


 「なんだよ。いいよな、外に出られて」

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