第13話「疑いと仲間」






   13話「疑いと仲間」





 椋の手が小刻みに震えていた。

 花霞に「今日は帰れない」と連絡を入れようとスマホを持とうとしたけれど、上手く持てなくて止めてしまった。


 はぁーーと大きく息を吐いて、落ち着こうとする。けれど、先ほどの事が頭から離れる事はなかった。



 椋に助け出された誠はすぐに救急車に運ばれて病院に向かった。

 先輩である椋が共に救急車に乗った。

 火傷も酷くなく、足も大怪我というほどではないと聞き安心した。爆発が起こった時、椋の声を聞いて誠が咄嗟にドアを閉めた事で衝撃や、熱風が避けられたのではないかという事だった。だが、後頭部を強く壁にぶつけた様子もあるので、検査が必要とのことだった。

 本当ならば病院に付き添いたかったけれど、誠の両親が駆け付けてくれたので、椋は挨拶をした後に警察へと戻っていた。

 報告書を書こうと思っても、なかなか進まずに呆然としてしまう。周りは夜勤務以外も同じ様子だった。

 


 作戦の失敗。

 情報が相手に洩れていたとしか考えられない状況だ。拠点となっていたはずの場所には人だけではなく、物が何もない状態になっていた。もぬけの殻だったのだ。突入を決行したからには、中に人が入った状態を確認してから行うはずだ。だか、誰一人としていなかった。

 監視を見破って抜け出したのだ。


 それが出来る理由はただ1つ。

 警察の作戦が外に筒抜けなのだ。


 仲間の中に裏切り者がいるのか。

 それとも情報を盗聴や監視されているか。

 それのいずれかだと、誰もが考えていた。

 そのため警察内の雰囲気はどんよりとしていた。そして、何より仲間が負傷したのだ。しかも1番下の後輩であり部下だ。

 守って人間が怪我をした。それが先輩として悔しくて仕方がなかった。


 それを誰よりも悔やんでいるのが椋だった。


 誠を助けたとき、救急車に乗ったとき。どうしても記憶が被ってしまうのだ。

 遥斗が死んでしまった時と。



 また、俺は助けられなかった。

 自分を信頼してくれる人を。

 無力で情けなくて、悔しい。感情が高まりすぎて涙もでなかった。むしろ、自分に対しての怒りの感情が大きくなっていた。

 

 警察に戻ってきた意味があるのか。

 そんな事まで思ってしまった。



 「何て顔してんだ、鑑」

 「………滝川さん………」



 警視である滝川の突然の登場に、椋も他の警察官も驚き、立ち上がって敬礼をする。すると、滝川「いいから、仕事してくれ。俺は鑑に会いに来ただけだ」と、言って他の人達をすぐに座らせた。



 「腑抜けた顔してんだ。行くぞ」

 「どこにですか……」

 「話聞かせろ」



 滝川の言葉は強いものだった。

 こうなっては断っても彼は許さないと椋は知っていたので渋々滝川に後についていった。





 滝川が向かったのは、空き会議室だった。古びたパイプ椅子に滝川が座ったので、椋も向かい側に椅子を出して座った。



 「今回の作戦内容と栗林が怪我を追った状況を教えてくれ」



 滝川がそう言ったので、麻薬組織の隠れた拠点を捜査したこと、誠が他の部屋を開けようとして際に爆発が起こった事を伝えた。

 すると、滝川は苦い顔をした。



 「………なるほどな。情報が漏洩していたか。そして罠まで仕掛けられてるとは。警察も嫌われた物だな」

 「…………」

 「栗林の状態は?」

 「火傷も酷くなく、足の怪我も深くはなかかったので軽傷です。ただ頭を打った可能性があるので検査するそうです」

 「………不幸中の幸いだな。ったく、不注意に部屋を開けるからだ。気を付けてもらわなければならないな」

 「俺がしっかりと注意をしていなかったのが悪いです。事前に何かおかしいと違和感を感じていたのに………」

 「それを上には報告したか?」

 「いえ………」



 椋が悔しそうにそう言った姿を、滝川はいつもの無表情で見つめていた。

 普段ならば「しっかりしろ!」と怒鳴られる所だが、この日の滝川は何かおかしかった。



 「もうこんな時間だ。花霞さんには連絡したのか?」

 「いえ………まだです………」

 「メッセージ入れとけ。心配して連絡来ているんじゃないのか?」



 椋が慌ててスマホを開くが、花霞からのメッセージは届いていなかった。

 だが、その代わりにまたメールが1件届いていた。

 それを見て、椋はハッとした。また、あのメールだろう。そんな予感がした。

 椋はそのメールフォルダを恐る恐る開ける。


 すると、宛名には「遥斗」と書かれていた。

 椋は、嫌な予感がしたけれど開けないわけにはいかない。中身を見ないで削除をしてもいいのだが、なぜかそう思ってしまうのだ。


 指でそのメールに触れるとすぐに画面は切り替わる。

 そこには、いつもより少し長めのメッセージが届いていた。



 『先輩が一緒に死んでくれないなら、先輩が大切なモノを貰います』



 そのメッセージを目にした途端に、椋の顔色が変わった。

 

 椋を殺すために、大切なモノを奪うために、爆発をした。作戦内容は相手に漏れていたのだ。そうなれば、椋と椋の部下である誠が、あの場所から侵入するのはわかっていたはずだ。

だからこそ、あの場所に爆発物を置いたのだ。

 そう考えるのが1番納得できるのだ。

 それに、椋の勘がそう言っている。


 俺が居たからあの作戦は失敗しなかった。

 俺がいなかったら、誠は怪我をしなかって。


 椋はそう思い、激しく動揺してしまう。

 体が重くなり、一気に体温も低下したように感じた。


 椋の異変に気づいた滝川は、焦った様子で椋の傍に駆け寄った。



 「おい、鑑………おまえ、どうしたんだ?」

 「…………俺が………」

 「花霞さんに何かあったのか?」



 椋は、首を横に歩ってスマホを滝川に渡した。震える声のまま、椋は滝川にメールについて話を始めた。



 「…………実は、少し前から、遥斗の名前でメールが届くようになったんです。いたずらメールでたちが悪いとは思ってたんですが、メールだけだったので、放っておいたんです。………ですが、今回来たメールが………」

 「これは………」



 最近届いたものを見た後、遥斗と書いてあるメールを滝川は次々にメールフォルダを開いていく。


 そして、はぁーとため息をついた後、「酷いな」と言葉をもらした。



 「確かにイタズラともとれるメールばかりだが………今回のに限っては違うだろうな。爆発物を準備したのが、このメールの送り主だろうな」

 「そうですね………それが濃厚だと思います」

 「そのメールアドレス控えてもいいな?サイバーのやつらに見てもらう」

 「ぜひ、お願いします」



 滝川は遥斗が使っていたメールアドレスをメモした。滝川もアドレスには入っているはずだが、椋に届いたものを見てもらうのが確実だと思い何も言わなかった。



 「実は、栗林のスマホから情報が取られていた形跡があると、さっき連絡が入ったんだ。おそらく、栗林が狙われたのは………」

 「俺の情報を抜くため、ですね」



 やはり目的は自分なのだと、椋は大きなため息をついた。

 椋に恨みがあるとなると、檜山関係しか思い当たらなかった。麻薬組織に潜入捜査で入っていた事はバレているだろうが、それが鑑椋という人間だとは知られていないはずだった。


 けれど、復讐のために檜山を直接狙った事で、顔が割れたのだろう。あの事件の時に逃げ残った奴がいたのだろう。



 「あの事件後に警察に入った者も徹底的に調べる。…………おまえの部下もそうだというのを忘れるなよ」

 「なっ…………!誠は怪我を負っているんですよ?そんな事………」

 「元警察官である遥斗のメールアドレスを不正に使えるためには、よほどの知識がないと難しいのではないか?………サイバー課にいるような、ネット関連の知識が豊富な人間が、檜山達の組織にもいたはずだったな」

  


 確かにあの組織にも警察のサイバー課のようにPC画面を睨み付けて、カタカタとキーボードを打って見えない敵と戦っている奴らはいた。

 そこに、誠が居たというのだろうか。

 椋にはそんな風には到底思えなかった。

 

 憧れだと言っていたのも、作戦前緊張して体が高くなっていたのも、自分が率先して動こうと爆弾が置かれた扉を開いた時とも。

 彼には、何も不審な部分などなかった。


 なかったと、椋は信じていた。



 まっすぐ滝川を睨み付けるように見る椋に、滝川は苦い顔を見せた。

 滝川は「悪かった。栗林は俺の考えすぎだ」と椋に謝罪した。

 けれど、滝川は誠に無実だという証拠がないのであれば、彼から疑いの目から外すことはないだろう。

 それは上に立つものとして、最悪の結果を考えなければいけないための、疑心なのだろう。



 「何はともあれ、狙われているのはおまえだ。だが、あまり気負いすぎるなよ。今回は、警察の任務だ。おまえ一人で解決するものではない。責任を取るものでもない。…………覚えておけ」

 「……………はい」



 滝川の言葉にハッとしてしまい、椋は返事をするのが遅れた。


 どうしても、少し前の自分のように一人で何とかしたいと思ってしまっていた。

 遥斗の名前を使ってメールを送ってきた相手を見つけて、何が目的で、どうして自分を直接攻撃してこないか。それを聞きたかった。


 そして、誠を傷つけた罪を償って欲しい。そのためには、自分が何とかしないといけない。


 そう焦ってしまっていた。



 けれど、今は警察にいるのだ。

 仲間たちの力を借りられる。

 それが、どれだけ力強いのかを椋は感じていた。こうやって相談できる人がいて、これからどうやって動いていくのか皆で考えていき、そして、犯人を見つける手がかりを見つけてくれる人がいる。


 今までは全て一人でやっていたのだ。

 本当に心強い。

 椋の表情には少しだけ安堵が見えた。


 しかし、それも一瞬だった。



 「ただ心配なのは、新しいメールのおまえの大切なモノを貰いますって言葉だが………鑑、おまえの大切なものっていえば…………花霞さんには連絡は取れたのか?」




 その言葉に、椋の思考も体も一気に凍りついたように冷たくなった。





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