第6話「メール」






   6話「メール」






   ★★★




 「先輩待ってください!」

 「…………」



 後から駆けてくる男の声が聞こえた。

 椋はハーッとため息をついた。


 椋は警察の青い正装に身に付けていた。

 久しぶりのきっちりとした制服、装備品が吊り下げられている帯革(たいかく)はずっしりと重く感じられた。

 けれど、しばらく着るとすっかり慣れてしまうから不思議だ。

 仕事も新しい事や人を覚えるのに始めは必死だったけれど、1度経験したことは体で覚えているものだと改めて感じていた。1ヶ月が経つ頃には、昔と同じように働けているのではないかと椋は思えた。



 しかし、慣れないものがある。

 それが後ろから付いてくる男だった。

 椋は、くるりと後ろを向いてその男を睨み付ける。



 「おまえな………先輩って呼ぶのやめろ。俺は1回辞めてるんだから先輩じゃないだろ?」

 「そんな事ないです!俺は、歳も経験も鑑先輩より下です!」

 「………まぁ、そうなんだけど………」



 椋は、また大きくため息をついた。

 地毛が赤毛のように明るい茶髪の男は、垂れ目の目尻を更に下げて、ニッコリと微笑んでいる。この男の名前は、栗林誠(くりばやしまこと)で、先日から椋の部下になったのだ。

 まだ警察に戻ってきたばかりだというのに、何故部下がつくのか。疑問に思い抗議すると、どうやらあの滝川が仕組んだ事らしい。

 滝川が本部の人間で、役職も高い。なかなか会えないので、電話をしてみると「おまえが勝手に辞めたのと、檜山を調べ回ってた罰だ」と、言われてしまい何も言えなかった。

 滝川にはやはり敵わないようだ。



 「俺、絶対に鑑先輩の下につきたいと思って、上司にお願いしたんです」

 「…………なんで、そんな事を………」

 「だって、出戻りだけどかなりエリートだって聞きましたし、後輩からは根強い人気で辞めるときは凄かったようですし、奥さんはかなりの美人だって聞きました」

 「なんだ……その噂は………」



 興奮気味に言う誠の話を聞いて、鑑は呆れた声をあげた。

 確かに後輩からは慕われていたようで、辞めるときはかなりの人から声を掛けられ、泣かれた事もあった。それを思い出してたが、逆に先輩からは先に出世をしたとして煙たがられたものだった。そちらの噂を誠は知らなかったようだった。

 そして、花霞を知っているのはあの事件に顔を出した人ぐらいだろう。特に滝川が怪しいと思った。



 「あんまり期待しないでくれ」

 「そんな!少し一緒に動いただけでも、かっこいい先輩だと思っていますよ!」

 「………誠。おまえの噂の方がすごいと思うぞ。サイバー課で活躍していたそうじゃないか。手放したくなかったと言われたんだぞ」

 「いいんです!サイバー課はいつか戻ればいいんですから」

 「…………まぁ、厳しくするけどな」

 「はい!よろしくお願いいたします」



 椋がそういうと、誠は大きな声で返事をした。それを聞いた職場の仲間達は「若いねー」と笑っていた。



 椋が配属されたのは刑事局の組織対策本部という場所だった。暴力団や薬物対策をする場所であり、椋は前と同じように薬物銃器対策課に配属されたのだった。

 昔の経験を生かしてほしいとの事だろうと思われた。



 椋は誠との話を終えた後に自分のデスクに戻り、仕事を進めていく。

 すると、自分のスマホが点滅しているのがわかった。この日はまだ休憩も取れていなかったので、スマホを見る時間もなかった。


 そのため、椋はその内容を確認するためにメッセージを開いた。すると、花霞からのメッセージがあった。それを「花霞」という名前が表示されるだけで椋は思わず微笑んでしまう。


 花霞からのメッセージは「今日は暑いから冷しゃぶにしようと思います。」という、簡潔なものとうさぎのスタンプだった。椋はすぐに「楽しみにしてる」と送る。それを閉じようとすると、隣のデスクの誠が、「あー!噂の奥さんからですか?」と覗いてくる。

 けれど、椋は「勝手に見るな」と頭を押して自分のデスクに戻るように促した。


 今度こそ、自分のスマホを終おうとしたときに、メールが届いているのに気づいた。

 最近ではメールは使われないので珍しいなと思い、メールフォルダを開く。


 すると、そこには信じられないものが表示されていたのだ。



 「なっっ!!」



 椋は、あまりの衝撃に声を上げてしまう。

 そして、すぐに顔が真っ青になってしまった。


 「せ、先輩?どうしたんですか?………何かありましたか?」

 「…………」

 「鑑先輩?」

 「あ、あぁ………悪い」

 「大丈夫ですか?」


 誠は、思い詰めた表情でスマホを見つめている椋の顔を覗き込んだ。椋はすぐにハッとして、返事をするが考え込んだ顔をしてまた、視線を一点にして見つめていた。



 「悪い………。トイレ行ってくる」

 「………はい」



 椋はスマホを持ったまま、その場を離れた。


 そして、人がいない階段で再度スマホを開き、メールフォルダを見つめた。


 そこにはありえない人物からのメールが来ていたのだ。



 「誰が、こんな事を………」



 椋のスマホに届いたメール。

 そこには、藤原遥斗の名前が表示されていたのだった。


 震える指で、そのメールをタップする。

 すると、瞬時にメールの内容が開かれる。




 『何で助けてくれなかったんですか 先輩』




 遥斗から宛てられたメールには、そう書かれていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る