第5話「ミモザ」






   5話「ミモザ」



  

 椋との1日デートから、更に2人の関係は深まっていった。前から仲が悪いわけでもなかったけれど、すれ違いの生活の中でも幸せを見つけられるようになり、そしてお互いを支えていこうと強く思えるようになってきた。

 余裕がある生活になったといえば、かっこいいかもしれないけれど、お互いが大人になれたのかもしれない。





 そして、いよいよ椋が警察官として再スタートし始めた。

 彼の生活は不規則になっていき、会えない日も増えた。けれど夜勤の後は休みもあるので、花霞の休みを合わせたりしながら2人の時間を作っていった。



 花霞といえば、モデルの結婚式をした後はとても忙しかったけれど、今は少しずつ落ち着きを取り戻していた。また、結婚式の依頼がきたりもしたけれど、1度経験した事なので少しは余裕をもって取り組めていた。



 「花霞個人へと仕事の依頼が増えてきたね。もう自分の店持てるんじゃない?」

 「え?そんな事ないよ………みんながいるから、助けてもらって出来てることだし」

 「そう?そんな事ないと思うけど………。花霞だから出来てる仕事もあるよ。私はここにいて貰えて助かってるけど、花霞が独立したいなら応援するからね」

 「うん………でも、考えたことなかったよ」



 ある日の午前中。

 栞の突然そんな事を話し始めたのだ。

 考えもしていなかった事に、花霞は驚いてしまった。


 自分が独立して店を持つ。

 そんな事はありえないと思っていたし、花が好きだから花と関われる仕事ならばこのままでもいいと思っていた。



 「そうなの?まぁ、結婚もしたし、そのうち子どもってなったら難しいかな」

 「こ、子どもっ!?」

 「え………考えたことなかったの?」

 「そ、そんな事はないけど………あんまり人に言われなかったし」



 また、驚きの発言をされて花霞は声をあげてしまう。けれど、栞はいたって普通の調子で話をしてくる。けれど、結婚したから子どもは、という考えは当たり前なのかもしれない。


 それに、花霞自身も彼との子どもを考えたことがなかったわけでもない。

 2人の子どもが出来たら、とても素晴らしい事だし、絶対に親バカになるだろうなと思っていた。けれど、彼からそんな話しをされたことはほとんどなかった。椋は今はとても忙しい時期なのでそんな事を考える暇もないのだろう。



 「子どもかー………」

 「花霞と椋さんの子どもなんて、スッゴい、可愛いだろうなぁー。私も可愛がりたいよ。あ、ここに子ども連れてきて仕事してもいいからね。もちろん、休んでもいいし」

 「もう!気が早いって!」

 「ははは。まぁ、独立も子どもも私は賛成だから何でも相談してね」

 「うん、ありがとう」



 優しい上司であり、親友がいて自分は本当に恵まれている。そんな風に花霞は感じて微笑んだ。



 そんな話が終わったタイミングで、店内にお客さんが入ってきた。

 若い男性で、黒髪を長めに切り揃え、顎がシュッとし、切れ長な目が印象的な人だった。

 男性が店に入るのは緊張するようで、キョロキョロする人が多かったけれど、その男性は堂々と店内を見ていた。



 「いらっしゃいませ。プレゼントでお探しですか?」



 栞がその男性に笑顔で声を掛けた。

 男の人が花屋に入るのは女性にプレゼントを贈る場合が大半なのだ。そのため、栞はそのように声を掛けた。

 すると、その男性は栞を見て上品に微笑んだ。



 「あ、違うんですけど………ブログの……このブーケを作った方は、あなたですか?」



 その男性はこの店のブログの写真を栞にみせて質問してきていた。SNSを見てくる人は多いので、ありふれた光景だった。

 花霞は、それを見ながら他の仕事を続けた。


 

 「鑑さん。お客様だよ」

 「え………?」



 対応していた栞が、花霞を呼んだ。

 栞は嬉しそうに、「SNSで花霞のブーケみて気になったんだって。ぜひ作って欲しいって」と教えてくれた。


 花霞は驚きながらも、やはり自分が作ったものを見て来店してくれるのは嬉しくて思わず笑顔になってしまう。



 「ありがとう、いってくるね」

 「うん。よろしく」



 花霞は、店内の花を見て歩く男性に近づき話しを掛けた。



 「お待たせしました。鑑です。」

 「あ、お姉さんがあのブーケを作ったんですね。見たとき、すごく綺麗だなって思ったんです」

 「ありがとうございます。そう言っていただけて、私も嬉しいです」

 「花って全然興味なかったけど、でもいいですね。すごく魅力的だなって思って」



 その男性のキラキラした笑顔で花を事を楽しそうに話すのを見て、花霞は嬉しくなって思わず微笑んでしまった。

 すると、その男性はハッとして「あ、すみません」と、慌ててそう言った。



 「テンション上がりすぎですよね。余計な話をして、すみません」

 「いえ。お花の話が出来るのは嬉しいので。大丈夫ですよ」

 「あの、ブログみたいな同じようなブーケが欲しいんです。あ、でも全く同じではなくて………今の季節にあったものを」

 「かしこまりました。お客様の好きな花とか色はありますか?」

 「花はわからないので…………そうですね。白とか派手ではないのがいいですね」

 「………そうですね…………」



 女性が好む華やかではなく、落ち着いた雰囲気の方がいいのか。それとも、清楚な感じがいいのか。花霞は、考え込んだ後にその男性にイメージを伝えた。



 「自然のままの花たちはどうかなって思って………ボタニカルなイメージで、花と草とを使ったものはいかがですか?」

 「ボタニカル…………?自然っていうのはいいですね。鑑さんにお任せします」

 


 そうして、大体のイメージを彼に伝えてブーケを作ることになった。時間がかかるので外に出ていてもいいと伝えたけれど、彼はここで待ちますと言い、花霞の作業を見つめていた。



 「お姉さん、下の名前は何て言うんですか?」

 「えっと………かすみです。花に霞ヶ浦の霞です。」

 「名前に花がつくんだ………。本当に花が好きなですねー」

 「はい。大好きな花が名前に入っているのは、嬉しいですね」



 花霞は選んだ花を順番に取り、色合いを見ながら場所を決めていく。白の花と、緑の鮮やかな葉っぱ、そしてドライフラワーの少し茶色くなった物もいれていく。アクセントに小さな黄色のミモザの花を入れて夏らしくしてみた。ミモザは初夏の花なので、このブーケにピッタリだと思った。

 出来上がったものを綺麗にラッピングをして最後に持ち手に黄色のリボンをつけた。



 「お待たせ致しました。ブーケ出来上がりました」

 「わぁー!可愛いですね。すごく素敵です」

 「よかったです。ご満足いただけて」



 ブーケを手にして、その男はニッコリと微笑みニコニコとブーケを見つめていた。こうやって目の前で喜んでもらえると、花霞も嬉しいものだった。



 「花霞さん、この黄色のお花は何て言うんですか?」

 「………え?」

 「この小さく可愛いお花です。」



 普通に下の名前を呼ばれた事に少し驚いていたけれど、目の前の男はいたって普通に質問しているだけのようだった。

 顔が整っているし、人懐っこい性格なので、女の人に慣れているのだろうと思い、花霞はそれ以上は気にしないことにした。



 「それはミモザの花ですよ。初夏の花になります。花言葉は、優雅、友情。黄色の花言葉は秘密の恋、です」

 「へー…………秘密の恋、ですか」



 そういうと、彼は花霞の手元を見つめてから、にっこりと微笑んだ。花霞はその意味がわからずに、彼を見るが彼は何も教えてはくれなかった。

 そしてブーケのお金を払い終わると、その男は「今日はありがとうございました。おうちに飾りますね」と言って、ブーケを持って立ち去ろうとした。

 けれど、彼は振り返って花霞を見た後に綺麗な顔で微笑み、「ほたる、です。」と言った。



 「ほたる………?」

 「僕の名前。蛍って言うんです。よろしくお願いいたします。花霞さん」



 そういうと、ブンブンと大きく手を振ってから彼は駆けて行った。



 「蛍くんかー。珍しい名前だなー」



 彼を見送り小さく手を振りながらそういうと、後ろから栞がひょいっと顔を出した。



 「随分、楽しそうにしていたようで?」

 「え?お花好きな人だからついつい話しちゃうよね」

 「…………秘密の恋、ねー………」

 「え………?そ、そんな事ないよっ!!」



 栞が薬指の結婚指輪を指差しながら「秘密の恋」というので、さすがにわかってしまった。

 花霞は慌てて否定をする。そんなつもりは全くなかったし、一人のお客さんとして対応していた。



 「わ、私は椋さんだけだよ。彼が1番大切で大好きだから………そんなことは絶対にないよ!」

 「はいはい。そうでしたねー。いつまでもラブラブな新婚さんで羨ましいです」

 「もう、からかわないで!!」



 花霞が大きな声でそういうと、「ふふふー」と笑いながら、栞は逃げるように店の中に入っていた。


 花霞は苦笑しながら店に入る。

 そして、蛍の事を思い出した。彼が花をもっと好きになってくれればいいな。そんな事を思っていた。




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