第7話 一体どこでナニを間違えてしまったのか
失敗だった。いや、いきなりこんなことを言ってしまってすまない。しかしながら、今の僕にはこういうしかないのだ。
『アメフトサークルGORILLAに入会したのは人生最悪の失敗であった』と。
愛という不確かなものに辟易した僕は、男同士の友情を求めてGORILLAと言う名の、生物学上はオスに分類される生命体で構成されたアメフトサークルに加入した。そこでならばきっと、僕も熱い青春を過ごせるはずだと期待して。
そして、そのGORILLAというサークルは、ある意味で僕の期待通りだった。というか、期待以上だった。それどころか、期待を遙かに上回りすぎてしまった。なんと言うことか。
「何やってんだ! もっと頑張れよ! お前ならやれる! お前ならやれる! あとたった10kmだぞ! 諦めるなよ!」
熱い。確かにアメフトサークルGORILLAでは、熱き青春の炎がメラメラと燃えさかっていた。しかしながらその熱さは、もはや精神的熱さを通り越して、現実として暑苦しいレベルのものであった。
『どこの有名テニスプレイヤーだ』と聞きたくなるほどの熱血指導。そのあまりの熱の入りように、僕は自分の体が、彼らから飛び散りまくる熱血を浴びて延焼を起こしているのではないかと何度も錯覚し、冬だというのにプールに飛び込みたい衝動に駆られた。
一日20kmのランニング。そして、それが終わったら腕立てと上体起こし、それぞれ30セット。やっと全て終わったと思ったら、「よーしお前ら、コートの真ん中にいけぇ」と言われ、体長2mはあろうかという武装した大男達のタックルをマットで受け止めさせられる。
地獄である。ここが地獄でないというのならば、一体どこが地獄だというのか。この場所こそまさに、この世の灼熱地獄だ。青春の青き炎が揺らめく、恐怖の熱血地獄である。
僕と同時期にGORILLAに加入した者の多くは血反吐を吐き、涙をこぼし、体に傷を刻み込み、吐瀉物を地面にぶちまけた。僕もまた、朦朧とする意識の中で、何とか意識を保とうと必死に抗った。
しかしながら、大学に入学するまで運動など自ら進んでやってこなかった僕が、このような苛烈な地獄の特訓に耐え切れようはずもなく、すぐに限界が来た。
僕と同時期に入会した同期の中には『こんな練習では物足りない。もっとキツくしてください』などとたわけたことを言うドMの変態もいたが、しかしながら新入生の多くは、1週間ともたずに脱落していった。
もっとも脱落したとは言っても、熱き青春に燃えるサークルの先輩方がそのようなズル休みを許可するはずもなく、休んだ者の家に押しかけて、有給休暇を主張する新入生を全員、家から引きずり出したのであるが。もちろんのこと、三日目にして肉体の限界を悟った僕もまた、京大生にしてはたくましすぎる筋肉をお持ちの先輩方に家まで押しかけられ、サザエの如くに籠城していた布団の中から強制的に引っ張り出されて連行された。
かくして、入会を後悔するほどに苛烈な修行をする羽目になっていた僕であったけれど、そんな僕をより一層苦しめたのは、ほぼ毎日行われる活動終わりの飲み会だった。無論、強制参加だ。
『一体どこにそんな量の酒が入る胃袋が座しているのか?』と不思議になるほどに、マッチョの極みにおられる先輩方は、酒を飲んだ。飲んで飲んで飲みまくった。
あるときは店の酒樽を空にし、またあるときは、コンビニの酒類の棚を在庫待ちの状態にし、またあるときは、京都大学周辺から、全ての酒を蒸発させた。恐るべき飲みっぷりだった。
しかし、そんな酒もタダではない。飲めば飲むほど、その分払うべき代金は増えていく。そしてそのしわ寄せは、それを飲んでいる者だけに限らず、飲み会に参加している者達全員に、つまりは僕たち新入生にも等しく降りかかってきた。その結果何が起きたか。
端的に言おう。たった一週間で、僕の体重は10kg減少した。
地獄の猛特訓、そして金欠による強制断食。
消費エネルギーに対する獲得エネルギーの、そのあまりの少なさに、先日の暴飲暴食で僕の腹部に蓄えられていた大量の脂肪分は、一瞬のうちに消失したのだ。いや、むしろ減った。恐るべきダイエット効果である。
しかも問題はまだあった。
僕がこの恐るべき酒豪の巣に入会する決め手となったことの一つに、女性比率の少なさがあったのは、すでに述べたとおりである。
男と女が集まれば自ずと、ドロドロとした愛憎が繰り広げられてしまう。そんな考えから僕は、色恋沙汰とは無縁そうなこの圧倒的筋肉サークルに加入した。
……が、しかし。その考えは間違いだった。
確かに普段は、我がサークルは凄まじく男気溢れる無骨な場所だ。そこには、色恋沙汰など一切無い。けれども。飲み会の時は違った。
酒を飲む。すると当然、酒に酔う。頭がホンワカとする。思考もままならなくなる。そして、その思考停滞は酒を飲めば飲むほどに酷くなっていき、ついには前後不覚の状態へと陥る。前後不覚の者からしてみれば、目の前に居るのが男なのか女なのか、それはつまらぬ問題だ。
互いに酔っている。とりあえず一緒に帰る。とりあえず服を脱ぐ。そして……そういうことである。
僕が確認した中で、すでに4人が、昼間は友と呼ぶ仲間と共に、夜の町へと消えていった。翌日、彼らが決して互いに目を合わせようとしなかったことは言うまでもない。
つまり、そういうことである。互いに前後不覚になった者達同士、うっかり性別を超えてガッチャンコしてしまったのである。なんたる悲劇か。
そして問題は、このままこの環境に居続ければ、いずれ僕も前後不覚になり、最低最悪の朝を迎えてしまうという可能性が、少なからず存在していると言うことだった。
女性との出会いを拒んでここに居るというのに、こんな場所でムサい男と合体してしまうなんて、そんなのとても笑える事態ではない。人の子らを結びつけるべく日々奮闘している恋のキューピッド達も、きっと引きつった表情で苦笑いをすることになるだろう。
とまあそんなわけで、自らの命と貞操の危機を感じた僕は、『こんな所に居られるか!』と、この恐るべきサークルを抜けることを決意した。
しかし、それは簡単ではなかった。
すでに述べたように、サークルを休みでもしたら、お節介焼きな先輩方は、ありがたくも僕の下宿にまで押しかけ、無理矢理にでも僕を連れ去ってくださるだろう。つまり、普通にやったのではこのサークルから逃亡することは絶対に出来ないわけだ。かといって、自宅に帰らず漫画喫茶で永遠に暮らし続けるというわけにもいかない。ではどうすれば逃げられるというのか。
考えた末に僕は仕方なく、先輩方にすでに住所を知られてしまっている、1年以上住み続けた愛すべき下宿を出て、新居に引っ越すことにした。
さすがの先輩方といえども、僕の引っ越し先の住所さえ知られなければ、押しかけて連れ去ることも出来まい。金と労力はかかるが、そのくらい安いものだ。
こうして僕は、何とかアメフトサークルGORILLAからの逃亡に成功した。サークルを無事脱走して、念願の野ゴリラとなったわけだ。
しかしそれでもその弊害はいまだに残っていて、今でも僕は、アメフトの練習が行われているコートの近くを通れないで居る。大学における活動可能領域を、著しく侵害されているのだ。
ちなみに。このしばらく後、逃亡生活を続けていた僕は、京都大学アメフトサークルが一般学生から“ギャング”と通称されているという事実を知ったのだった。
全くもってピッタリな渾名である。
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