第6話 友情とは人生最大の財産である

 ふしだらな赤い糸で結ばれた女性との出会いを求め、テニスサークルFrendsに入会しようとした僕は結局、すでに述べたように、高潔で毒舌なヴァルキリー、上野琴音の金的粉砕の前に敗北を喫した。

 そしてそれによって、テニスサークルFrendsに入会し、バラ色でピンク色の爛れた青春を謳歌しようとしていた僕の目論見は、悲しくも打ち砕かれてしまったのだった。


 なんという事だろう。欲望のままに生き、悪の道を究めんとせん僕の覇道を、神はこのように卑劣な手段を用いて妨げようというのか。神の尖兵たるヴァルキリー上野琴音を差し向け、行く手を阻もうというのか。


 まさか神は、悪の道を突き進む僕の行く手を阻むことによって、僕にかつてのような勤勉さを取り戻せとでも啓示しているのか?

 仮にそうだとしても、もはや僕には後戻りの選択肢などない。一度正義を捨てた僕が再び正義の道に戻るなど、そんな事あるわけがない。断じてである。


 神が僕を正しき人間に戻そうと試みるのなら、僕は全力を以て、それとは真逆の方向に疾走するのみ。耳を塞ぎ目を閉じて、神の忠告を完全無視してやるのだ。

 僕の中ではすでにもう、神は死んだのだ。


 確かに僕は、テニスサークルFrendsに入会すること叶わず、そして永遠に入会への道は断たれたに等しい。しかしながら、Frendsのみが、この京都大学に存在するサークルというわけではない。いくらでも代わりのサークルはある。運動系、文化系、ボランティアなどなど、よりどりみどりに千差万別のサークルが存在しているのだ。


 Frendsに入れて貰えないのなら、それもまた結構。僕が入会してやるというのに、それを拒むようなサークル、こっちから願い下げである。

 それにだ、そもそも僕はFrendsにそんなに入りたかったわけではない。ちょっと以前に見た練習風景が、少しばかりキラキラしていたから、ほんのちょっぴり憧れていたと言うだけの、ただそれだけの事だ。断じて『そんな青春を一生に一度で良いから体験したい』などとは考えていなかった。上野琴音とお近づきになりたいだとか、あわよくばピストン運動に付き合って貰いたいだとか、そんなよこしまな考えは一切無かった。本当である。神に誓っても良い。神なんて一切信じていないけれど。


 だいたい、テニスなんて浮ついた人間がやるようなスポーツ、一体誰がやりたいというのか。そんなものこっちからお断りである。


 日本男児ならば相撲を取れ。大和撫子なら長刀なぎなたをしろ。断じて、南蛮由来の浮ついたスポーツなどやってはいかん。この非国民共め恥を知れ。


 そうだ。僕は何を血迷っていたのか。何が『愛は世界を救う』だ。下らない。

愛は断じて世界を救わないし、むしろ世界を滅ぼす害悪じゃないか。

 世界を見渡してみれば、確かにこの世は愛で溢れている。そして、その愛に起因する憎しみで満たされている。


 愛するがあまりに、一周回ってそれが憎しみに転じるというのは良く聞く話であるし、『真実の愛』などという安っぽい言葉を盾に、不倫をする不届き者も大勢居る。

 テレビをつければ、芸能人の不倫に関するゴシップがニュースを賑わせているし、ストーカーによる凄惨な事件が市民に恐怖を広げている。

 ドラマではドロドロの愛憎劇が繰り広げられているし、どれだけ愛し合っていたはずの二人も、夫婦となり年月を経れば、自然とその愛を失っていく。


 何が愛だ。馬鹿馬鹿しい。そんな無定型で非実存主義的なモノの、一体何が素晴らしいというのか。断じて言おう、愛など人生において不必要なものである。生ゴミ以下の廃棄物である。すぐさま鉛製の重りを括り付けて日本海溝に沈めてしまうべきだ。もしくは恋愛禁止法を国会に提出すべきだ。国家によって結婚する相手が決められる管理社会を目指すのである。なんて素晴らしきデストピア。


 どうやら僕はこの世界に絶望するあまり、愛などと言う不確かで下らないモノにすがりつこうとしてしまっていたようである。知らず知らずのうちに、心に負ってしまった傷を癒やすべく、愛などという一時の気の迷いに心のよりどころを求めてしまったのだろう。いやはや、恐ろしい。危うく一時の感情に流されて、僕は下らない“愛”などというものに汚染され、赤い糸で雁字搦めにされ、愛にほだされて身動きの取れない植物人間になってしまう所だった。危ない危ない。


 そうだ。愛など妄想である。幻想である。真実の愛などと言うのは、フィクションの世界にしか存在しない、いや、フィクションの世界にさえも存在しえない、数学における純虚数と同じなのだ。

 僕に必要なのは、実軸上に存在する実数――即ち、現実に存在しえるものだった。それこそが、僕のこの傷ついた心を癒やしてくれる。


 しかしそうすると問題は『これから僕は愛以外の一体何を心のよりどころとすれば良いのか?』ということであるわけだが。それについては問題ない。すでに僕の中で、その答えは出ている。


 友情だ。


 友との間に築くかけがえのない思い出。心の繋がり。絆。それこそが、今の僕に必要なのだ。愛などいらない。友情こそが世界を平和にするのだ。間違いない。

 だってほら、小学生の時にそんな感じのことを道徳の教科書で読んだ気がする。教科書はウソをつかない。


 そうだ。僕は友情を手に入れるべきだった。他の何物にも代えがたき友情。それこそが僕の人生を、豊かで実りある物に変えてくれるに違いない。

 初めから愛などという移ろいやすいモノは欲せず、確固たる揺るがぬ友情を手にするためにサークル加入を志すべきだった。


 共に笑い、共に泣き、共に過ごし、共に暮らし、共に支え合い、共に願う。そんな友人を欲すれば良かったんだ。


 さてさて、そうなると、そんな友人を作るために、僕は一体どのサークルに入るべきなのだろう? やはり友情を欲するならば、ゴリゴリの部活などではなくて、ホンワカした雰囲気のサークルが良さそうだけれど、そんなサークルに心当たりは……


『私達テニスサークルFrendsは、皆で仲良くテニスをするサークルです! 一緒に楽しい思い出を作りましょう!』


……いやいや。何故今、よりにもよってあの、僕の入会を拒否したテニスサークルFrendsが、新規会員募集のために配っていたビラに書かれていたそんな文章を思い出すんだ。

 思い出せ。Frendsの連中はビラで『誰でも歓迎!』とかのたまっておきながら、いざ50人あまりの入会希望者がやって来ると、一方的に『処刑』と言う名の入会試験を始め、全員を不合格にしたあげく、試験官である上野琴音が『右手で我慢していろ』なんて罵倒を僕たち男共に言い放った極悪サークルだぞ。史上まれに見る悪の結社だ。僕たちはほんの少しだけ、よこしまな考えで入会希望をしていただけなのに。

 そんなサークルの、一体どこがホンワカしているというんだ。


 まあ確かに、サークルに居た連中は全員性格の良さそうな人達だったし、ちゃんと練習にも励んでいるようだったし、爽やかに青春しているようには見えたし、むしろ入会しようとしていた僕たちの方が極悪人には見えたけれども。でもそんなのは全て無意味。だってほら『目に見えるものが全てじゃない』って言うし。こんな見た目の印象だけでは真実は何もわからない。

 彼らのあの一見健全な姿も、どうせうわべだけだ。裏ではきっと、別のボールを夜な夜な乳繰り合っているに違いない。男の股間にぶら下がるバットとボールで、いかがわしいベースボールを行っているはずだ。きっとそうだ。そうに違いない。そうであるべきだ。でなければ不公平だ。


 そんな不健全なサークル、いったい誰が入ろうと思うものか。友情もへったくれもないそんなサークルに。論外だ。断じてあり得ない。もう一度言う。断じてあり得ない。


 僕が入りたいのは、そんな男女間のドロドロなど存在せず、仲間達と共にサークル活動に励み、そして友情を深め合う、そんなサークルだ。僕は青春を謳歌したいのである。


 そうだ。そうじゃないか。僕が過ごしたいのは青春。ならいっそ、男女間のゴタゴタが存在しないような、出来るだけ男の会員の多いサークルに入会しよう。そこならきっと、僕の望み通り、友と共に切磋琢磨し合う、理想の青春が過ごせるに違いない。女を巡ってサークルが内部分裂を起こすようなこともない。素晴らしいではないか。


 決めたぞ。僕はこの京都大学での残り数年を、男共に囲まれて過ごすのだ。男同士の友情で固く結ばれるんだ。ラブコメなんていらない。僕の人生に必要だったのは、全世界の男共が憧れるような、きらめく熱き友情と切磋琢磨の物語だったのだ。


 そう考えた僕はその日から、出来るだけ男女比が男に偏ったサークルはないかと探し始めた。そしてその結果、グチャグチャの机の引き出しの奥から、1ヶ月ほど前に道すがら半ば強制的に渡された、とあるビラを発見した。


『アメフトサークル『GORILLA』:いつでも新会員受付中! 俺達と一緒に熱い青春を過ごさないか?』


 こうして僕は、テニスサークルFrendsへの入会を取りやめて、アメフトサークルGORILLAに加入することを決めたのである。

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