3 homard and Frog
FPA〝パラディン〟に身を包んだベルニの目が、HUD越しに〝影〟を追う。
速い! ダメだ。追いきれない。
上体を起こしつつ機体を右へと回す。手にした
それを別の〝影〟──FPA〝グレムリン〟──が、
その動きは〝パラディン〟には無理なものだった。とても真似できない。
現に〝パラディン〟が長い得物を一振りして一歩を踏み出したときには、〝グレムリン〟はもう路地へと飛び込んでいた。
拙い……。
ベルニの〝パラディン〟はただ一機で取り残されることになった。
僚機との連携を期待できない状況での〝パラディン〟は、控え目に言っても〝
ベルニは〝パラディン〟を廃墟を背にする位置まで移動させ、
路地からはヴィッカース機関銃の乾いた連射声が鳴っている。
どこから来る……? 呼吸を静めて〝影〟の出現に意識を集中する。
左からだった。
──武器の無い
HUD越しに、黒い〝影〟が長い尾を引いて迫るのを見る。その尾が鎌首を
──〝手加減〟抜きかよ!
余りの衝撃に〝パラディン〟の
ベルニは舌打ちとともに右手の
FPA用の〝大型拳銃〟といった位置付けの単発・中折れ式の大口径砲は、軽量なだけに取り回しに秀でていた。このような白兵戦時には有効な兵装である。
砲声が轟き、至近距離──ほぼ0距離──から放たれた
『──…(ザッ)……コマンド本部より各機、〝
通話機が鳴り、雑音交じりの音声が訓練の終了を告げた。
*
訓練は終わった──。
イングレス・コマンドスとの合同対竜模擬戦闘。
グレースと約束を交わした日から1週間ほどが過ぎていた。
竜の活動はいよいよ活発化し、戦況は悪化──戦線は70㎞後退したという。
訓練場の端で降着姿勢を取った〝パラディン〟から抜け出ようともがいているベルニに、丸眼鏡を掛けた四十がらみの
「まぁ、いい判断だったんじゃないの……」
ベルニが赤土の上に身を投げ出すのを眼鏡越しに見ながら、煙草に火を点けて続ける。「──〝強個体種〟の義体を共同で2匹、加えて最後の1匹は単独で…… さすが、
〝強個体種〟とは、最近になって欧州の戦場に姿を見せ始めた戦闘能力の高い竜の個体のことである。ジヴェルニーでフィービーを
50分間ぶっ通しで街区を模した模擬戦場を駆け回ったばかりのベルニは、荒い息を弾ませながら仰向けに身体を投げ出して応えた。
「──…
「まぁ確かに。
そんなベルニに、言われた方の整備士──ナタナエル・ポネット曹長相当官は、煙草の煙を輪の形に吐き出しながら訊き返した。「──でもやっぱ〝長物〟は要らん?」
第6.5世代FPAにあたる〝パラディン〟は、完全に対竜戦闘用に移行した第7世代のものと比べ第6世代譲りの重装甲、かつ優れた可用性と信頼性を持つ機体なのであったが、その分運動性に一歩劣っていた。それに加えてベルニの機体は、全長が〝パラディン〟の肩口にまで迫ろうという〝長物〟──オチキス13ミリ重機関銃を抱えている。
瞬く間に国土を〝竜〟に蹂躙されることとなり、開発と生産の拠点を次々と失陥していったガリア共和国は、ついに完全な第7世代FPAの開発に至ることはなかったわけで、軍部は已む無く、当時としては最も運動性に秀でた〝パラディン〟を改修することで対竜戦闘に充てたのだった。小回りが
ベルニの所属する──いや、所属
ポネットの方は〝戦場〟に遺棄された機械類を回収して巡っている廃品業が本業という男なのだが、基地に出入りするうちにその機械の知識を買われて〝軍属〟の肩書を与えられた変り種で、
ようやく整えた
「有れば有ったで重宝はするよ…──けど、あんなもの抱えてちゃ走れない。
そう言って視線を向けるベルニに、ポネットは異を唱えることなく肯いて返した。
〝有れば有ったで重宝する〟──これは本当のことだった。
13ミリの炸裂弾を使える
「
ポネットが、さも残念、というふうに恰好を崩して
「おーお、ガリアの〝青服〟さんは、自分の力量の無さを機体の所為にするわけですかあ?」
「おい、やめとけよ…──」
グレースの顔をした男の子──ロイが赤毛に言う。揉め事はごめんだ、というふうだったが、それほど熱意をもっての取組みというわけでなく、ただ形だけそう言って見せると、あとは半ば傍観の態でいる。
「
ベルニが反応した。その言はさすがに聞き捨てられなかった。
「いつから〝
ベルニは、先方の使った〝青服〟という単語よりは露骨に好戦的な表現で返していた。赤毛のティムの、まだ幼い顔の目がスッと細められる。
「一々考えてたんじゃ間に合わねェんだよ……〝
こちらも〝青服〟から〝蛙野郎〟へと表現がキツくなった。ティムの傍らではロイが、ベルニの傍らではポネットが、それぞれ小さく肩を竦める。
睨み合いとなった。
「──それにアンタの〝パラディン〟じゃ、オレ達のようには
「…………」 一拍を置いて、ベルニが平静な声で返した。「──試させてくれ。同等
鼻を鳴らしたティムが、くぃと顎でベルニにFPAを纏うように促す。
「お、おぉい……」
ことの成り行きにポネットが、両の手を体の前で泳がすようにして何事か言いかけるのを、ベルニは片手を上げて遮って〝パラディン〟へと向かった。
「大丈夫だ。
〝パラディン〟と〝グレムリン〟とでは足回りの性能差があるので、〝勝負〟は定位置からの的当てということになった。
先ずティムの〝グレムリン〟が射撃位置に立つ。40秒間で出現した25の標的の21標的を射貫き、うち13標的へは有効弾を送り込んだと判定された。鼻歌交じりでこれである……。
次はベルニの手番だった。〝グレムリン〟と交代し射撃位置に着くと、
開始の合図とともに最初の
──!
途端に〝暴力的〟な反動が
──〝強装弾〟⁉ ……なのか‼
強装弾とは、威力を増すため高い砲口初速を得ようと装薬を増量した弾薬をいう。
しかしこの反動は、通常の7.7ミリ強装弾とは明らかに違っていた。原設計で想定された値を遥かに超えた装薬量。恐らくや薬室を始めとする機関部から全くの別物なのだろう……。でなければこの威力に、銃身と機関部の強度も耐久力も
ベルニはそれを感じ取りはしたが、事実を正しく理解することはできていなかった。
咄嗟に、跳ね上がる銃口を片腕で抑え込むようにしたのだが──第7世代の〝グレムリン〟と違い、大柄な〝パラディン〟は
これまで様々な過負荷を掛け酷使してきた右腕の人工筋繊維は、嫌な音を放つとあっさり断裂した。〝腱〟をやったらしく、右手の人差し指がそのまま
痛恨事に黙る他になかったベルニの耳に、ゲラゲラと嗤う通話機越しのティムの声が響いた。ベルニは唇を噛むだけだった。
*
再び降着姿勢を取った〝パラディン〟の傍らで、言葉もなくベルニは佇んでいる。すでにティムとロイの姿は無く、辺りにはポネットが居るだけだった。
右手の腱がダメになった〝パラディン〟は工廠送りということになり、じきに整備班が回収に来る手筈になっている。
そんなベルニの背後で、ポネットがわざとらしく咳払いなんかしてみせた。丸眼鏡のフレームに指を添えたり、下士官軍服の胸ポケットの煙草の
そろそろ陽も翳ってきた頃合いだ……。
「──オマエ、
放って置くと際限なく
「強装弾のことか?」
仏頂面になって無言で先を促すベルニに観念するように、ポネットは一つ溜息を吐いて続けた。
「ああ… 知ってたよ…──知ってました……! あの〝パラディン〟じゃ、片手で
最後は格好を崩し、お道化たふうにそう言うポネットの言葉は正論だ。ベルニは二の句を継ぐことができず、悔しい思いを飲み込むようにぶんぶんと頭を振った。この迂闊さを忘れないことにする。
すると、
実際、ロジャーは第3実験コマンドの実動小隊長で、ジヴェルニーでも一緒に戦った。ティムなんかと比べて、ずっと合理的で理知的な印象がある。
「乗って行かないか? 宿舎まで送る……──少し話したい」
そう言われて、二人は顔を見合せて頷くと車に乗り込んだ。
*
「──模擬戦での動きは良かった。僕たちは白兵戦に慣らされてるから、軍曹のように制圧射撃の有用性を知る人がいてくれるのは心強い」
ハンドルを握るロジャーは、屋根のない軍用乗用車の運転席で風に前髪を
言われた方のベルニだが、そう言われたところで硬い表情を変えることなく、ただ前方を見遣っている。だいたい、自分よりもずっと年下の、まだ女の子の手も握ったことがないような子供の貌にそう言われたところで、いったいどういう
そんなベルニに構わず、ロジャーは続けた。
「最後の1匹についても、アレはあの判断が
「そう言えば、今日は彼女の姿が見えなかったようだが?」
「グレースは任務で〝シューフィッター〟に同道してる」
〝シューフィッター〟──アップルビー中尉のことだ。なぜか彼女はこう呼ばれている。
「そうか……」
ベルニはそう言って返すと、あとはもう彼女の話題に踏み込むでなく
「──グレースから聞いた……ドッグタグのこと」 意外なことに、ロジャーの方からグレースのことを振ってきた。「──〝約束〟ね」
少し鼻で嗤うようにして最後の
「…………」 視線だけロジャーを向いてベルニが言う。「──彼女には〝近付くな〟ってことを言いたいのか?」
「実は
「──好ましい状況?」
「この1週間、ずっと明るい表情になってる。軍曹のことを気に入ってるみたいだ」
「子供が子供
「
そのロジャーの言葉に、グレースのどこか情動に希薄な目が思い起こされた。──いや、彼女だけでなくここの子供は皆そうだ。どこか醒めた、現実とは違う世界を生きているような目をしている──。それ程、
自身の経験が思い起こされ、そんな思いに捉われたベルニだったが、グレースのあの綺麗な歌声を思い返すと、気を取り直して言った。
「どんなに戦い慣れしてるとしても、子供は子供だよ……」
そのベルニのセリフには、しばらくの間、誰も応えることはなく、ロジャーがあらためて訊き直してきたのは、だいぶ経ってからのことだった。
「──聞いてないのか? 僕たちのこと」
ロジャーは怪訝な
「聞いてないのか…… そうか… そういうことであれば、僕の口からはもうこれ以上は言えないな」
「何だよ? いったい何を…──」
「──言えないことは言えない。あとはグレースに直接訊いてくれ」
にべもなくそう言われ、ベルニは黙って前を向いた。基地の一画、ベルニたちの宿舎のある区画の入口が見えてきた。
宿舎の入口で車を降りしな、ロジャーと交わした短い遣り取りが、ベルニには気になった。
「ところで軍曹はいったい
「19だが…… 今年20歳になる」
ベルニがそう答えると、ロジャーは小さく頷いた。
「そうか…… やっぱり若いね」
そしてそう言って微笑むと、ひとり車を出した。
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