第68話 十七歳、家出の記憶

「そういえば、リリアの住んでいた古城はいまどうなっているんだ?」


 たしか前に話したとき、リリアは「わたしの実家はもうありません」と言っていたはずだ。


「……城なら、まだあると思います。でも、そこはもうわたしの居場所ではないのです。わたしは、あそこにいてはいけなかった……」


「どういう意味か、聞いて良いか?」


 一瞬の沈黙があった。リリアは意を決した表情で俺を見た。


「わたしが十七歳になる前に、父が亡くなりました。直接知ったわけではありませんが、使用人たちが話しているのを偶然聞いたのです。父が亡くなれば城への援助は止まる、面倒なことになった——彼らは不安そうに話していました。その話を聞いたわたしは、一人で城を抜け出して生きていこうと決めたのです」


「……それで、黙って城を抜け出してきたというわけか」


 リリアがうなずく。


「ずいぶん思い切ったもんだな」


「はい。ですが後悔はしていません。城の使用人たちは、みな良い人でした。父からの援助がなくなっても、無理をしてわたしの世話を続けてくれたでしょう。でも、わたしにはそれが耐えられなかったのです。わたしの身にふりかかった呪いの正体を明らかにし、解くためにはきっとたくさんのお金がかかります。彼らにはきっと無理をさせてしまう……。だから家を出ることにしました」


 リリアはそのときのことを訥々とつとつと語った。


 十三歳で呪いが発現して以降、リリアは呪いを解明するため、執事とともに国内の大都市を旅行することが増えていた。

 田舎の古城で育った箱入り娘も、世間の仕組みがどういうものか、漠然と理解しはじめていた。世の中のことを見聞きするうちに、自分一人でも生きていけるのではないかと考えはじめた。


 そしてある日、執事とともにハリア王国南部まで足を伸ばしたリリアは、ついに一念発起する。

 執事の目を盗んで、持ってきていたドレスや宝石を売り払って金を作ると、「わたしは一人で生きていきます。心配しないでください」と置き手紙を残して行方をくらませたのだ。

 その後、リリアは古代遺跡が多く眠るバロワへとやってきた。

 女一人の危険な旅だったが、親代わりである執事に叩き込まれた剣技と知識がリリアを守った。


「……思った以上にムチャクチャだな……」


 俺としては、それ以外に言うことはなかった。

 ここ一ヶ月ほどの共同生活で、リリアが思い詰めやすい性格なのは分かっていたが、想像以上の破天荒さだ。


「きっと城の連中は、誘拐されたと思って血眼になって探しているぞ……」


「そうですよね……。でも、あのときはそこまで考えが回らなくて……。悪いことをしたとは思っています……。あ! でも、二月ふたつきに一回は手紙を出しているんです。城の者が取引していた商家は分かっているので、そこ宛に」


「とは言ってもだな……まぁ、いまはその話はよそう。となると、リリアの両親について知ってそうなのは、城の者たちだけってことか」


「下働きの者はおそらく詳しい事情は知らされていないと思います。なにか知っているとすれば……」


 と言って、リリアは複雑な表情を作った。懐かしさと、愛おしさ。そして申し訳さなが入り交じったような微笑だった。もしかして、リリアの被虐的、自罰的な性的嗜好は、自分を育ててくれた者たちに対する、罪の意識に起因しているのかもしれない——ふと、そんなことを考えた。


「わたしを育ててくれた、執事のジーヴェンだけでしょう」


「ジーヴェンさん、か……」


 リリアの身に起きている不思議な出来事の数々。その謎を紐解くためには、ジーヴェン氏に会わなければいけない。そんな予感がした。

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