第67話 母が残した白銀の剣
「わたしは父母の顔を知りません。わたしを育ててくれた執事からは、父は貴族だったと聞いています。それゆえに、わたしに父であると名乗り出ることは叶わないのだ、とも……」
月の光を浴びながら、リリアは不安げな声色で
「不思議な生活でした」
それからリリアは、自分の生い立ちを俺に語って聞かせた。
リリアが生まれ育ったのは、ハリア王国の北方にある山脈地帯。その中にひっそりと建てられた古城だったという。城の周囲にはほとんど人が住んでおらず、幼少期のリリアの身の回りにいたのは、親代わりの執事と、十人程度の使用人だけだった。
辺境での生活だが、不自由はなかったという。なぜならリリアの父から手厚い援助があったからだ。名も知らぬ父親は、娘のためにせっせと定期的に物資を送ってきていたのだとか。また、城で働く者たちには十分すぎるほどの給金を渡していたらしい。
城の者たちは、いずれもしっかりとした教養を持ち、それでいて身寄りのない者が選ばれていたそうだ。きっと、高い給金には口止めの意味もあったのだろう。
リリアの存在は、父にとってなんとしてでも秘匿しなければいけないものだったようだ。
リリアは幾度か使用人たちに父母の名前を聞いたが、そのたびに「お父上は立派な方です」、「いずれお父上や、ごきょうだいとお会いする日も来るでしょう」、「その日まで、どうか健やかにお過ごしください」という答えが返ってくるだけだったという。
「お母さんの名前は分かるのか?」
たしか以前にリリアの母は、リリアを産んですぐに亡くなったと聞いた。
「母のことを、皆はネア様、と呼んでいました。本名かどうかは分かりません。顔はわたしとそっくりだったそうですが、城には母の肖像画は一枚もありませんでした。それどころか、遺品や記録さえ、ほとんど残されていなかったのです」
リリアはそう言うと、ベッドから上体を起こし、ベッドの脇に目をやった。
視線の先には、リリアが愛用している宝剣が立てかけられていた。
「唯一残されていたのが、あの剣です」
リリアはベッドに腰掛けて宝剣を手に取った。
「母がわたしに残した形見です」
リリアは束と鞘に手をかけて、少しだけ剣を引き抜いた。暗闇の中で、白銀の刀身が淡い光を帯びているのが分かった。なんらかの魔力を帯びているのだろう。
「古代文明の秘宝、なのかな?」
「おそらくそうなのでしょう。現在のパルネリアには、武器に恒久的な魔力を込める技術はありませんから。一度バーバラさんに鑑定していただきましたが、作成された時期や、どんな魔法がかけられているかは分からないと仰っていました。ただ、一つだけ気になる点があると……」
「気になる点……?」
「剣の意匠が、古代文明のどの時期の流行からもかけ離れているようだ、と。目が悪いのではっきりと判断できないが、あまり古代文明らしくない意匠だと思う——そう仰っていました」
「らしくない、か……」
バウバロスと初めて顔を合わせたとき、ヤツはリリアの顔と剣の両方を見て〈竜の娘〉と呼んでいた。やはり、この剣には何かがある。
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