第63話 リリアにまつわる謎

 元の部屋に戻ると、リリアはベッドの中で爆睡していた。隣の部屋の喧噪などどこ吹く風である。リリアの安らかな寝顔を見ていると、自然と頬が緩んだ。


 身体がだるいので、もう一眠りしたい気分だった。だが、ザックたちにあんな場面を見せつけられたせいで、ベッドに戻って寝直す気にはならない。


 俺は部屋にあった木の椅子をベッド脇へと運び、背もたれをベッドのほうに向けて置いた。そして、背もたれに腕を置く形で、反対向きに腰掛けた。

 天使のような顔で寝息を立てるリリアを眺めながら、俺は物思いにふける。


 いまさらながらの疑問なのだが、リリアは何者なのだろうか?


 前に本人に話を聞いたときは、貴族の出身であるという点については否定しなかった。そして、自分の実家がすでに存在しないとも言っていた。

 これはおそらく嘘ではない——少なくともリリア本人はそう認識しているはずだ。

 なぜなら、リリアはバーバラさんに気に入られてる。バーバラさんがリリアを信用しているということは、〈嘘感知〉の魔法を使った質問を切り抜けたということだ。

 となれば、リリア自身が公言しているプロフィールはおおむね正しいはず。


 以前、俺はリリアの聞いて没落遺族のご令嬢なのだろうと推測した。

 大筋では外していないと思う。だが、もう少し事情は複雑なのかもしれない。


 この世界の常識にはうといが、ただの貴族令嬢が、あれだけの剣技を持っているものなのだろうか? いや、とてもそうは思えない。

 リリアの剣術スキルのレベルは7。これは非常に高い数値だ。この街きっての冒険者であるザックやイリーナですら、戦闘スキルのレベルは5か6だった。

 それを上回る剣技を持つ美人となれば、貴族社会では有名人じゃないのか? 平民の間でだって知られているかもしれない。

 だが、バロワにはリリアの出自を知ってそうな人はいない。少なくとも、いまのところは。これはとても不自然なことに思えた。


 最大の謎は、リリアにかけられた数々の呪いだ。

 リリア自身は呪いの全容を把握していないようだが、〈コピー&ペースト〉でスキル欄を見た俺は、何者かの強烈な悪意が感じた。

 命を奪うための〈夭折〉、尊厳を奪うための〈淫蕩〉、そしてそれに相反するかのような〈不妊〉。リリアの尊厳を失わせ、その命ばかりか遺伝子までもをこの世から抹消しようという悪意を感じる——とまで言うと、穿ちすぎだろうか?


 そして最後に。

 邪神ルアーユの信徒、怪僧バウバロスを名乗った男は、リリアを〈竜の娘〉と呼んだ。その言葉の意味をバウバロスは最期まで語らなかったが、口ぶりからして、ただのハッタリや勘違いではなさそうだった。


「ん……」


 リリアが小さな声を出して寝返りをうった。

 その拍子に上着の裾が乱れた。俺は乱れを軽く直してやりつつ、リリアの体に触れ、ステータスを読み取った。


**************************

対象=リリア


▽基礎能力値

器用度=19 敏捷度=21

知力=17 筋力=16

HP=16/16 MP=19/19


▽基本スキル

ハリア王国式剣術=7 パルネリア共通語=5

隠密=3 罠技術=1 武具鑑定=1 宝物鑑定=1

ハリア王国式儀礼=4 


▽特殊スキル

騎士の誓い=6 ???の血統=5(固定)

淫蕩の呪い=5 不妊の呪い=10

夭折の呪い=8 不運の呪い=2

??????=?? ??????=??


※スキル【コピー&ペースト】のレベルが足りないため、補正能力値、限界能力値、中級スキル、上級スキルの表示、およびコピーはできません。

**************************


 いまの俺では読み取れない特殊スキルが、まだ三つもある。

 その中で目を引くのは、中途半端に表示されている〈???の血統=5(固定)〉だ。


 リリアの血統には、何かがある。

 彼女を呪いから解放するためには、その何かを解き明かさなければならない。

 これは予感というよりも、確信だった。


 ただ、問題はリリア自身も自分の血統について詳しく知らなそうなところだ。


「手がかりになるものがあればいいんだけどな……」


 そう独りごちたとき、ふと一つのヒントに思い当たった。

 リリアが大事にしている魔法の宝剣。

 あれはきっと貴重な品物だろう。来歴を知れベていけば、リリアの正体に近づけるかもしれない……。

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