第56話 その心、闇に溶けて

 立ち上がったリリアが、バウバロスの後ろ足を斬りつける。

 斬り飛ばされた足先が宙を舞い、怪物は体のバランスを崩した。

 ザックはその隙にバウバロスの胴体を蹴飛ばし、床を転がりながら難を逃れた。


「貴様アァァ! なぜ動けるッ! 貴様の精神は蛇が喰らったはずだッ! なぜ起きていられる!」


 狼狽ろうばいしたバウバロスは呪詛の叫びを口にしながら、サソリの尻尾を振り回した。

 払った尾がリリアに命中。細い体が俺のほうに吹き飛んできた。


「おぐぁっ!」


 噴き飛ばされたリリアの体が俺に激突する。

 とっさに両腕でリリアを受け止めた俺は、その場に尻餅をついてしまった。


 体が接触した瞬間、リリアのステータス画面が脳裏に広がった。

 それと同時に、俺はリリアの身に何が起きたのかを理解した。


「お前は、まさか……!」


 リリアのステータス画面を見ると、MPは間違いなく0になっていた。

 そして、スキル欄では〈淫蕩の呪い〉が赤く輝いている——!

 つまり、いま俺の腕の中にいるのは……。


「えへへ、


 俺の腕の中で、うつろな目をしたリリアがいたずらっぽく笑った。


リリアわたしったら、さっきのまほうに絡みつかれたとき、ちょっと感じちゃったの。そのとき魔法の効果でリリアわたしの精神が弱まったから、それを利用してあたしが表に出てきたってわけ」


 清楚なリリアの心の奥に潜む、もう一人のリリア——抑圧された性欲が生み出した別人格が、俺の耳元でささやく。


「さあ、エイジさん。立ち上がって。いっしょにあいつをやっつけましょ!」


 リリアが俺の手を握った。手袋越しにリリアの体温が伝わってくる。そのぬくもりが、俺の心と体を奮起させた。

 俺はリリアの手を借りて立ち上がる。


 目の前では、体勢を立て直したザックがバウバロスと戦っていた。

 バウバロスがザックに鋭い爪を振り下ろす。丸太のような太い腕がそれを受け止め、鮮血が飛び散った。


「ザック、負けないで!」


 背中のほうからイリーナの悲鳴に似た叫びが聞こえた。

 イリーナの声に背中を押されるようにして、俺とリリアはバウバロスに向けて走り出す!


「せやああああああああっ!」


 リリアが渾身の力を込めて、バウバロスの首を狙った一撃を繰り出す。

 バウバロスはとっさに前足を上げて防御した。

 しかしリリアの全力の一閃は、怪物の前足をやすやすと切断し、首に浅い傷を付けた。


 バウバロスが身体をよじって苦悶する。

 その隙に俺は素早くやつのふところに潜り込み、胴に刺さったままになっていた炎の剣のつかを握った。


「うううううおぉりゃあああー!」


 俺の気合いに反応するかのように、炎の剣の刀身が灼熱を増していく。


「燃え尽きろ!」


 剣を握る腕に力を込める。そして、一気に振り抜いた。

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