第57話 死闘の決着、そして

 たしかな手応えがあった。

 炎の剣が燃え上がる。剣は刀身から紅蓮の業火を吹き上げながら、バウバロスの胸から肩までを大きく斬り裂いた。


「おお……っ!」


 バウバロスの口から、気の抜けたような吐息と汚泥のような液体が吹き出す。

 直後、やつの身体がかしぎ、ボロボロになった怪物の巨体が、大きな音を立てて床に倒れた。


 俺は呼吸を整えながら、バウバロスの姿を見下ろした。


 バウバロスの身体が、四肢の先端から、ゆっくりと泥のように溶けていく。

 しかし、まだ息はあるようだった。開いたままの目と、半開きになった口がわずかに動いている。もはや先は長くないだろう。


 イヤな感じがした。

 相手は無辜の人間を殺そうとした悪党で、俺たちの戦いは仲間を救うためだったとはいえ、自分の行動が一人の人間を死に追いやったという事実は、俺の心に重くのしかかってきた。


「おい」


 罪悪感を紛らわせるため、俺はバウバロスに声をかける。虚ろな瞳がこちらを向いた。


「もう一度聞く。お前らはここで何をやっていた? あと、〈竜の娘〉とはどういう意味だ?」


 俺の問いかけを受けて、バウバロスはわずかに頬をゆがめて見せた。


「どうなんだ?」


 繰り返し聞く。

 最後まで悪党っぽく振る舞ってくれると、こちらとしては多少気が楽になるのだが。


「………………ふふ」


 しばしの沈黙の後、バウバロスの唇が皮肉げにつり上がった。


「よ……世に竜は数あ……れど……し、真なる竜……は……ただ一つ……。ほかは竜にありて……竜にあら……グオハッ!」


 言葉の途中で、バウバロスは口から汚泥を吐いた。


「真なる竜は……、た、ただ一つ。は、しゅ、しゅうま……」


「おい、どうした?」


 バウバロスの言葉がよく聞こえなかったので、俺はやつに耳を近づけようとしたが、ザックが「おい、センセ。危ねえぞ!」と俺の肩を掴んだ。


「其は……人に……災いなす……者。神に……あだなす……者」


「もっと分かりやすく話せ」


「できぬよ……。われが心を捧げし神は……ルアーユ。狂気と惑乱の守護者なれば……グオッ……!」


 バウバロスがまたひとしきり泥を吐いた。

 嘔吐おうとを終えると、バウバロスは力のない微笑を浮かべた。


「汝らの道行きに、呪いと苦痛のあらんことを……。汝らの住処すみかに、汚辱おじょくと破滅がもたらされんことを! おお、我が神よ……! いま御身の元に参りまする……! 〈闇の手よ。我が身と心を喰らい、神の御許へ!〉」


 バウバロスが突然、呪文のを唱えた。

 俺は思わず「うおっ!」っと身構えた。


 グズグズに崩れかかったバウバロスの身体から、手のような形をした紫色のオーラが立ち上った。

 それはバウバロスの顔を鷲づかみにし……。


「ガハッ……!」


 握りつぶした。

 潰された頭は瞬時にして黒く染まり、溶け、汚泥となって床に広がった。


「最後は、自殺、でしたね……」


 俺が振り向くと、リリアが立っていた。

 目つきはしっかりしている。裏人格のリリアはいつの間にか引っ込み、表の人格が意識を取り戻したようだった。


「ああ、そうだな」


 そう答えながらリリアの身体に触れてステータスを確認すると、MPは1になっていた。

 MPが0になると裏リリアが出てきて、戻るときに1だけ回復させていくという仕組みなのだろうか?

 まぁ、いまはそんなことどうでもいい。


「戦いは終わった。バロワに帰ろう。後始末や報告、再調査はあるだろうが、まずはゆっくり休もう」


「はい」


 リリアが微笑みを浮かべた。


 そのとき、俺の横で「ドサッ」っと、重たいものが床に落ちるような音がした。


「ザック!」


 驚きの声をあげたのはイリーナだった。

 俺が慌てて横を向くと、さっきまで元気に立っていたザックが、うつぶせで床に倒れている。


「おいおい、ザック。びっくりさせるなよ。寝るのは帰ってからに……」


 床に膝を突いて、ザックの身体を揺すろうとしたとき、俺は彼の身体に起こった異変に気がついた。

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