第39話 闇の司祭が待つ場所 [レベル4]

「わたしは賛成です! ザックさんとイリーナさん、スレンの弟さんや、兵士の皆さんを助けましょう!」


 リリアが手を上げた。


「それに……あの男を放っておくのは、何か……イヤな予感がするんです!」


 それは同感だ。

 奴は何かの儀式をやろうとしている。儀式がどんな効果をもたらすかは分からないが、きっとろくなもんじゃないだろう。


 それにあいつは、リリアのことを知っているようだった。リリアはバロワでは有名人なので、邪神の司祭が顔を知っていてもおかしくはない。だが奴はリリアのことを、耳慣れない〈竜の娘〉という名で呼んだ。もしかしたら、リリアの身体にかかった〈呪い〉についても、何か知っている可能性がある。

 あと、やつを取り逃がせば、あとでリリアに復讐しにくる可能性も考えられた。

 決着を付けるなら、いましかない。


「おいらも行くぜ!」


 真剣な表情で向き合うリリアと俺の間に、ジールが割って入った。


「遺跡の中までついていくからな! おいらが役に立つのは分かっただろ?」


 生意気な顔で胸を張るジール。

 子供を連れて行くのは避けたいところだが、いまは一刻を争う事態だ。連れて行った方が良いかもしれない。


 続いて声をあげたのはスレンだった。


「ぼ、僕も当然いきます! 遺跡までの道案内は必要でしょうし、弟のことも気になります。早く助け出してやらないと……」


「分かった。急ごう」


 その後、俺たちは馬車から必要な荷物を下ろし、出発の準備に取りかかった。


 家が燃えてしまった村人たちには、砦まで避難してもらうことにした。

 ついでに、砦の兵士に今回の事態を報告してもらうことにする。邪神の司祭が何かを企んでいると知れば、彼らが動いてくれるかもしれない。とにかく、やれることはすべてやっておこう。

 俺たちの乗ってきた馬車は、彼らに預けることにした。ここに置きっ放しにするのは危険だし、村人たちの中には身体が弱っている者もいたからだ。


「さて、いくぞ!」


 気合いを入れるべく出発の合図を口にした、そのときだった。



『スキル〈コピー&ペースト〉のレベルが「4」に上がりました。』



 盛り上がった気分に水を差すかのように、頭の中に例の謎の声が鳴り響いた。久しぶりのレベルアップだ。


『スロットの最大数が「4」に増加しました。その他の変更はありません』


「もう少しレベルアップしてくれれば良かったんだけどな」


 そうすればバーバラさんの高レベル魔法か、動植物知識をコピーしてきたのだが……。

 ほかにも〈満月の微笑亭〉の常連から使えそうなスキルを借りてくる手があったのに、なんともタイミングが悪い!


「どうかしましたか?」


 思わず独り言を漏らした俺に、リリアが怪訝そうな顔を向ける。


「い、いや、なんでもない! 急ごう!」


☆ ☆ ☆


 手早く準備を整え、俺たちは遺跡に向かった。

 夜の山道を歩くため、足下の安全確保が重要だ。これにはバーバラさんから借りてきた魔道具が役に立った。


「〈我が道を照らせ、叡智の光〉」


 袋の中からランタン型の魔道具を取りだして合言葉を唱えると、少しだけ精神が削られる感触があり、ランタンは全方位に強い光を放ちはじめた。

 光の強さはキャンプ用のLEDライト以上で、周囲5メートルほどは問題なく見通せる。説明書きによれば、一度発動すれば半日程度は効果が続くらしい。便利な道具だ。


 移動の間、前衛にはジールとリリアが立ち、前方を警戒。中衛には荷物持ち兼案内役のスレン。魔法のランタンも、スレンに持ってもらうことに下。俺はそのへんで拾った木の棒を手に、後衛としてパーティ全体を含む周囲の状況を観察する形だ。


 移動中、俺たちはさきほど見た黒い霧の化け物について話し合った。


「あんなバケモン、おいらは見たことも聞いたこともないぜ。リリアさんは?」


「わたしも知らない」


 ジールの問いかけに、リリアは首を横に振って答えた。


「古代王国時代の怪物かもしれないな」


 俺が言うと、全員がぎょっとしたような顔を向けてきた。


「ある古文書で読んだんだ。このあたりには昔、生き物の魂を食らう、影のような怪物がいたらしい。もしかしたらあれがその怪物なのかもしれない」


「……あの男は、霧の怪物を操っていました。邪神の司祭が使う魔法には、魔獣やゴブリンなどの下級の妖魔を意のままに操る秘術があると聞きます。もしあの男がその術の使い手なら……」


 リリアの言葉に、全員が黙り込む。


「……遺跡の中にまだ魔獣が残っていた場合、そいつらと戦わないといけないってわけだな。なに、さっきの敵ぐらいならすぐ倒せるさ」


 正直なところ「勘弁してほしい」という気持ちだったが、ここで俺が弱気を見せるのはまずい。

 余裕の表情を作って三人の顔を見ると、みな緊張した面持ちだったが、怖じ気づいた者はいないようだった。

 

 それから山中の小道を三十分ほど進むと、スレンが闇の向こう側を指さした。


「あちらに入り口があります」


 足下に注意しながら草をかき分けて進むと、足下を覆っていた草が急に途絶え、むき出しの地面が露出している場所に出た。

 近寄ってランタンで照らすと、山肌が大きく削られているのが分かる。

 その空間に、小さな石造りの通路が突き出ていた。高さは二メートル、横幅は三メートルほどもある。通路の脇には掻き出した土が整然と積み上げられており、この場所が人の手で掘られたことを物語っていた。


 近付いて見ると、通路は見事に研磨された大理石のようなもので出来ていることが分かった。これを作ったのが、高度な文明であったことが分かる。

 入り口の奥からは生臭い、嫌な匂いが漂ってくる。それは、この先に待ち受ける危険を示唆しているようであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る