第35話 黒い霧が立ちこめる

 振り向いた先では、リリアが禿頭の男と対峙していた。


 配下の黒フードたちは、すでに三人とも武器をい、一人は地面にうずくまっていた。全員生きてはいるようだが、いまだ戦闘能力を残しているのは、リーダーの禿頭だけだろう。


 「おとなしく投降しなさい!」


 リリアの凜とした声が夜の闇に響き渡った。

 

 状況を見れば、ルアーユ教徒は追い詰められていると言えるだろう。

 だが、禿頭の男は頬を歪め、凶暴な笑みを浮かべてみせた。


「おお! おお! 我が神よ! 御身は愛し子に、かような試練を与えたまうか!」


 その叫びは、緊張でも畏怖でもなく、恍惚と歓喜に彩られていた。

 男は武器を持っていない左手を持ち上げ、リリアを指さす。


「汝のその剣、その顔は! 見まごうはずもない。呪われし〈竜の娘〉よ。汝こそ我が乗り越えるべき試練か! ク、クカカ、カカカ!」


 突如として奇っ怪な笑い声を上げはじめた禿頭の男。周囲を異様な空気が包み、その場にいた全員が動きを止めた。


「な、なにを!」


 リリアも動揺した様子を見せる。

 男の放った「呪われし竜の娘」という言葉。それが何を意味するのかは分からない。しかし、ヤツがリリアの姿を見て何かに気付き、「呪い」という言葉を放ったのは、ただの狂人の戯言たわごとだとは思えなかった。


「ク、ククク……! なにを驚いておる、竜の娘よ。もしや、おのが宿業を忘れたか。ならば……」


「お、おとなしくしなさい!」


「こうすれば思い出すか? ■■■、■■■■ヴ・アルガ・マイヤーム!」


 禿頭の男が、何か呪文のような言葉を口ずさんだ。

 それと同時に、戦意を失っていた六人の黒フードが一斉に身を起こした。

 立ち上がったのではない。

 まるで天から伸びた操り糸で引っ張られるような不自然な動作で、その場に跳ね起きたのだ! その動きはまるでキョンシー映画に出てくる怪物のようだった。


 立ち上がったルアーユ教徒たちの頭から、フードが剥がれ落ちる。


「ひええええ! な、なんだよこれ……!」


 露わになった彼らの顔を見て、ジールが悲鳴をあげた。


 そにあったのは、吐き気を催す異形の姿であった。

 人間の頭に、巨大な瘡蓋かさぶたのような肉塊がいくつも貼り付いている。その表面から、獣や鳥、虫や魚——さまざまな生き物の顔が突き出ていた。


「オ、オオオ……!」


「ぐるるる……!」


「オオオ、オオオオオオオオオ!」


「グワガア、ギギギイ……!」


「ギヂギヂギヂィッ!」


 肉塊たちが耳障りな鳴き声を発した。さながら地獄の合唱会だ。


「クハッ! キヒ、ヒヒヒヒ!」


 声を失う俺たちを見て、禿頭の男が興奮したように笑った。


「さあ踊れ、竜の娘よ! 我がともがらたちと。汝が業を示せ」


 禿頭の男はそう言うと、俺たちに背中を向けた。


「我も汝らと踊ってやりたいところだが、あいにく時間がない。我が神への祈りを捧げねばならんからな」


「待て、どこに行く!」


 禿頭は俺の声を無視して歩き出す。


「フン、生け贄には遺跡に紛れ込んだネズミどもを使うことにしよう。では、のちほどお会いしよう! ■■■ブローム


 禿頭の男はそう言うと、指をパチンと鳴らした。

 するとルアーユ教徒たちの頭に生えた顔から、黒い霧のようなものが吹き出した。

 立ち上る霧は宿主の身体を包み込み、膜のように表面を覆っていく——

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