第二章 楽しい(?)異世界新生活
第19話 新しい生活の始まり
異世界にやってきてから、一ヶ月が経った。
バロワの街は人通りが多く、活気に満ちた場所だった。パルネリアでも有数の大国・ハリア王国の南西部に位置し(と言われても、俺はあまりピンとこないのだが)、国内では中規模程度の都市なのだという。
ハリア王国の西にあるヴァイハーン帝国や、南のバルジ諸侯同盟との交易ルートと栄えている——というのは、リリアから聞いた話。
さて、新しい環境での生活とは総じて慌ただしいものだが、俺もその例に漏れず、忙しい毎日を送っていた。
なにせ、俺が暮らしていた日本と、ここパルネリア世界では文明のレベルが全く違う。文化、風習、常識、生活様式、すべてが異なるのだ。
パルネリアの文明レベルは、俺の世界でいえば中世後期から近世にかけてのヨーロッパに近いようだった。動物や植物の生態は、地球のそれとかなり近い。
活版印刷や火薬はまだ発明されていないようだった。もしかしたら発明されているのかもしれないが、少なくとも一般的ではないのだろう。
もともといた世界と大きく違うのは、俺たちの世界ではおとぎ話の中にしか存在しない、魔法や魔物が実在する点だ。
ただし、魔法を使える人間の数は非常に少ないそうだ。
ちなみに魔法は、大きく分けて白魔法と黒魔法の二種類が存在する。
白魔法は、パルネリアの世界の「周縁」に住む神様から力の一部を借りて行使するもの。「周縁」という概念はよく分からないが、アルザードのいた空間のように、通常の世界とは少し異なる場所らしい。力を貸してくれる神様によって、やれることが少しずつ異なるらしい。
もう一つの黒魔法は、古代魔法文明が残した技術で、人間の身体の中にある魔力を用いて、さまざまな効果を生み出すもの。何もないところから炎や水を生み出したり、空を飛んだり、使い魔を生み出したり、いろんなことができるらしい。
黒魔法の使用には高度な精神コントロールと古代語の習得が必須であり、白魔法以上に使い手が少ないのだそうだ。
まあ、それはさておき。
バーバラさんの家には、週5回通うことにした。
バーバラさんは「古文書の音読だけしてくれれば良い」と言ってくれているが、相手は目の不自由な独居老人だ。なにもしないのは気が引けたので、生活の細々した雑用も手伝うことにした。
所定の日になると、俺は早朝にバーバラさんを訪ね、まずは朝食の準備や、家庭菜園の水やり、犬の散歩を手伝う。
それが終わると、お茶を御馳走になりながら古文書を音読し、
バーバラさんの家には、たまに薬や魔法について相談したい市民がやってくるのだが、それ以外は週に3回ほど家政婦さんが来るだけだった。そんな環境だったから、毎日のように通ってくる俺みたいな存在はありがたいようだった。
彼女はすぐに俺と打ち解けて、この世界の歴史やら文化やら地理やら、あと動植物の生態や、料理のレシピなどを教えてくれるようになった。
肝心の、遺跡に関する情報集めはあまり進んでいないが、この世界で生活していく上で有意義な情報は、たくさん手に入った。
バーバラさんはよく「年寄りの長話に付き合わせてごめんなさいね」と言ったが、こちとら文学部出身である。お年寄りの相手には慣れていた。
俺の勤務先には定年退職後に聴講生として登録している老人がたくさんいたし、学会のあとの打ち上げで、高齢の名誉教授の相手を仰せつかるのは俺たち若手である。
まったく人生、なんの経験が役立つか分からないもんだ。
午前はバーバラさんのお相手だが、午後はだいたいリリアの手伝いだ。
とは言っても、冒険者の仕事ではない。
リリアは、冒険者の仕事が入っていないとき、近所の子供たちに無償で勉強を教えていた。
彼女が教えているのは、簡単な読み書きや算数だったが、正規の学校に通えない子供の親からはありがたがられており、ときどき野菜や穀物を差し入れてくれる人もいた。
教えている子供たちは、四歳から十二歳までの十人。日によって来る子はマチマチだが、昼ご飯のあとに町外れの広場に集まり、青空学級方式で授業をする。
中流以下の子が多いから、当然ノートなんて持ってない。この世界では紙は高級品なのだ。
だから、この授業では地面がノート代わりだ。拾ってきた木の枝で地面に文字や数式を書き、子供たちに教えていくって形。
年齢の幅が広いってこともあって、授業は毎回戦争だ。
リリアは一人一人を回りながら、それぞれの子供に課題を与え、その子に必要なことを教えていくのだが、一人の子に教えている間、別の子が大人しくしているかといえばそんなことはなく——。
「せんせー、オレは何してたらいい?」
「せんせえ、早くー」
「ちょっと、静かにしなさいよ! 先生困ってるでしょ!」
という感じで、騒々しくなってしまうのだ。
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