第10話 身体に刻まれた爪痕

 嵐の前の静けさ、という言葉がある。

 束の間、リリアが見せた状態こそ、まさにそれだった。


 俺が安堵した直後に、は起こった。


「あうっ!」


 リリアが突然、鋭い声を発した。これまでの小さなあえぎ声とは明らかに違う。

 下手をしたら——いや、下手をしなくても、近所の人間が気付くレベルだった。


「どうした、目が覚めたのか!」


 慌てて歩み寄るが、リリアの目はうつろに半開きになったままだった。

 

「あ、あ……たす……け……て……」


 身体の横に投げ出されたリリアの両手が持ち上がり、肩から左右に大きく広げられた。膝の間隔はさきほどよりも広がり、突き上げられた腰の反りがより激しくなった。


 その姿勢を呆然と見ながら、俺は既視感に襲われた。

 そして数秒後に、その正体に思い当たる。

 姿


 リリアの唇が、大きく息を吸い込んだ。

 俺はとっさに危険を感じ、リリアの口を手のひらで押さえる。


「ゆ……して……ご……さい……!」


 危機一髪。なんとか、リリアの叫びを押さえることができた。

 だが、俺の見ている前で、リリアの身体に異変が起きていた。


「これは……痣!?」


 リリアの手首に、まるで指の痕のような、赤い痣が浮き出てきた。

 手首だけではない。腰や足首にも、指のような形の痣が浮いていた。


 俺は自分の記憶をたぐり寄せる。

 リリアのポーズ、そして身体に浮いた痣——それは昼間、ゴブリンたちに押さえつけられた箇所と一致していた。

 まるっきり同じ、あのときの再現だ。

 違うのは、あのときは全裸で、いまは僅かながら服を着ているってだけ。いや、いまも、ほぼ着てないのと同じだが。


 そして、さらに驚くべきことが起きた。

 リリアの金髪が一房、重力に逆らって浮き上がったのだ!

 まるで、見えない何者かが髪を掴んで、引っ張り上げたかのように。


「んっ! んぐっ。んっんっ!」


 やがてリリアの身体は、前後に激しく揺れ始める。

 見えない何かが、リリアの身体に連続で打ち込まれているように見えた。


「んーーーっ! んんっ! がッ! ハゥぐッ!!」 


 リリアが苦悶する。

 俺が口を押さえてなければ、彼女の絶叫は、村中に響いていただろう。


 このままではマズい。この危機的な状況を打破したいと思った。

 だが、いまの俺が頼れる相手と言えば——


「おい、謎の声! リリアのステータスを見せろ!」


了解コピー。接触している対象のステータスを展開します』


 脳内に、リリアのステータスが展開される。

 相変わらず、MPは0のまま。ほかも変わりないように見えたが、一点だけ違いがあった。


「スキルが、光ってる……」


 特殊スキル欄に記載された、〈淫靡の呪い〉の文字だけが真っ赤に光っていた。

 これで確信が持てた。リリアの狂態は、この呪いが原因だ!


「謎の声! 他人の特殊スキルを消すことはできないのか! たとえば、!」


 もう、やけっぱちだった。そんなこと出来るわけないと思っていた。

 しかし、声は意外な返答をした。



「マジかよ!」


『ただし、5。また、使でなければいけません』


「オッケー、いまは無理ってことね! サンキュー、くそったれ!」


 そんなやりとりをしている間にも、リリアの身体にはさらなる変化が起きていた。


 剥き出しの尻が震え、白い肌に、紅葉のような痣が次々と浮かび上がっていく。

 さらに、背中や乳房、太ももには、鞭で叩かれたような線状の痣まで出てきていた。

 新しい痣ができるたびに、リリアの腰は艶めかしく、8の字を描くように動く。

 それは苦痛から逃れようとする動きではなく、むしろさらなる苦痛を懇願する動きに見えた。


 ——おいおい。どうなってるんだよ、リリア。

 

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