コピー&ペーストで成り上がる! 底辺講師の異世界英雄譚

怪奇!殺人猫太郎

第一部

プロローグ 地獄を抜けて異世界へ

第01話 くたばれコピペ野郎 [レベル0]

「うおおおおーーーーーー! コピペをやめろおおおおおーーー!」


 ここは私立・天車てんしゃ学院大学の文学部棟。

 その片隅の一室に、悲痛な叫びが響き渡った。

 声の主は何を隠そう、この俺——大学講師の張本エイジである。


 今年で35歳。2年前に晴れて非常勤生活を脱し、当大学の文学部講師になった。

 ちなみに、配偶者はなし。貯金もなし。車なし。まともな社会人経験なし。ついでに言うと、博士号もない。いずれ取りたいと思っている。

 俺にあるのは、将来への漠然とした不安と、奨学金という名の借金だけ。あと軽度の腰痛と慢性化した肩こりくらいか——とまぁ、そんな冴えない男である。


「まったく、どいつもこいつもコピペ! Wikipediaのコピペ!」


 雑然と本が積まれた自分の研究室で、俺はMacBookのモニターを覗き込みながら、頭を抱えていた。


 悩みの種は、メールボックスに溜まった学生からの提出物の山。俺が担当している〈現代日本文学概論〉のレポートである。

 ただいまこいつを採点中なのだが、どれもこれもネットからのコピペなのだ!


 現在、採点済のレポートが30通。そのうちコピペは30通。

 コピペの確率100%。


 もしかして、残りの60通も全部コピペかな? マジか?

 いや、さすがにそろそろまともなレポートが来るはずだ。そうであってほしい。

 さあ、来い! 俺の魂をたぎらせる渾身のレポートよ!


 しかし、次のファイルを開いた瞬間、俺の願望は既視感のある文字列によって完膚なきまでに破壊された。


「うおおおおーー! またコピペじゃねえか! つーかよお、そのWikipediaの記事、書いたのは俺やっちゅうねん! アホンダラ!」


 気が狂いそうになる。

 いかに天車学院大の偏差値が低いとはいえ、今年はちょっと酷い。酷すぎる。


「せめて語尾や表現は変えろや……。コピペを隠す気ないだろ、お前ら……」


 頭をかきむしりながら、冷めたコーヒーを喉に流し込む。

 苦い。マズい。気分は最悪だった。


 煙草でも吸いたい気分だったが、あいにく学内は全面禁煙。

 何年か前から、学内のあちこちに「禁煙」と書かれたドギツいポスターが貼られるようになってしまった。

 おい、アホ大学よ……。

 禁煙ポスターをべたべた貼ってる暇があったら、禁コピペポスターも大量に貼っとけや。校内の壁を埋め尽くすぐらいに。


 俺の苛立ちが最高潮に達しかけたとき、目の前のMacBookがメールの着信音を奏でた。

 メーラーをクリックすると、とある有名出版社からメールが届いていた。


 新しいコピペレポートでなかったことに安堵しかけた俺だったが、メールの本文を読んだ瞬間、脳の血管がぶち切れそうになる。


「なーにが【共同出版のご提案】……じゃボケェ!」


 メールの内容を要約すると、「先生の学識は素晴らしい。うちから本を出しませんか?」なのだが、よりわかりやすい日本語に直すと「お前の研究のことは何も知らないが、学者なら本を出したいだろう? うちに出版費用を払ってくれれば出してやっても良いぞ?」となる。


 要するに、単なる自費出版のお誘いなわけ。

 最近はこの手の誘いが実に多い。出版不況の昨今、出版社の学術書部門はどこも大変なのだろう。

 ぶっちゃけ、彼らには同情しないでもない。


 だが、いまメールを送ってきたお前……! お前だけはゆるさねえ!


「なーにが『拝啓 田中先生』じゃい! 俺の名前は張本エイジじゃ! 送信前に確認しろ!」


 なんとメールの送信者は、別の先生に送ったらしきメールを丸々コピペし、俺に送りつけてきたのだ!

 たぶん、名前や専攻は送信前に書き換えるつもりだったのだろうが、それを忘れて送信ボタンを押したってわけだ。


「くたばれ、コピペ野郎!」


 怒りの矛先は、近くの本棚へと向けられた。

 俺の放った全力の蹴りは、重たい研究書を満載した本棚を揺らし、そして——


「あ」


 尋常ならざる質量の塊が、俺の体めがけて倒れ込んできたのだった。

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