第7話 二匹目ですか?

行きずりのぶち猫は一晩我が家で過ごした。

どれ程の時間、黒兵衛とプロレスをしていたのだろうか。

朝日に照らされたベッドの上では、疲れはてて眠りこけた二匹の子猫が転がっている。


奴等は身を寄せ合い、抱き合うように眠っていた。

何の邪気もない無垢な寝顔を浮かべて。


なんというか、これは。


何とも受け入れがたい感情が浮かぶ。


なんだ、これは。


その、可愛いじゃないか。


嗚呼、私は悪魔に魂を掴まれてしまったのだろうか。

あれだけ憎らしかった猫どもを見て、あろうことかこのような感情を抱くなんて。

きっとこれは気の迷いよ。シャワーを浴びればこんな気持ち消えてしまうわ。

私はワンナイトラブに心をときめかせてしまった女のような気持ちで、顔を洗った。


まさか35年間男として人生を歩んできた私が、このような状況でワンナイトラブに心をときめかせてしまった女の気持ちを抱くとは。

人生どこで何を学ぶかわからないものである。


さて、今日こそはぶち猫を追い出さなくてはならない。

流石にもう一匹猫を飼ってやる余裕はないのだ。

せめて朝飯だけでも、とぶち猫に猫餌を与え、私は窓からぶち猫を放り出した。


「ギャン」


ぶち猫は不服そうな声をあげ、窓の中に顔を押し込んでくる。


「こら、戻ってくるんじゃない」


私は心を鬼にして、ぶち猫の額をグイグイと押し出した。

黒兵衛はその様子を見ると、目を見開き何とも悪人を見るような顔で私を見つめた。


「人でなしー!この人でなしー!」


黒兵衛の声が聴こえるようだ。

私はどうにかぶち猫を追い出すと、ピシャリと窓を閉め黒兵衛を抱き上げた。

そしてじっと目を見つめ諭した。


「いいか黒兵衛、ここは俺とお前の家なんだ。あいつはただの客人に過ぎない。ただの客人が家に居着いたらどうなる?迷惑だろう?お前はこの家の猫として、邪魔者を追い払わなければならない。違うか?」


黒兵衛の瞳は馬鹿げた議論だと言わんばかりに、空を仰いでいる。

私の力説は微塵も響いていないようだ。

一方ぶち猫はというと、窓の外から一歩も動かず恨めしそうにこちらを見つめている。


「ああ、もう!」


私は窓を開けた。

ぶち猫は待ってましたと言わんばかりに飛び込んできた。

黒兵衛も


「なかなか英断ではないか」


とばかりに、私の顔を見つめてきた。

もういい、仕方がない。

このぶち猫が自ら家を出ていくまで、我が家の居候にしてやろう。


さっさとベッドに横たわり寝る体勢をとるぶち猫が、到底出て行くとは思えないが。


さて、私はというと再び編集者の寅本と打ち合わせをする為、出版社へと向かった。

猫好きの寅本は顔を会わせるなり、猫の話題をふってくる。

そうだ、こいつに聞けば二匹目を飼う件について、アドバイスが貰えるかもしれない。


「ええ!猫ちゃんもう一人来たんですか!」


寅本の目は少年のようにキラキラと輝いている。


「それで、どんな子なんですか?」


「ええと、顔はブスで色は白と黒のぶち猫で。大きさは黒兵衛と同じくらい。顔はブス」


「そんなブスを強調しなくていいですよ。黒兵衛ちゃんとは仲良しなんですか?」


「仲がいいのか悪いのか、一晩中プロレスをしていたよ」


「わあ、いいですねえ。もう一人いれば黒兵衛ちゃんも寂しくないですね」


「そうだ、そこで訊きたいんだ」


私は目の前にいる猫のプロに、前のめりになりながら質問した。


「猫っていうのは二匹も飼っていいものなのか?喧嘩という喧嘩はしていないが、家だって狭いし不都合がないか……」


寅本は笑顔で答えた。


「大丈夫ですよ!猫ちゃんは子猫のうちなら割と仲良くなれますし。二匹居れば天音先生が居ない時でも寂しくないですし。それに」


「それに?」


「二倍可愛い」


もう二度とこいつにアドバイスを求めるのはやめよう。

私は心に誓い、打ち合わせを終えたのだった。

帰り際、ホームセンターのペットコーナーに立ち寄った。


なんせ居候が更に増えたのだから、餌の減りも早くなる。

安い猫餌をかごに投げ込んでいると、売り場の隅で猫の寝床らしきクッションのような物体が目に入った。


どうやら猫がすっぽりと入り込むタイプの寝床のようだ。

ぬいぐるみのようにふわふわとした素材でできている。


そういえば黒兵衛は、私の座布団を我が物顔で使っているのだ。

このような寝床があれば、こちらに移るだろうか。

たかが猫ごときの為にわざわざ買うのも気が引けるが、この猫用寝床も購入し帰宅した。


黒兵衛とすっかり我が家の住人面しているぶち猫は、散々遊び尽くしたようで部屋にねっ転がっていた。

私は早速猫用の寝床をビニール袋から出すと、黒兵衛に入るよう促した。

ところが黒兵衛は、寝床が入っていたビニール袋にばかり気をとられている。


「そっちじゃない!こっち!」


抱き上げて寝床に押し込むも、黒兵衛はジタバタともがいて一向に入ろうとしない。

何度やってもビニール袋にばかり入る黒兵衛に、ほとほと手を焼いていた。

そうこうしているうちに、どさくさに紛れてぶち猫が猫用寝床に入り込んでいた。

満足げな顔で眠っている。


「おい、お前の為に買ったんじゃないぞ」


居候とは認めたが、飼い猫として認めたわけではない。なのに随分といけ図々しいではないか。


すると、先程まで興味を持たなかった黒兵衛が、いきなり寝床に興味を示しだした。

何故他人が入ると途端に自分も入りたがるのか。

黒兵衛は寝床の中に手を突っ込み、ちょっかいを出した。


ぶち猫はせっかくのリラックスタイムを邪魔されて腹を立てたのか、黒兵衛の頭をひっぱたいた。

黒兵衛とぶち猫は取っ組み合い、激しく喧嘩を始めた。

何故先程まで入ろうとすらしなかった寝床に、そこまで熱く喧嘩をするのだお前らは。


そしてこうなっては仕方あるまい。

私はもう一つ、猫の為に寝床を買うしかない。

散々取っ組み合いをして疲れたのか、いつしか黒兵衛とぶち猫は床に転がり眠っていた。


あれほど激しく取り合いをしたくせに、何故二匹とも寝床に入らないのだ。

私はすっかり幼子二人の親になったような気持ちだ。

そういえば忘れていた。

このぶち猫は雄だろうか、雌だろうか。


私は寝そべるぶち猫の足をつまみ上げた。

そこには黒兵衛とは色違いの、白い毛玉が二つ鎮座していた。

やはり私には、例え猫であっても女の縁がないようだ。


男一人に雄猫二匹。

なんとも虚しい組み合わせである。


さて、もう一つ忘れていた。

こいつをいつまでもぶち猫と呼び続ける訳にはいかない。

普通に名付けるとすればブチなどが適切だろうが、それでは捻りがない。


性別もわかったことだし、ここは一つ男らしい名を付けてやろう。

白地に黒いぶち模様が入った雄猫。


「斑丸」


私が呼び掛けると、奴はわかったように尻尾をパタリと振り上げた。

どうやら受け入れたらしい。

黒兵衛、斑丸。

私の望まぬ同居人は、またしても厚かましく我が家に乗り込んでしまったのだった。

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