超重力魔法少女プリン☆キュピア

妻尾典征

EP1 VS蛇炎怪人ラドン

1,上官は魔法少女?

1,参上! 魔法少女!

 ……魔法少女こんなことをやっていると、ふざけているのか頭がおかしいのか、だいたいその二つのどちらかだと思われる。

 まぁそれもそうだろうな、という自覚は彼女にも少しばかりあった。

 けれど、これは決して気が触れたわけではないし、ふざけているわけでもない。

 そう、彼女は本気なのだった。

 本気でなければならないのである。

 そうであるから意味があり、そうでなければ意味がない。

 これはつまり、そういう話なのだ。

「……なんだか〝悪〟の気配がするな」

 超高層ビルの屋上、眼下に広がる都市の風景を見下ろしているのは一人の少女だった。

 金髪のツインテールと頭のてっぺんにある跳ねっ返りのくせ毛が風に揺られている。

 彼女はとても変ったかっこうをしていた。

 〝それ〟はいったい何なのかと聞かれたら、きっと彼女は嬉々としてこう答えるだろう。

 これは〝魔法少女〟だ、と。

「……」

 偉そうに腕を組み、不遜な態度で地上を見下ろしている。

 ここは人類最後の居住区域エクメーネ、超巨大都市群――〝世界都市コスモポリス〟である。

 地表に広がっていたかつての旧世界秩序は滅び去り、いまは全ての人間たちがこの都市の中で暮らしている。

 超巨大な摩天楼。

 それを見下ろす少女。

 風に揺れる跳ねっ返りのくせ毛は、まるでアンテナのように何かに反応しているようにも見えた。

「やぁ、りんご。やっぱりここにいたんだね」

 突然、人の声がした。

 しかし、彼女以外に人影はない。

 彼女の足元に現われたのは一匹の黒猫であって、決して人ではなかったが、そいつはまるで当たり前のような顔をして話しかけてきた。

 彼女はその相手を見て、実に嫌そうに顔をしかめた。

「なんだ、アルゴス。何か用か?」

「やれやれ、そんな嫌そうな顔をしないで欲しいな。ぼくたち友達だろう?」

「お前と友達になった覚えはこれっぽっちもない」

「それは非常に残念だよ。でもまぁ、今はその話は置いておくとしてだ。りんご、君に出動要請が来ているよ」

「なんだ? もしかしてまたファントムでも出たか?」

「ご明察だね。君の言うとおりだ」

「……またか? 最近やけに多いな、ホント」

「確かにね。しかも今回のファントムも治安部隊じゃどうにも手に負えないようでね」

「ふん、それでわたしに指名が来たってことか」

「いや、いま手が空いてるのが君だけなんだよね」

「わ た し に 指 名 が 来 た ん だ よ な ?」

「目が怖いからとりあえずそういうことにしておくよ」

「場所はどこだ?」

「サウスウエストエリアD51だよ」

「……というと、あの辺りか」

 彼女の視線が遠くにある都市の一角へと向けられた。

 空間的な場所さえ分かれば、後は彼女にしか通ることのできない道を行けばすぐである。

 とん、と何の躊躇いもなく少女は屋上から身を投げた。

 真っ直ぐに落ちていく。

 ……だが、数秒後に忽然と彼女の姿は消えた。

 まるで世界の裏側にでも入り込んでしまったかのように――


μβψ


「ヒャハハハ――ッ! どうした! そんなんじゃオレは止められねえぞ、虫けらがッ!」

 爆発が起きた。

 炎と熱風が吹き荒れる。

 その火中には奇妙な人影があった。

 そいつは右腕に、これもまた奇妙な形の銃を持っていた。

 まともな銃でないことは見れば一目瞭然だった。

それは男の〝主観〟の中から生じた『銃のような形をして、銃のような使い方の出来る武器』――とでも言うべきものだ。

 片手で扱うには少し大きいように見えるが、そいつは軽々と銃身を持ち上げた。

「ハッハァ――ッ!」

 男がかざした銃の引き金を引くと、銃は銃身を明滅させ、そこから〝砲弾〟を撃ち放った。

 閃光と同時に反動と熱風が生じた。

 男によって撃ち出された砲弾が直撃すると、装甲車が勢いよく吹き飛んだ。

 いま、その男と戦闘状態にあるのは都市警備隊ポリスガードの治安部隊だった。

 都市警備隊ポリスガードにはで構成された特別部隊と、彼らのような通常戦力である治安部隊の二つがあった。

 世界都市コスモポリスにおける一般的な通常警務を担っているのは治安部隊であり、都市市民コスモポリタンが言うところのいわゆる〝お巡りさん〟と言えばこちらのほうである。

 普段は市民の生活に密着した警務を行っている彼らであるが、いまは物々しい装備で身を覆い尽くしていた。

 いま現在、彼らには全武装使用許可が下りていた。

 というのも都市における最重要警戒制圧対象が突如として出現したためである。

 治安部隊の隊員たちは完全装備だった。パワードスーツで全身を覆い尽くし、リミッターを解除したAEブラスターを両手で構え、それを遠慮無くぶっ放していた。

 アブソルート・ヱーテル・ブラスターから放たれるのは実弾ではない。見た目には〝光線〟のようなものが発射される。普通の人間なら一発食らえば即死するほどの威力だ。

「くそ、なんてやつだ!」

 隊員の一人がヤケクソになっていた。

 AEブラスターの一斉射撃では〝標的〟に傷一つつけることもできなかった。

 弾幕は今も張られ続けているが、吐き出される光線の全ては男の周囲に張り巡らされている境界線のようなものに防がれてしまっていた。

「おいおい、そんなオモチャでオレを倒せると思ってんのかぁ、テメェらは? 本物ってのはよぉ、こういうのを言うんだよ!」

 男は嗤い、かざした銃から再び〝砲弾〟を撃ち出した。

 地面に着弾して爆炎があがる。近くにいた隊員たちは慌てて逃げ出した。

 相手はたった一人である。それを取り囲む治安部隊は三十人近くいるというのに、戦況はまるで敗走に近い状態だった。彼らの持つ武装では、男を足止めすることすらできなかった。

 そこへ数台の歩行戦車が姿を現わした。

 男の背後を取るように現われた一台の歩行戦車が容赦なく高火力の主砲、AEキャノンをたたき込んだ。普通の人間相手なら消し炭どころか跡形も無くなるほどの威力だ。

 爆炎が上がり、男が巨大な炎に飲み込まれた。そこさらに、別の方向から現われた歩行戦車も同じようにAEキャノンをたたき込んだ。

 続けざまに爆炎があがった。爆風は隊員たちにも襲いかかったが、彼らはそれを遮蔽物でやり過ごした。

「やったか!?」

 男は爆炎に飲み込まれた。あれではさすがに生きているはずがない――と、その場にいた誰もがそう思った。

 やがて視界が晴れた。

 その中に――いた。

 そいつはまったく無傷の状態で、まるで亡霊のように炎の中に立っていた。

「う、撃て! 撃てぇ!」

 悲鳴のような号令と共にAEブラスターによる一斉射撃が再開された。もちろん光線は男には届かない。それでも恐怖を打ち消すには撃ち続けるしか方法がなかった。

「くく、くははは、はははははははははッ――ッ!」

 男は湧き上がる愉悦を抑えきれなかった。

 哄笑と共に砲弾をまき散らした。

 直撃を受けた歩行戦車が吹き飛んだ。パイロットが慌てて脱出する。それと同時に火が燃料に引火し、動力が吹き飛んで大爆発を起こした。

「ひ、ひひ、くひひひひ」

 万能感と優越感で男の心は満たされていた。そして、心の奥底から更に破壊を求める声が聞こえてきた。それは他人には聞こえない。だが、その男にははっきりと聞こえていた。

 もっと壊せ、もっと壊せ――と。

 衝動こえが鳴り止むことなどない。むしろ、どんどん強くなって男の耳朶に叩きつけられていた。もう男には、他の音など何も聞こえていないかのようだ。

「くそ、こんなのどうしろってんだッ!」

 遮蔽物に隠れていた隊員が喚くように悪態を叫んだ。

 その時だった。

「待てぃ――ッ!」

 ぱっ、とどこからともなく、そいつはいきなり空中に現われた。

「は――?」

 すぐ側にいた治安部隊の隊員が呆気に取られていると、そいつはそのまま、と地面に着地した。

 それは決して華麗な着地ではなかった。まるで何十トンもある鉄塊が落下したような着地だった。

 地面が蜘蛛の巣のようにヒビ割れ、中心はクレーターのようになった。

「……なんだぁ、てめぇは?」

 狂ったように笑っていた男でさえ呆気に取られた様子だった。

 なぜなら目の前に現われたのは――まだ年端も行かぬ少女だったからだ。

 少なくとも見た目はそうとしか見えないから、相手が困惑するのも無理はないだろう。

 少女は立ち上がると、実に不遜な表情を浮かべて相手を見やった。

「ふん、名前を聞かれたからには名乗るのがわたしの流儀だ。心してよく聞けッ!」

 男に向かって真っ直ぐに右手を伸ばし、ビシッと鋭く指差した。

 金髪のツインテールが大きく揺れた。ついでに頭のてっぺんにある跳ねっ返りのくせ毛も大きく揺れた。

 彼女は堂々と胸を張って、高らかにこう名乗った。

「世界が左に捻れたら、右に捻ってわたしが直す! 愛と正義のスーパーヒーローッ! 魔法少女プリン☆キュピアッ! この世の悪の全ては、このわたしが許さん!」

 と。

 彼女の名は姫咲ひめさきりんご。

 都市警備隊ポリスガードの特別部隊に所属する特別兵トルーパーであり――そして、魔法少女(自称)だった。

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