第28話


「さて、そろそろ旅立つとするか。ミーシャ、ありがとう」


 俺はミーシャにお礼を言い、外に出ようとした。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 ミーシャは、すぐに俺を呼び止めて、こちらへ向かって来た。


「どうかしたか?」


「どうかしたか、じゃないでしょ! どこへ行くつもり?」


 俺の問いに、ミーシャはそう言った。

 そういえば、行く宛なんて考えてなかったな。


直感インスピレーションに従って、どこまでも突き進むさ」


 俺がそう言うと、ミーシャは呆れた表情をして、わざとらしくため息を吐いた。


「バカじゃないの? 行く宛が無いなら、しばらくここに居てもいいから」


 ミーシャはそう言って、額に手を当てた。


「そう言ってくれるのは嬉しいが……ミーシャみたいに可愛い子と一緒に居るのは────」


「可愛い……?」


 俺は、一緒に居るのはアリアに対して申し訳ない、と言いたかったのだが、それをミーシャの言葉が遮った。


 ミーシャが可愛いと言ったのは、素直にそう思ったから。

 それ以外の理由は無いが、ミーシャに視線を移すと、頬を赤らめて俯いていた。


 破滅の神と呼ばれるミーシャを、怒らせてしまう訳にはいかないのだが、もしかして怒ったのだろうか?


「もちろん。その綺麗な髪も、透き通った瞳も素敵だと思ったから言っただけだが……不満だったか?」


 破滅神ミーシャを怒らせないように、俺は慎重に言葉を選ぶ。

 ミーシャの頬が少し赤くなったと思った瞬間、俺はミーシャに腕を叩かれた。

 おそらく本気で叩いた訳ではないのだろうが……しまった。

 これは、ミーシャを怒らせてしまったのかもしれないな。


「……サクヤは口が上手いのね」


 そう言ってミーシャは俺に背を向けた。

 生まれ変わってから、初めて人と話すようになった俺に、口が上手いと言われる程の話術など……ある筈も無いのだが。


「いや、素直にそう思ったから、言っただけだ」


 俺がそう言うと、ミーシャは黙ってしまい、しばらく沈黙が続く。


「そういえば……。サクヤ、旅に出るなら私も連れてってよ」


「えっ?」


 沈黙を破ったミーシャの提案に、俺は少しばかり驚いた。


「どういうつもりだ?」


「どうせ此処に居ても退屈だから、サクヤに付いて行こうと思っただけ」


 確かにミーシャが旅に付いて来てくれるのは心強い。


「それに、ここの地理知らないんでしょ?」


「ああ、そうだな」


 ミーシャの言う通り、ここでは俺の知っている地理は役に立たない。


「そんな状態で旅立って野垂れ死なれるのは嫌だし」


 ミーシャはそう言った。

 心配してくれているのだろうが、俺が野垂れ死ぬとは、流石に悪く言い過ぎなのではないか?


「俺を馬鹿にしているのか?」


「違うわ、コケにしてるの!」


「同じ事だろ」


 俺はミーシャの言葉にツッコミを入れた。

 くだらない言い合いになってきたな……。


「とにかく、これでも私は神なんだから。サクヤの力になってあげるわ!」


 そう言ってミーシャは俺を見つめる。

 困った時の神頼みという事か。


「神って、ミーシャ……。確か、破滅のだよな?」


「うるさい! そこに突っ込まないの!!」


 ミーシャはそう言いながら、鋭い眼差しで睨んできたので、俺は次の言葉が出てこなかった。


「……ところで、神通力というのは、俺でも使う事ができるようになるモノなのか?」


 話題を変えて、俺は気になった事をミーシャに尋ねる。


「おそらく……それは無理ね。サクヤは神通力を使いたいの?」


「ああ、もちろんだ」


 神通力さえ使うことができれば、元の世界に戻れる可能性があるうえ、クロウドを倒せるかもしれない。


 そこで俺は、この世界に転移した経緯を、ミーシャに分かるように話す。


「転生魔法を使って、今の身体に生まれ変わったのね?」


「そういう事だ」


 神通力と魔法……。それは全くの別物だが、ミーシャは何となくそれを理解しているような素振りを見せる。


 俺は、聖魔法学園に入学するまで事をミーシャに話した。


 試験の日にアリアに出会った事。

 その時に一目惚れして、実践試験ではパーティーを組んだ事。

 試験のあとにアリアの呪いを解くために魔力を使い切ってしまった事。

 呪いで魔法が使えなかったアリアに魔法を鍛錬した事。


「グスッ……。めっちゃ優しいじゃん……」


 先ほどとは打って変わって、ミーシャの口調は少し柔らかくなっているうえ、少し泣きながら俺の話を聞いていた。


 どうやら、俺がアリアにしてきた事が、ミーシャの琴線に触れたようだ。


「優しいのか……? 俺としては、当たり前の事をしているだけなのだが……」


「サクヤの居た世界ではそうかもしれないけど、この世界にはそんな優しい男は居ないよ……」


 ミーシャは滴る涙を拭きながら俺に言った。

 そんな事を言われるとは思ってもいなかったので、俺は不覚にも照れてしまった。


「……なんでサクヤは、アリアちゃんを置いてこんな山奥に居るのよ!」


 ミーシャは責めるように、俺に言う。

 俺も望んで来た訳ではない。


「時の神の力だ」


「時の神……。何でそんな奴が出てくるの!?」


 ミーシャは神が出てきた事に驚いたようだ。

 驚くのも仕方の無い事だろう。

 俺はここへ転移して来た時の事を、続けてミーシャに話す。


 アリアの声が最後に脳内で響いた事を言った時には、ミーシャは『アリアちゃんが可哀想だ』と同情して泣いていた。


 破滅の神と呼ばれるミーシャが、実は心優しい少女だった……。

 ミーシャの神の称号と性格のギャップに驚いたのは、ここだけの話だ。



「私はサクヤの事が気に入った。元の世界に戻れるように手伝ってあげる!」


「何というか……すまない」


 ミーシャの優しさを利用して、同情を誘ったような形になってしまい、申し訳なくて謝る。


「何でサクヤが謝るの?」


「それは、ミーシャに気を遣わせているような、そんな気がしたのでな」


「私の事はいいから。っていうか、優しくしてあげるのはアリアちゃんだけにしてあげて」


 ミーシャは強めの口調で言った。


「それはできない。これが俺の性格だからな」


 俺もミーシャに強めの口調で言い返す。

 嘘で固めた性格や言動で、ミーシャに関わる事はできない。

 俺は素の自分で関わるつもりだ。


「またそう言って……」


 ミーシャはクスリと笑った。


「笑った顔も可愛いと思うぞ」


「はいはい」


 ミーシャは俺の言った事を、軽く受け流した。


 そういえば、俺は旅に出ようとしていた筈なのだが、ミーシャに過去の話をしていて、行き先すら決めていなかったのだった。


「あっそうだ! サクヤ、旅の行き先なんだけど、この山脈の麓のアルル村へ行こう?」


 ミーシャは俺を見ながら、唐突にそう言った。

 この世界の事はよく分からないので、とりあえずミーシャの案内に従う事にしよう。


「わかった、そこにしよう」


 俺とミーシャは、行き先が決まったので、セリュール山脈を出発した。


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