第21話


「そこまで大口を叩くのなら、その魔力を私に見せてくれ」


 クロウドは、俺にそう言った。

 魔力を解放するのならあの場所に限る。

 アリアは俺の腕をギュッと抱きしめたまま俺を見つめる。


「そうでなくは面白くない。だが、ここでは狭すぎるな。……アリア、そのまま俺について来てくれ」


 俺がそう言うと、アリアは小さくコクっと頷いた。

 そして、俺の腕に抱きついたままの状態で、一緒にクロウドの所へ歩いて向かう。


「どうした?」


 クロウドはそう言い、腕を組んだまま俺の方に視線を送る。

 俺はそのままアリアが抱きついていない方の手でクロウドの肩に軽く触れる。


転移魔法ヴァンデル


 俺が詠唱すると景色が歪み、アリアとクロウドと共にある場所へ到着した。


「赤紫の空に黒い雲……ここはまさか!?」


 学園から景色が急に変わり、クロウドは俺を睨みながら問う。

 ここが何処なのか気付いたのだろうか。


「……世界の僻地ザームカイト……」


 アリアがクロウドの問いに答えた。大正解だ。


 巨大な城フェルネは不可視魔法で隠蔽しているが、念のため少し離れた場所に転移したのだ。


世界の僻地ザームカイト……だと?」


 クロウドは驚きを隠せていない。


「一瞬でこんな所へ……。それに消滅した筈の古代魔法……。何故それを使えるのだ!?」


 クロウドは、目の前で何が起こったのか、理解しようとするが、頭がついていかないような状態だ。


 それに対してアリアは転移魔法ヴァンデル世界の僻地ザームカイトの事も知っているから、特に驚いた素振りは無かった。


「まあ、気にすることはない。とりあえず魔力を解放するからな」


 俺はそう言いながら今の魔力と圧が外へ漏れないようにドーム状に隠蔽結界と防御結界を二重に展開する。


「アリア……危ないから、そこから動かないでくれ」


 アリアに視線を送って俺がそう言うと、コクッと頷いた。

 俺はアリアが立っている周囲に、強力な防御結界を更に展開する。

 その中にアリアが入ったいる事を確認してから、抑えていた魔力を少しずつ開放してゆく。


 その場にまるで突風が吹いたかのような、強烈な空気の移動が起こる。


「くっ……なんだ……何がどうなってる! どこからこんな魔力が湧いてくるんだ!?」


 クロウドは驚嘆しながらも、俺の魔力に圧されないよう身構える。

 俺には、前世の二割程度の魔力しかない。

 とはいえ、この世界では、それは計り知れない程に膨大な魔力量だ。


「……凄い……」


 アリアに魔力を解放する姿を冷静に見るのは初めてだから、彼女は俺の魔力に驚きを隠せないようだ。


「お前の魔力……やはり大問題だ。私の唱えた、魔王が転生したという説を事実に変えてくれたようだな!!」


 クロウドは少し興奮気味にそう言った。


「どういう事だ? まるで俺が魔王だとでも言いそうではないか?」


 俺はフッと鼻で笑って、クロウドにそう言った。


「これだけの膨大な魔力を持ち、そして失われた筈の古代魔法を使う。どう見ても人間業ではない。お前が魔王の転生した姿で無ければ、誰が魔王の転生した姿だと言うのだ? それに私には記憶がある……無論、忘れる筈があるまい! 魔王の禍々しい魔力の波長を!」


 クロウドはそう言って俺を見る。


「もし、俺が魔王だと言うのなら、ここで滅ぼすのか?」


 俺は開放していた魔力を抑えて結界を解き、クロウドに尋ねる。

 これで俺はクロウドに敵意は無い、戦う気はないという意思表示にはなるだろう。


「馬鹿を言うな。当時は魔王は悪だという風潮があったようだが……今は違うだろ」


 ほう……。クロウドもアリアと同じように、時代が変わったとでも言いたそうだな。


「それに魔王が悪ではなく、それ以外の魔族の中に本当の悪が居ると考えているのだからな」


 魔王以外の魔族に……か。


「……魔王ならぬ悪魔……」


 アリアが小さく呟いたのを俺とクロウドは聞き逃さなかった。


「そうだな……悪魔と呼ぶ方が適当かもしれんな」


 クロウドはそう言いながら、アリアに視線を移して小さく拍手をした。


「悪魔……」


 悪い魔族だから悪魔……。

 単純だが、クロウドが言う通りそれが適当か。


だったら、その力で協力してもらいたいものだな」


 クロウドは独り言のように呟きながら俺を見た。


「それでは魔王に得がない。協力とは名ばかりで利用されるだけのようにも聞こえるが」


 俺もクロウドの真似をして独り言のように呟き視線を送る。


「そう捉えられても仕方ないか……。だが、魔王の名誉を挽回できるかもしれないぞ?」


 クロウドは俺にそう言った。

 名誉挽回……魔族の王から魔法の王で魔王と呼ばれるとでも言うつもりだろうか。


「それは、どういう意味だ?」


 クロウドの言った名誉を挽回するとは……。


「どういう意味だってお前……。では、種族戦争……それが勃発した理由は知っているだろう?」


 クロウドは俺に問いかける。


 種族戦争か。

 俺が魔法の研究と開発をしている間に起こった事だから、勇者クロウが来るまで、特に気に留める事無く過ごしていた。

 だから、当然俺は知る由も無いのだ。


「種族戦争があった事は知っているが、理由は知らないな」


 俺がその問いに答えると、クロウドは無言で軽く頷いた。


「ならば教えよう。その理由は、魔族によって当時の国王が殺害された事だ。そして、その首謀者は魔王サクヤという事になっている」


 当時、魔族が人間の国へ侵攻する理由は無かった。

 しかも大陸毎に生活域を分けて、極力お互いに干渉しないように共存していた。


「何故? どうしてそんな事が起こってしまったのだ……」


 お互いに害しかない筈なのに……。


「……大丈夫……?」


 俺が珍しく動揺していたせいなのか、アリアが心配そうに俺のもとへ近づき、優しく抱きしめてくれた。


「サクヤ……私がお前に分かり易いように教えてやる」


 クロウドはそう言いながら、俺の方へゆっくりと歩いて近づいてきた。


「先の話で出てきた悪魔という存在。それが共存という平和な世の中が気に食わず、種族戦争という名の殺し合いを行わせた」


 クロウドは続けて話ながら、俺の一メートルくらい手前で歩みを止めた。


「もちろん悪魔は自らの手を汚す事はしない。他の魔族を駒として人間と戦わせる。もちろん魔王の指示だったという事にして……」


 そうだとしたら、何故俺が標的にされる……?


「そうすれば、魔王が残虐非道の悪の根源だ。魔王を滅ぼせば平和になる。そう信じる人間が増えるだろう?」


「……ぼっちな俺が何故、その悪魔に狙われたんだ?」


 動揺から俺はクロウドの前で、自ら魔王だと遠回しに暴露する言葉を漏らしてしまった。

 恐らくその発言以前に気付いているのかもしれないが。


……? フッ……、は違うだろう」


 クロウドはわざとらしく微笑み、そう言った。


「さて、話を戻そう。こんな僻地に膨大な魔力の魔族が、たまたま都合良く存在した。それだけの理由でお前は悪魔の身代わりとして、魔王と呼ばれていたんだよ」


 クロウドの言葉には俺の知らない事情が多すぎた。

 俺が魔王と呼ばれて、討伐される事自体、それは偶然ではなく必然だったのか……。


「それが、私が前世から引き継いだ記憶の一部だ。その名誉……挽回するもしないも、お前次第だ。!!」


 クロウドはそう言って俺を見た。


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