第4章(時系列バラバラです)

おまけ 倒錯令嬢と聖女様:前編

 冒険者ギルドの昼下がり、私はまたボーッとしていた。上級職に転職してからパーティのそれぞれが自分の仕事で忙しくて一同に会する事は少なくなってしまった。


 ちなみにゲオルグは聖騎士クルセイダーとして衛兵隊と共に街の治安を守っているし、くまぽんは魔法学院の講師をしている。シナモンは相変わらずバニルと仲が良いらしい、あれだけ言ったのに懲りてないのね…。


 ヘレンも今日は魔法の練習がしたいとかで教会に残っているので、今は本当に私一人だけだ。そういう訳なので今日はミラとクリルの席にお邪魔させもらって一緒に居る。

 何人かの男性冒険者が「何してるの?」とか「こっち来て一杯付き合いなよ」と声を掛けてくれるがミラ達が軽くいなしてくれる。私は愛想笑いしてるだけで十分らしい。


「ここでダベってるのもヒマだねぇ、なんかクエストでも行く?」

 クリルが呟く。


「じゃあ私がちょっと見てきますよ」

 席を立つ、正直座り過ぎてて少しお尻が痛かったので、軽く運動代わりに動きたかった。



 掲示板の前ではダクネス様が真剣な顔で依頼内容を吟味しているのが見えた。領主の息女でありながら自ら聖騎士クルセイダーとして弱き者を守る私の憧れの存在だ。

 …ったのだが、先日あの『見通す悪魔』に変な事を教えられてから、その憧れに少々揺らぎが生まれているのは否めなかった。


 いや、聞いたのは私の方だからこう言うのもおかしいのだが、『知らなければ良かった』という事ってあるよね。


 挨拶をしようとダクネス様の背後に立った私にダクネス様は振り向きざまにこう言った。


「カズマか? このミノ… あれ? アンジェラ?」


 …え?


「す、すまん! 何でアンジェラとカズマを間違えたりしたんだろう? 何となく雰囲気が似ていた気がして…」


 どこに私とカズマさんを間違える要素があるのだろうか? 男と間違えられるというだけでも衝撃を隠せない。


「い、いえ、私もちょっとビックリしただけですから…」

 怒ってはいない。釈然としない物はあるが。


「クエストを探してらっしゃったんですか? 何か良いの有ります?」

 とりあえず話題を変えたかった。


「うむ、このミノタウロスという牛の頭をしたモンスターが普段は迷宮ラビリンスの奥に隠れているくせに、最近夜な夜な近隣の村落を襲って家畜の牛や村の女を攫っているらしいんだ。それを助けてやろうと思ってな…」


 ダクネス様は上気した顔で言う。民の為に戦う貴族、やっぱり格好いいです。

「という訳で仲間達と相談してくる。では失礼する」

 そう言ってダクネス様は颯爽と去って行った。


 5分後。


「済まない、ちょっと良いだろうか…?」

 ダクネス様が私達の宅に項垂れながらやって来た。


「皆まで言わないで下さいダクネス様。カズマさんに断られて私達の所に来られたのでしょう?」

 事情は分かっている。家も蓄えも出来たカズマさんにはもう危険な冒険者稼業をやりたくない、という理由でクエストを断られたのだ。


「凄いな! なぜ分かるんだ?!」

 そりゃああんだけ大声でやり取りしてたら丸聞こえですわ。


「んー、でも私達も今しがた別口のクエストを受けてしまったばかりなので…」


「ならそっちをやろうか?」

 とクリル。


「そーだね。暇つぶしに受けた『三色トカゲ退治』とかキモいのはキャンセルして他の人に任せよう!」

 とミラ。


 そう言って依頼書を返却しに早々と受付へと歩いて行った。2人とも私のクエストセレクトに文句があるなら聞こうじゃないか。


「ありがたいが、君たちは良いのか? 多分敵もそれなりに強いぞ? 強力な大斧の一撃なんて想像しただけで楽しみ… いや、恐ろしいが」

 ダクネス様の武者震いしながらの問いにミラ&クリルは笑顔で答える。余計な一言が聞こえた様な気がしたが気にしない。


「こちらこそ一度ダクネスさんとは組んでみたかったから光栄だよ」


「そうそう、クリルが盾じゃ何かと不安だしねー」

 クリルに両頬をつねられて泣いているミラを後ろにクエスト受諾の申請に受付へと向かう。


 即席ではあるが聖騎士クルセイダー、戦士、盗賊、そして大神官アークプリーストという割とバランスの良いパーティが出来上がった。



 準備をして出発、街の門まで来た。

「あの、ダクネス様…」


「何だいアンジェラ?」


 …あの悪魔の言葉が耳から離れない。


『あ奴はいたぶられるのが大好きなだけの被虐趣味の変態である』という…。


 あのエリス様推薦の高潔なダクネス様に限ってそんな趣味があるなんて信じたくないが、情報元が情報元だけに無視も出来ない。


 …でも仮に真実だとしてそれがどうしたと言うのだろう? それに個人的な趣味なのだから、他人がどうこう言うのも差し出がましい話ではないか。私は何をクヨクヨしていたのか?

 ダクネス様はダクネス様、立派な心根の騎士様である事に変わりはないでは無いか。そうよ、そうなのよ、私は…。


「アンジェラ…?」


「…あ、はい。ダクネス様って変態なんですか?」


 …場の空気が凍る。ダクネス様の顔が見る見る真っ赤に染まっていく。


「あ… ち、違うんです! そんな事を聞こうと思ったんじゃなくて…。えと、ちょっと考え事してて、って言うか…」

 必死に言い訳にならない言い訳をする。


「なっ… そ、そんな公衆の面前でいきなり辱められるなんて… こんな不意打ち… んっ、こ、心の準備がだな…」


 え? 喜んでる?


「ご、ごめんなさい。私もちょっと色々混乱してて。決してダクネス様を辱めようとした訳では…」


「…い、いや、良いんだアンジェラ」

 息が荒いですダクネス様。

「あ! さ、さてはカズマだな? アンジェラに余計な事を教えたのはカズマだろ?! 帰ったらぶっ殺してやる!」


 物騒な事を叫ぶ聖騎士クルセイダー様。このままでは私のせいでカズマさんが殺されてしまう。

「落ち着いて下さい。カズマさんは無実ですから殺さないで上げて下さい」



「…そうか、バニルから聴いたのか。それでは何の弁解も出来ないな…。カズマ達以外には知られない様にしていたつもりだったんだが…」


 ダクネス様が力無く呟く。私の心無い一言で尊敬する人を傷つけてしまった。とても申し訳無い、どうすれば償えるだろうか…?


 ミラ達は隠れてクスクス笑っている。こういう陰で嘲笑ったり悪口言ったりする女子は好きじゃないぞ。


「2人とも。ダクネス様に失礼ですよ、言いたい事があるならキチンと言いましょう」


 私の言葉に促されてミラが前に出る。

「気を悪くしたならごめんね、でもダクネスさんがMっ気あるのはギルドでも割と有名な噂だからさぁ…」


「な?! そ、そうなのか…?」

 更に項垂れるダクネス様。


「殴られたいから前衛で盾職してるんでしょ?それはそれで筋金入りで格好いいとあたしは思うよ?」


「そ、そうだろうか…?」

 ダクネス様が少し気を取り直した辺りで『この話題はもうやめよう』とクリルが打ち切った。

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