【完結】この愛らしい天使に微笑みを!
ちありや
第1章
第1話 女神との出会い
この作品は「この素晴らしい世界に祝福を!」(暁なつめ著)の世界観を借りた二次創作です。
主人公が『物を知らない』設定なのに妙にサブカル知識がある点は演出として御容赦下さい。
物心ついた頃から悪童で、15歳の誕生日を迎える頃には暴行、窃盗、恐喝と一般的な少年犯罪はほとんどこなしてきた。
やがてついた仇名は『鬼キラ』 相手構わずケンカをしては殴りつける、そんな15年。
もはや両親ですら「あいつは碌な死に方をしないだろう」と考えていた悪鬼であった。
少女が『居た』と書いた。そう、彼女は死んだ。たった今、ナイフで刺されて。
元は他愛も無いケンカだった。どちらが道を譲るの譲らないのとで口論が始まり、間を置かず拳でのやり取りになった。
相手は3人、しかしそんなチンピラは百戦錬磨の彼女の敵では無かった。
…はずだった。
瞬く間に2人を倒した彼女だったがその刹那に腹部に熱い痛みを感じた。
恐怖に駆られた3人目が隠し持っていたナイフを取りだし彼女の腹に突き立てたのだ。
おいおい、ケンカでいきなり刃物出すか普通? 増してや頭一つ小さい女を刺すか普通?
初めの感想は「?」だった。状況が理解できなかった。なぜ自分が? このまま死ぬのか? と。
アタシはここで死ぬのか???
しかし「死」を意識した途端に彼女の感覚は鋭く研ぎ澄まされていった。
時間の流れがゆっくりと感じられる様になり刺された痛みも熱さも霧散していた。
目の前には涙を溜め酷く怯えた目をした少年が立っていた。その少年の体が上方向へと滑って視界からズレていく。
違う、自分の体が力を失い倒れつつあるのだ。
「碌な死に方をしない」と会う人全てに言われてきた。
親、教師、生安課の警官、ワル仲間etc 実際自分もそう思っていたし、野良犬の様にどこで野垂れ死んでも悔いは無いつもりだった。
しかし今際の際にあって彼女の思いは「殴り殴らればかりの下らねぇ人生」への軽い悔恨だった。
「もし… 次の人生が有るなら… 次はもう少し… まともな…」それは誰にも聞こえない呟き。
両膝をついた彼女はぼやけてきた視界で目の前の少年を見る。
(これが田中綺羅々様の最後の顔だ、よく見ておけよ)
残った力を振り絞り精一杯のふてぶてしい笑顔を作る。
「へっ!」
自分からは見えないが生涯最高の笑顔だった事だろう。最後に何かをやり遂げた気分だ。
そのまま彼女は後ろに倒れ込み意識は闇に飲まれていった。
真っ暗な空間、見渡す限り何も無い。いや、微かに星の様な瞬きが幾つか見られる、夜なのか?
足元には白と黒のモザイク模様の床だけが続いている。
自分が天国に行ける訳は無いからここが地獄という所か?
自分が死んだという事は分かっている。下らない人生を歩んだ下らない女が15年の短い人生を終えた、それだけの事だ。
やがて足元が仄かに明るくなり2脚の椅子が向かい合って現れる。
1つは簡素な木の椅子だ。自分用だろうか、誰も座ってない。
もう1つは上等そうな白い椅子、そこには荘厳な雰囲気を醸し出している少女が座っていた。
その装束は欧州の民族衣装だろうか?修道衣の様にも見える。
そして高い品性、いや神格を備えた美しい顔立ち、只の娘ではあり得ない。
「田中綺羅々さんですね? ようこそ死後の世界へ」
静かな笑顔で少女が語り掛ける。
「どうぞお掛け下さい。貴方はつい先程不幸にもお亡くなりになりました。短い人生でしたが貴方は死んだのです」
勧められた通りに彼女は椅子に腰かける。
「アタシを知ってるのか? ここは地獄か?」
逆に問う。
「私は幸運の女神エリス、いつも日本を担当している天使が慰安旅行で不在なので、今日は私が臨時で貴方の死後の方針に立ち会います」
は? 今なんと? 慰安旅行? 天使も慰安旅行とかするの?
色々と問いただそうと思っていた彼女だったが慰安旅行の一言で全ての疑問が頭から飛んでしまった。正直自分の今後よりも天使の慰安旅行の方が興味ある。
「ここはこれより次の魂の拠り所を決定する場所です。天国でも地獄でもありません」
女神エリスと名乗る少女は続ける。
「貴方には2つの選択肢があります。ゼロから新たな人生を歩むか、天国的な所に行って老人のような暮らしをするか… まぁ所謂イベントのようなものは全くの皆無なので天国が幸せかと言うと微妙なものはありますのでオススメは致しかねますねぇ」
転生するか成仏するかといったところか。争いから離れるのも良いがゼロからというのも悪くない。
「あー、アタシはバカだからよくわかんないし、どっちでもいいよ。そっちで決めてもらって…」
その一瞬、女神エリスの目が輝くのを彼女は見逃さなかった。嫌な予感が背筋を走る。
「時に… 貴方ゲームはお好きですか?」
いきなり何だ? 嫌な予感が徐々に強まってくる。
「格闘物のゲームならゲーセンでいくつか… 文字を読んで進める系のアールピージーとかはすぐ眠くなるんであんまり…」
「そうですか…」
女神の顔に僅かな翳りが浮かぶ。何故か自分が悪い事をしたかの様な気分になる。
「実は… 貴方に助けて欲しい世界があるのです」
女神自ら助けて欲しいとは穏やかでは無いが。彼女に表情で続きを促す。
女神エリスはおもむろに立ち上がりなにやら芝居めいた口調で滔々と語り始めた。
「…その世界は長く続いた平和が魔王の軍勢によって脅かされていました。人々が築き上げてきた生活は魔物に蹂躙され魔王軍の無慈悲な殺戮にみな脅えて暮らしています。そんな世界だからみんな生まれ変わるのを拒否して人が減る一方… このままでは魔王に世界を奪われ滅びを待つだけになってしまいます。そこで神々は考えました。他の世界で死んだ人を肉体と記憶はそのままで送ってあげたらどうか? と。勿論裸一貫で送り出すような薄情な真似はしません。魔王を倒す力になるような力を何か1つだけ好きなものを持って行ける権利を差し上げています。強力な武器だったりとんでもない才能だったり、貴方は記憶を引き継いだまま人生をやり直せます。しかも何か好きなものを1つ持って。異世界の人にとっては即戦力になる人がやってくる、お互いにいい関係のお話しなのです」
一気にまくし立てられて頭がパンクしそうだ。
「えっと… 要するに別の世界に行って悪い奴を倒してこいって事…?」
「はいそうです。ご理解が早くて助かります」女神が満足そうな笑みを浮かべる。
「そこは剣と魔法の世界で巨大モンスターとかも居るみたいな話?」
「はい!」
「碌に喧嘩もしたことないような三下にあっさり殺されるアタシみたいなのが役に立つと?」
「大事なのは気持ちです…」
やや間を置いて女神が続ける。
「大変お恥ずかしい話なのですが、実はその世界というのは私の受け持っている世界なのです… 日々魔王軍に虐げられてる民を見るのはとても辛いのですが、神は世界に直接介入する事はできませんし、私自身の戦う力は微々たる物です。それに正直申し上げて、ここで送り出した日本人達も全てが成功している訳ではありません。志し半ばで倒れた者、世界と融和し勇者の務めよりも日々の生活を選んだ者、様々です」
女神エリスの言葉は明るい未来を保証するものでは無く、むしろ過酷な生存競争を示唆していた。
「それでも… それでも私は貴方に… キララさんに世界を救う為に旅立って頂きたいと考えています」
悲しそうな、それでいて決意を秘めた瞳で女神は彼女を見つめた。
やれやれと肩を竦める。敵には容赦しないが、滅多に無いぶん頼られたら悪い気はしない。
「…分かったよ。アタシでどんだけ役に立つかどうかは分からないけどね」
使命に目覚めた訳では無い。ただこの目の前の女神を名乗る少女は自分を必要としてくれた。
どこへ行っても、たとえ自宅の中でも彼女は疎まれて生きてきた。
他人が自分の名前を呼ぶ時は危害を加えようとする時か、遠ざけようとする時だけだった。
「本当ですか! ありがとうございます!」
女神の顔が一気に明るくなる。
ありがとう。感謝の言葉。自分は言ったことも言われたことも無かったかも知れない。
何とも慣れ難いむず痒い感覚に惑いながらも彼女は笑顔を作る。鼻が痒い。
刺された時の虚栄の作り笑顔では無い。心からの照れ笑いだ。恥ずかしいが嫌では無い感覚。
「えー、ゴホン、では段取りを戻しますね」
エリスは嬉しそうに微笑みながら右手を上げ天を指さした。
すると指先が光りだし、50枚ほどの紙片が現れると彼女達の周囲に舞った。
「さぁ選びなさい、貴方に1つだけ何者にも負けない力を授けましょう!」
エリスは再び芝居めいた口調で宣言した。なるほど段取りとか台詞とか決まっていたのか。
紙片のそれぞれは神から貰える特殊能力のリストの様だ。
巨人をも両断する魔剣、鉄壁の防御を誇る鎧、周囲を飛び自動的に身を守ってくれる盾、
自分の意のままに動かせるドラゴンの召喚、街一つを焼き払える強大な魔法。
取り分け目立ったのは一番人気! と大きく書かれた『異世界でも受信出来てかつバッテリー充電永久不要なスマートフォン』だった。
自分はスマホやら使ったことが無いのでその利便性は分からない。
小学校に上がってすぐに親が用心(何の用心かは謎だが)にと防犯ブザー付きの子供用携帯電話を買ってくれたが3日としないうちに紛失してしまった。
それ以来携帯電話とは無縁の生活だ。
まぁ人気だろうが自分には関係ない。『今契約すればBluetooth(充電不要)のイヤホンが付きます』とか書かれているが何の事か分からない。
ただ天界でも世知辛い商品競走が行われているのは確かなようだ。
「私はいつもは転生した人達を受け取る側なのでどういう力があるとかあまり知らないんですよねぇ」
エリスが微笑みながら彼女の手の中の紙片を興味深げに覗き込んでくる。
「へぇー、色んな能力があるんですねぇ。あ、これなんか良いんじゃないですか?」
と、取り出したのは『
なんでも体内の血流を操作して肉体を強化する能力で、極めれば
こちらをそっちのけで様々な紙片を見比べて楽しんでいるエリスに向かって
彼女はポツリと、そして力強く今の自分の正直な気持ちを呟いた。
「アタシは… アタシはアンタみたいになりたい…」
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