いせかいなろうのすヽめ

さとうさな

第0話 暴走トラックは異世界への片道切符


「...ですか?大丈夫ですか?」


なにか声が聞こえる。なぜか意識が朦朧としている。


...一体どうなっているんだ。重い瞼を開けるとそこには女神のような女性が立っていた。


———————————————————


—数時間前—


「なぜ大学にはテストがあるのだろうか」


「それはね。ノアみたいな落第生を学費に見合った分だけ勉強させる為にあるんだよ


頭を抱えた僕の問いに対して、辛辣な答えを返してくるのは友達のレオン。レオンはどこかの国ではこういった名前の男はやたら優秀だったり有能だったり筋肉質な人間が多いらしいと言っていた。しかし僕に言わせてみればレオンは特にそんなこともなく単位が厳しい僕よりは優秀な平均的な男だ。


「そうは言うけど、僕は学部修了そのものを求めて大学に入学しただけであって何も将来使うこともない勉強をしに来たわけではないよ。」


「でもこの大学には大きなブランドがある。他の大学とは違って、ここを卒業した人間が無能だったら、ここの教育機関としての価値を地に堕ちるからね」


「ぐうの音も出ないな」


そう笑ってまた勉強を続ける。レオンの言うことはもっともだし、何より僕が言って欲しいことを誰よりも理解している。留年ギリギリの僕が愚痴をそのまま聞いて欲しいなんて思っている奴がいたらそいつには僕と同じ馬鹿の烙印を押してやりたい。レオンは馬鹿な僕が発奮剤を欲してる状況をちゃんと読んでくれる。




それから2時間ほど勉強をして息抜きに面白そうな外国の本を探していた時に ‘それ’を発見した。


「いせかいなろうのすヽめ」


なんて読むのだろうか。アルファへットでもアラヒア文字でもない。アシア圏の文字なのか。


「それはしゃぱんという国の本だよ。」


レオンは僕にその本のことを教えてくれた。しゃぱんの言語でひらかなと呼ばれる文字らしい。その本には1世代前にしゃぱんで流行になった小説の特徴を解説、所謂あるあるを詰め込んで物語にした本らしい。


「...それにしてもこの言語は難しいな」


母国語と文字が違うため全く読めないのでくーくるで翻訳しながら読んでみたのだが。


「なんだこれは。。。」


開いた口が塞がらない。くーくるの翻訳ミスかと思ったが、レオンは一度読んだことがあるらしく目立った翻訳ミスはないらしい。


いわゆるこの手の作品は読者が主人公にの視点に立って、活躍したり異性からアプローチを受けることにより読者の現実逃避を助長するものらしい。


当時のしゃぱんは確かに先進国の中でも幸福度が低かった気がする。なるほど、シャパニーズの高いクリエイティビティと低い幸福度がこの流行を進行させたのか。


「恐るべし、シャパニーズ...」


「どうしたんだい。そんな顔して」


そう聞いてきたレオンに僕は自分の考えを伝えた。すると、


「半分は正解だね。だけどもそれだけが理由じゃないよ」


「ほう。確かに他にも何か要因はありそうだね。レオンは他に何がこの流行の種になったと思う?」


「僕が考えるに、この手の話を考える作者にはそこまで高い創造力はないと思うんだよ。」


「う〜ん。。。それは一体なぜだ?僕のぽんこつな頭は、日本人はアニメや漫画などで高い評価を得ていたと僕に教えたのは君だと言っているけど」


「もちろん君が言う通り日本のアニメは目を見張るものがあった。嘘はついていないさ。僕だってアニメや漫画を見て、心を揺さぶられ流れた涙の数をはもう覚えていない。でもね人間が何に価値を置くかは、まさに人の感情のようにうつろいやすいんだ。」


「それじゃあ、つまり。君は心を揺さぶられるアニメや漫画に人々が価値を置かなくなったと言うのかい?それは暴論じゃないか?」


「そんなことは言ってないさ。現に今でも様々な作品が僕たちに涙を流させているだろ?でも、想像してくれ。君は喜怒哀楽を短い時間に感じたらどうなると思う?」


「それは、疲れるね。」


「そうなのさ。人々は疲れてしまったんだよ。泣くことにも笑うことにも。」


「...つまり。君は人間がこういった物に心を動かされることを拒否し始めたと言いたいのかい?無感情でただ時間を浪費する作品を求め出したとでも?」


「まぁ、端的に言えばそうだね。世の中には沢山の作品がある。僕が見てきた作品はまだ氷山の一角に過ぎないが、自分がそれを適切に評価すべき言葉を持っていないことを悔やむほど素晴らしい作品は多い。しかし、考えても見てくれ。人間の脳は疲れるんだ。今の君がそうだろ?勉強という刺激を受け続け脳は疲弊する。それがアニメや漫画にも起きた。」


「まぁ、僕の脳がこの世界のご都合主義の中で楽をしたいと思えるほどに疲れているのは確かだけど。」


「そう、それだけ日本人は疲れていた。マスローの欲求階層説の頂点である自己承認欲求と現実の不条理または己の無力さとの乖離が大きくなってしまったんだ。先進国特有の悩みだね。そんな時に主人公が可愛い女性に愛され悪い奴を助けるヒーローになる。しかもそいつは自分と同じで努力も苦労もしていない。そんな作品があったら君はどう思う?」


「僕なら腹が立って仕方ないね。現実をもっと恨みそうになるかも。」


「そう。シャパニーズは現実の。つまるところ努力や苦労を経て掴む幸福よりも、今の現実を肯定してくれる作品に救いを求めたのさ。」


「なるほど。そう言われれば読者層のニーズの変化は理解できるね。だけど、元の質問である創造力の低下については何も答えになっていないじゃないか。」


「それも一緒さ。」


「どこが一緒なんだ?それほど成功している小説家なら現実と理想の乖離なんて生じないだろ?」


「僕は成功した小説家がこの手の作品を書いたとは言っていないんだよ。」


「どういうことだ?」


「これらの小説家はこの作品で成功しただけであって、それ以前の作品では有名ではなかったんだ。」


「!!!...いや、しかし、そんな見向きもされない小説家は流行を起こすほどの力を持っていないじゃないか。」


「考えて欲しい。あの時期はコンピューターやスマートフォンなどが爆発的に普及した時代だ。」


コンピューターやスマートフォンがどうし...!!!

僕の表情の変化に合わせるようにレオンは続けた。


「気づいたみたいだね。彼らのような現実から目を背け社会に適合できなかった人間でも世界中に情報を送受信できるということを。つまり、彼らは相互に想像した世界を作り、他人の世界にのめり込む共依存の関係と化していた。」


「インターネットの普及と利便性により自分たちの理想とする新たな世界を作り上げたのか。」


いや、しかしそれ自体は全く問題ではない。より多くの作品が世の中に出回り多くの人の目に付くことは素晴らしいことではないか?レオンの顔を見ると口角が上がっている。きっと僕が考えていることが分かるのだろう。


「そう。それ自体は本当に素晴らしいことなんだ。これから挙げる副産物を差し引いても余りあるほどにね。じゃあ、一体何が問題だと思う?」


何だろうか。業界への参入の手軽さは目に見えて良いものだと思うが。


「既存ジャンルの淘汰か。」


「そう!それまでの小説。つまり出版社の目に止まった作品は実力がある。しかし、数が少ない。そして、読者はお金を消費しなければならない。そこに無料。しかも同じようなジャンルの作品が押し寄せてきたら?ある程度の不出来には感覚が慣れてしまう。何も対価を支払っていなかったからね。それが読者の数を増やし徐々に業界を蝕んでしまった。その点で言えば淘汰というよりは希釈化というべきかもしれないね。」


「その話は筋が通っている。でも一つ質問がある、その同じようなジャンルっていうのは異世界ものを指すのか?」


「君が言う通りさ。当時、異世界ものが溢れかえっていた。そしてこの’いせかいなろう’ が創造力の低下。というよりは創造力を消滅させた。」


「というと?」


「同じような時代設定、土地柄からくる社会制度のオンパレード。それを基盤に何か付け足しておけば独自性が確立されるってことさ。シャパンは加工貿易が得意とはよく言ったものだよ。ちなみに時代は中世。場所は光栄なことにヨーロッハさ。」


「何か含みがある言い方だな。確かに読んでみてやたらと知ってる町と似たような地名がついてると思ったよ。何か理由でもあるのか?」


「こちら側の人間が言うのもあれだけれど、まずは海外に対する憧れだろうね。今シャパンの著名人の大半は日本に住んでいない。それはこちらとしても嬉しいよ。あとは、、、君はアニメや漫画はあまり見なかったよね?」


「あぁ、ほとんど見たことがなかったよ。」


「漫画やアニメはキャラクターの差異を大きくしないといけないんだ。その本にも挿絵があるだろ?シャパンを含めオリエントの人々は民族的に黒髪が多いんだ。西洋を舞台にしておけば髪色の多少の派手さも理由づけされる。だからその利便性を考えての採用だと思う。時代については、あまりにも近代化させると主人公の知識が使えない。昔すぎると生活基盤のイメージがつかないのとせっかくの異世界観が壊れてしまう。僕の推察はこんなところだよ」


「一応理にはかなっているんだな」


「そしてもう一つの利便性。これらが一番の要因だが、創造の不必要性とご都合主義だ。」


「さっき時代背景が画一化された話はしていなかったか?」


「いや、これはさらに酷い問題なんだ。異世界ものでは魔法がよく使われていたんだ。でも考えてみてくれ。魔法は一体どういう理屈で動いているかなんて作り込める小説家は一握りしかいない。そこで、異世界という現実とは異なる法則があることを免罪符に設定を作らずに主人公を好きなように動かすことができる。しかしこれはまだましな方で、料理を題材にすると更にひどくなる。」


「それは分かったぞ。現実の料理を創作せずに済むからだ!」


「正解!!’外国人に食べてされてみた’の異世界人バージョンだ。それに舌が肥えてないという一応の理屈も通るからな。このジャンルも乱立を極めてたよ。」


「だがジャンル内の飽和は更なる問題を呼んだ。そしてこれが一番大きな問題さ。君は小説家にとって一番恐ろしいことは何だと思う?」


「うーん...その小説が酷評されることか?」


「あはは。それもたしかに辛いね。でももっと辛いことは誰にも読まれないことさ。じゃあ、出版社も何も援助がない個人の小説がどう対抗したか。何だと思う?当時の小説の表紙を見れば分かるけれど、笑ってしまうよ。...タイトルがあらすじになっているんだ。」


「...???」


何をいっているのかという僕の顔を見てレオンは笑いながら続ける


「君がそんな顔をするのも無理はないさ。本来タイトルというものは作品の顔で決して捨てるべきではない。君も奇抜なだけの異性とは付き合いたくないだろ?だが、独自性も弱く飽和したジャンルに突入するには武器を持たなければならない。それが邪道であったとしても。そうやって自滅の道を進んだ異世界ものは全てのリソースを消費し尽くし廃れていったんだ。」


「なるほど。’いせかいなろう’はまさに悪貨は良貨を駆逐するを体現しているということか。」


「まぁ、一概に悪いとも言えないとだけ付け加えておくよ。」



レオンとの会話は相変わらず素晴らしかったが、あいつがあんなにもアニメや漫画に詳しいとは。。。長い付き合いの弊害だな。何でも知っていると思ってしまう。




その後僕は勉強を再開し、日が落ちて風の心地良さを感じながら帰路に就いた。


いせかいなろう。何作も読み続けるとはレオンの奴も現実に満たされていないのか。少し可哀想に思えてくる。


...いや、実際僕もそうなのかもしれない。僕もレオンと同じようにこの世界に不満があるからこそあの長い話を聞けたのか。




一度現実世界へ戻ればクラクションの合唱。

人々の喧騒、悲鳴、人集り、フラッシュが紅を照らす。

やはり、この街は静まることを知らないらしい。


ふと、レオンが僕に言った最後の言葉を思い出す。







暴走した大型トラックに轢かれることが異世界への片道切符なんだ。







笑えるよレオン。全くそうらしいな。

———————————————————

第0話 end

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