第35話 杏も準備をしていたようです。
クラリスさんから御影さんの誕生日を聞いた日の夜。
「誕生日……か……」
ふと気付くと、杏は自分の部屋で呟いていた。
親を早くに亡くした杏は、自分の誕生日も知らないことに気付いた。
『御影さんの誕生日……』
あの時、私と目が合った御影さんはすごくかっこよかった。
みすぼらしい服を着た私は、表通りを歩くことが出来ない。
いつもの様に裏通りの隅っこで寝ていた。
「おい、こいついい体してねぇか?」
「こいつなら何してもバレねぇだろうしな」
「弱そうだし、いい声聞けるんじゃね? 」
近くで男の声が聞こえる。
『逃げなきゃ』
そう思った瞬間、腕を掴まれた。
「やめて!!」
「いいじゃん。俺らとちょっといいことしようよ」
「痛いことしないからさー」
「離しなさいよ! ねぇ! やめて!」
「取り込んでる所悪いが、その子を離してもらおうか」
一瞬何が起こったのかわからなかった。
今まで何度もこういうことはあったのに、声をかけてくれる人は初めてだった。
「あぁ? なんだテメェは?」
「叢雲御影、この名前に聞き覚えがあったら今すぐに去りなさい」
叢雲御影……?
最強賢者様……?
こんな若くてイケメンなお兄さんが?
御影さんは、いとも簡単に私の周りにいた三人を気絶させた。
「おい、君、大丈夫か? 立てるか?」
差し出されたその手が、すごく暖かくて安心した。
その手に引かれて表通りに出た。
御影さんは気付いているのか、やはり杏の格好のせいか、周りから視線を感じる。
「やっぱりここは私の歩く道じゃない……」
そう思った。
あの時、御影さんに助けてもらって私は今までにない幸せをもらっている。
表通りを歩くことすら出来なかった私が、屋敷からお店までの道を堂々と歩き、今は店長としてお店まで任せてもらっている。
御影さんには、生きる希望を頂いて、感謝の気持ちしかない。
『御影さんに恩返ししたい』
そう思った瞬間、杏はクラリスさんの部屋のドアをノックしていた。
三人ずつに分かれて準備をすること、私達が自由にシフトを組めるようにすること、を話し合うと
「私の方が嘘が得意だと思うので、御影さんには私から話しますね」
というのでクラリスさんにお任せした。
翌日、休みだったので、どんな感じで話を進めようかと考えていた。
メイド喫茶でも使えるような新しいメニューを作りたいと思い、手帳を開く。
誕生日の特別メニュー、御影さん専用メニューを考える。
バースデーケーキは定番なので今後もお店で使えるな、と考える。
イメージをサラサラと描いてみる。
御影さんが屋敷で喜んで食べているのはスープカレーだ。
でもスープカレーってどうしたら可愛くなるんだろう?
いつも食べていたスープカレーの絵を描いている途中で手を止めた。
「そうだ、感謝の気持ちをカクテルに込めるのはどうだろう」
あの時、手を引いてくれた暖かい手、御影さんの格好良さ、優しさ、感謝……。
フルート型のシャンパングラスに星型の氷を描く。
ストロベリーリキュールをベースにミルクで割る。
グレナデンシロップと、苺とオレンジと杏子で作った赤ワインのサングリアを少しだけ加えてちょっぴり大人の味。
ビターチョコとミルクチョコを丸く作ってコップの縁にさしたらなんとなく可愛くなった。
ストロベリーミルクがベースなので、苦いお酒が苦手な御影さんにぴったりだ。
「明日二人にスケッチを見せよう」
手帳をカバンにしまってから杏はベッドで意識を手放した。
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