第2話 ちびっことボルダー
「……何をしてるんですか」
「なんだろうな、本当に」
少女は手に持った透明の小さな試験管から、こちらに視線を向けた。じっとりとした視線には怒りと呆れと、その他もろもろ、少なくとも俺にとっては喜ばしくない感情が見て取れた。
俺は向かいの壁に座り込んだまま、背中を預けて空を見上げた。後頭部をごつりと当てる。
建物の隙間から見上げる空は相変わらず、馬鹿みたいに青い。
ごん、ごつ。
自嘲するように、頭を壁に弾ませる。目を閉じて吐いた深い息は澄んだ空気に溶けていった。
「捕まるのかな、俺」
「捕まるんじゃないですか」
他人事のような言葉に目を開ける。少女は試験管を持ち上げ、中に入った薄緑色の液体を日の光りに透かしていた。毒物だと疑っているのだろうか。その判断はきっと正しい。誘拐犯に渡された謎の薬を飲むくらいならその辺の泥水を飲んだほうがマシだろう。
……泥水もきついか。
だいたい他人事もクソも、彼女は正しく他人だ。知り合いの知り合いの、そのまた知り合いでもない。彼女の人生は俺の一生をかすめる予定すらなかった。彼女が命がけで魔物と戦っているときに俺は便所で腹痛と戦っているに違いない。それくらい住んでる世界が違う。
いや、腹痛を甘く見ている訳ではない。あれはあれで、人生を見つめなおそうとするくらいには強大な敵だ。残党まできっちり仕留めるまでは安心できない。
「……戻らないのか?」
「はい?」
少女はとぼけたような声を出す。
いくらか肩の力も抜けたようだ。それどころか表情から生気が感じられない。虚ろげな瞳にはどこか諦めの色すらも見える。
何だろうか。俺は何か、とてもまずいことをしてしまったのではないだろうか。
「さっきの、追いかけてきた奴ら。君も同じチームのボルダーなんだろう?」
「……ボルダーです」
少女は試験管から地面に目を落とした。
頬の擦り傷が生々しい。できれば早いうちに薬を使って欲しい。子供が怪我をしているのを見ているのも辛いし、それ以上に、彼女の暗い表情が酷く忌々しい。ちびっ子はちびっ子らしく水たまりでも見つけてきゃっきゃとはしゃいでいればいい。
「ボルダーだったら――――」
「ボルダーですよ。そうです、わたしはボルダーなんです。……そうなる、予定でした」
「予定?」
きゅぽん、と音を立てて彼女が蓋を外した。栓がもっと固いことを想像していたのか、バランスを崩し、わたわたと慌てる様子がいやに可愛らしかった。
なんだ、まさか使うのか。
「塗り薬だからな?」
「あ、え?」
試験管を口元に持っていく彼女を見て、俺は忠告した。
少女は半開きの口を閉じ、俺を睨みつけた。
「はやく言ってください」
「おう、すまん」
「もう」
俺が軽く説明すると、少女は無言でそれに従い、片手に液体を広げて馴染ませるように薄く伸ばしていった。躊躇無くべしゃっと頬に当て、まるで虫歯を痛がるような表情でそれを塗り込んでいった。
疑うということを知らないのか。
それとも疑うことに意味を見出せないほど気力を失っているのか。
どちらにしろ、薬を使ってもらえるのであればありがたい。
「あ……」
空気中のマナが彼女の傷口に混ざり合い、淡い光りを放つ。
小さな呟きと共に、彼女の指先がそこをなぞっていく。もう痛みはなくなっているはずだ。
「汚れまでは落ちないからな、ほら」
「はい?」
「水」
「わ、あっと」
俺が小型の水筒を差し出すと、彼女は慌てて試験管に栓をし、小さな手を合わせて器にした。俺はそれをじっくりと待ってから水を注いでいった。ある程度で見切りをつけて差し口をくっと上げると、彼女は顔から飛び込むようにして洗顔を始めた。
頬をくりくりと撫で回す姿は小動物のようだ。
しばらくして少女は顔をあげた。いくらかさっぱりしたような表情に、わずかに濡れた前髪の一部がおでこに張り付いていた。
「どうですか、落ちました?」
「落ちました」
「そうですか」
「……」
少女は確認を求めるように顔を上げる。俺は上っ面で返事をしてから、思わず黙り込んだ。
俺は少女の綺麗になった素顔とその辺の石ころを交互に見つめながら、仕方なく頭をかいた。誤魔化すよりなかった。この胃袋がぎゅっと引き絞られるような感覚は。できれば昼食が消化された後にして欲しかった。
意思こそ弱そうに見える瞳は、それでも大きく印象的で、肩にわずかに掛かるくらいのクセの強い髪は、手入れをすればかなり触り心地は良さそうだった。ピンと立った淡い茶色の耳に、その内側を覆うふわふわの真っ白な毛。それらを眺めながら俺は心の中で断言する。
これは極上の頭部である。
撫でる前から感触がわかる。俺に掛かれば。
「……いしょ、と」
少女はまた俺の試験管から薬液を手に広げ、ローブに隠れている腕や足に塗り始めた。どうやら擦り傷は一箇所ではないらしい。捲り上げられたローブに、膝を立てた彼女の素足が露わになっていく。
「……あの」
「うん?」
「わたしを誘拐するような人に言うのもなんですけど……、普通は視線を外すとか、しませんか?」
ぼーっと眺めていた俺は、彼女の指摘の意味がすぐにわからなかった。
「……しませんが」
「して下さい! するべきですっ!」
「なぜ」
「なぜ!? 乙女の素肌を覗こうとするなんて最低ですよ!」
「乙女? おとめおとめ」
俺はうわごとのように呟きながら左右を確認する。
残念ながら女性の姿はない。小石しか落ちてはいない。足の生えた石は存在するのだろうか。美脚の岩石が街中を走っていたらそれはそれで問題だが。
「ここ! です!」
ムンとした顔の少女が、ローブの上からばんばんと自分の膝を叩いた。
その短い手足で何を言い出すのだろうか。俺が抱えてきたのは少女ではなく岩石だったのだろうか。最近の岩石は自分を乙女だと思っているらしい。河原にでも投げ捨てればオスの岩が集まってくるのだろうか。
などとトボけるのも、そろそろ潮時かもしれない。
「ああ、乙女ね。そうね。わかるよ。そうだねオトメオトメ」
「うぐー!! ムカつきますっ! なんですかあ、その反応はあ!!」
「目を閉じてればいいんだろう? わかったよトメさん」
「トメさんて誰ですか!? 名前じゃありませんよっ!!」
「はいはい」
ギャーギャーと喚くおトメさんの言葉は無視して、俺は頭を壁に預け、目を閉じた。
本当にもう、まったくもうとぶつくさ言いながら、布を捲る音が聴こえる。
治療を再開したようだ。
* * *
「それで、ボルダーになる予定だったって?」
「……」
「言いたくないなら別にいいけど」
治療がまだ続いているのかもわからず、俺は目を閉じたまま話しかける。
日の光りに、暖かい色合いが目蓋の裏に広がる。じんわりと温まるような日向ぼっこに身を委ねながら、彼女の言葉を待った。
未だに自分を攫った相手の近くに居るというのは、どういう心境なのだろうか。
誘拐犯の俺をなぜか信用しているのか。信用してはいないけれど逃げられないと思っているのか。それとも元のパーティに戻るつもりがないのか。
はたまた、彼女の表情からして、その全てがくだらなくなってしまったのか。
「そのうち契約してくれるって、約束だったんです」
「……目ぇ開けてもいい?」
「ああ、どうぞ」
許しをもらって、俺は姿勢を起こす。
正面に座る彼女は拗ねたように目を伏せていた。
「約束って、あのおっさんが?」
「おっさんじゃありません。リーダーはすごいんです。たしか、れめんと? が、72もあるとかで……」
「たしか、って。レメントの意味わかってるのか?」
「よ、よくはわかってませんけど、とにかくすごいんです。周りの人もすごいって言っていました。だから、きっとすごい人なんです」
「お前なあ……」
俺は頭を抱えた。
レメントを知らないようじゃ、そもそもレフィンダーやボルダーが何なのかもわかっていないに違いない。俺は思いついたことを片っ端から訊ねることにした。
「協会にいったことは?」
「一回だけ、あります」
「あのおっさんとか」
「ち、違います。一人で、です」
「おっさんと、あの仲間と一緒に協会の支部に入ったことは?」
「ないです。外で待たされることがほとんどで……」
「……お前、エリアは?」
「え、えりあ?」
「魔物を倒したことはあるよな? クリスタルを見たことは?」
「ま、魔物を倒しているのはいつも見てました。でも、いっつも料理当番とかで……」
「見てた? 倒したことはないのか? 自分のクリスタルを手に入れたことは?」
「……たぶん、ないと思います」
「ちょっとまてお前」
想像以上の惨状に、俺はこめかみを押さえる。
これは、どう判断するべきだろうか。彼女のアホさ加減を批難するべきか、それともあのおっさんの悪どさを協会に報告して永久追放にして身包みを剥がしたのち、ケツの穴に芽を出したジャガイモでもぶち込んでやるべきか。
俺に出来るはずもない。そもそもボルダーでもなければ証拠もない。
ああ、そうか。と俺は気付く。
彼女が俺に運ばれている間、まったく暴れなかった理由が今わかった。
「じゃあなんだ。ボルダーってのが良くわかっていないけれど、周りからすごいと言われている男の仲間になれば自分もすごくなれると思って? いつかボルダーにしてやるって言葉を信じて、契約もせず、魔物も倒さず、クリスタルもレメントもベストも何もかもよくわからないまま、料理当番だけ必死にこなしてたって言うんだな?」
「う、うう……」
「はあ……」
なんて健気なアホだろうか。
涙目の少女を目の前に、俺は手のひらで額を覆った。虹の根元には宝物が埋まっているなどと吹き込んだら、その足で国境を跨ぎかねない。
しかしまあ、彼女がボルダーでないとするならば、人様のパーティに手を出したことにはならないはずだ。なら、俺はまだお日様の下を歩けるかもしれない。
「そ、そんなに責めなくたっていいじゃないですか! 同種なんですから! もっとこう、優しい言葉をかけるべきです!」
「お前はケットシー種なのか」
「だそうです!」
「だそうですってお前」
「協会でテキセーを調べたときにそう言われたので! 間違いないです! ほら仲間です、優しくしてください!」
彼女は胸元に両手をよせてギャンギャンと吠えた。
俺はそっと帽子を押さえてため息をついた。
「同種なら見えている落とし穴にハマるような奴にも優しくしろと?」
「そ、そうです!」
「俺が優しそうに見えるか? 優しく人を攫いそうか?」
「……なんとなく、助けようとしてくれたのは、わかっているつもりです」
「あー」
俺は視線を外して首の後ろをかいた。
彼女の中ではそんな認識なのか。
俺としてはあの店から逃げ出す際に思わず担いでしまった岩に実は足が生えていたくらいの感覚だった。とても助けたとは言えない。ただ、いますぐにあの瞬間をやり直したとして、そうすればカウンターの前に落ちている岩になど目もくれずにそそくさと立ち去ったかというと、何とも言えない。やはり所持品が増えている可能性は否定できない。
まあ、何回あの場面に出くわしたとしても、やはり彼女は岩などではなく少女だったに違いないのだろう。撫で心地のよさそうな岩など、いままでに出会ったことはない。
「あのおっさんは、君のパーティは、ギルドには入ってたか?」
「入ってたと思います」
「ギルドの名前は覚えてる?」
「はい」
「ならどっかの支部で合流はできるか……」
俺は腕を組んで首をかしげる。
最悪、元の形に戻すことはできるだろう。彼女があのパーティを抜けたいと言ったわけでもなく、いきなり見ず知らずの男の手荷物にされてしまっただけなのだ。「なんとか逃げてきました」だとか「よくわからないけれど野に放たれました」とでも言えば誤魔化しは効くだろう。誤魔化すも何も、誘拐は事実なのだから。
しかし、なあ。
「な、なんですか?」
「うーん」
俺は彼女のぽけっとした顔をじっくりと眺めてから、答えを求めるように空を見上げる。
そこに月はない。あるわけがない。世界が逆立ちでもしない限り、あのお日様が一瞬で沈むことはないだろう。
それでも俺は、そこに存在するはずもない銀色を探す。夜に浮かぶ静かな光を探して、視線を彷徨わせる。
ない。どこにもない。のん気に浮かぶ雲はぽかぽか陽気の中にぷかぷかしていて、ぴかぴかの太陽がぺかっと笑っている。頭がぱかぱかしそうだ。
「……ぱかぱかって何だよ」
「はい?」
「いや」と俺は首を振る。頭が開閉式になってはたまらない。
「それで、どうするつもりなんだ? いや、攫っておいてどうするもないか。俺も勢いでここまで連れてきちゃったけど、支部に行けばあいつらと合流は出来る。あれなら、送ってくぞ。最近の誘拐犯は送迎付きだからな」
俺は適当に両手を広げてみせる。
おどけては見たものの、少女はぐっと唇を噛んで俯いてしまう。
「……どうすればいいんですかね、わたし」
幼げな声が不安定に揺れる。
彼女自身、あのパーティに居ることが正解だとは思っていないのかもしれない。
「なんであの男に付いて行きたいと思ったんだ?」
「すごい人、だからです」
「すごい人に付いていって、どうしたかったんだ?」
「……強く、なりたかったんです」
「どうして?」
「……」
しばらく黙り込んだ後、彼女は酷くか細い声で「強くなりたかったんです」と繰り返した。
彼女なりの、事情があるのだろう。
俺は鼻から盛大に息を吐く。
「……方法ならある」
「方法、です?」
俺の言葉に彼女が顔を上げた。
その切なそうな瞳から逃げるように、今度は俺が視線を逸らす。
「いま戻っても、たぶん同じようなことになる。あの男達に何を言っても、願っても、何も変わらない。料理当番からは逃げられないだろう」
「料理は、そんなに嫌いじゃないです」
「そこじゃねえよ」
思わず少女を見ると、予想外に真剣な面持ちがこちらに向けられていて、俺は面食らう。
これでも真面目に聞いているつもりらしい。
「……なんで強くなりたいかは知らないけど、ボルダー志望なんだろう? そもそもボルダーってのはレフィンダーよりも戦闘じゃ圧倒的に強い。君はあのリーダーの男よりも強いんだ」
「え? そ、そんなはずは」
「強いんだよ。もし同じ数だけ魔物を倒していたら、間違いなく君の方が強い。断言する。適正を協会で確認したって言ってたよな。その上でボルダーになりたいと思ったんだろう?」
少女は自信がなさそうに頷いた。
「なら、間違いなく君の方が強い。だったらあの男よりも強くなってから戻ればいい。文句を言わせないくらいに、いっそボルダーの二人も抜き去ってから、堂々とあのパーティに戻ればいい。そうしたら誰も文句は言わない。言えない。君はあのパーティで、なくてはならない存在になる」
彼女の瞳に、わずかに光りが灯った。
身を乗り出しそうな姿勢は、捨て切れなかった希望がそうさせるのだろうか。
ならば、彼女はまだ死んでいない。
「で、でも」と彼女がうろたえる。「どうしたら強くなれるのかも、わからないです。あの人たちが魔物と戦っているところは見ていましたけど、けど。わたしが一人で戦えるとは、思いません」
「俺が教える」
「え?」
「俺がレフィンダーをしてやる」
建物のすきま風が強く吹きぬけた。
俺は帽子を押さえ、彼女は片目を閉じたけれど。
その目だけは、しっかりとこちらを見つめていた。
「……そんなに嫌そうな顔で、何を言ってるんですか?」
彼女が疑わしげに眉を寄せた。俺はその言葉に息を飲んだ。
「俺は、嫌そうな顔をしてるか?」
「とても嫌そうです。死んでも嫌って感じです」
「そんなに?」
「ジンメンタケってキノコあるじゃないですか」
「あるな」
「あれを踏み潰したときみたいな顔してます」
「想像もつかない」
「ちょっと普通の顔してくださいよ」
「普通? ちょっと待てよ…………、ほら、どうだ?」
「すいません、元からでした」
「お前」
俺が目いっぱい睨みつけると、彼女は「乙女を馬鹿にしたのがいけないんです」と澄まして見せた。どうやらそんな表情もできるらしい。なるほど新しい発見だ。発見ついでに、こいつにもとっておきの薬瓶を投げつけたくなってきた。
「なんで、ですか?」
「ああ?」
「なんで、そこまでしてくれるんです? 助けようとしてくれるんですか?」
「……なんでだろうな」
「もしかして、わたしが可愛いからです?」
彼女の真顔が視界のなかで静止しているのは、時間の流れが止まっているからではなかった。
聞き間違いや空耳の類ではおそらくなかった。
なぜなら彼女の表情が真剣そのものだったからだ。
「もう一回言ってみろ。なんだって?」
「えと、わたしが可愛いから、です?」
「もう一回」
「い、いえ、あの、わたしがですね、その……」
聞き返されたことで自分の発言の大胆さに気付いたのか、少女は少し俯いて答えを濁した。
確かに、目が死んでいた割には、乙女発言には過敏に反応していた。どうやら自分の容姿にだけはある程度の自信があるのかもしれない。
そうか、そうか。
「悪い、よく聴こえなかったんだ。わたしが、なんだって?」
「だ、だからですね、その」
「うん」
「わたしがその、その、ですね、か、……いから、ですか?」
「とても良く聴こえなかった。もう一度」
「どっ、同種、同種! です!」
少女は顔を真っ赤にして頭上の耳をぴこぴことアピールしてみせる。
だからなんだ。
「同種だからどうした」
「優しさ! 優しさを要求します!」
「却下しまーす。もう一度お願いしまーす」
「ううあ、うう」
少女はぎゅうと目を閉じて、あわあわと口を開いた。
「わ、わたしが! か、か、あ、可愛いから! 助けてくれたんですかあっ!?」
「全然違いまーす」
「最低ですうっ!!」
ついには両手で顔を覆ってしまい、少女は思いつく限りの罵詈雑言を口にする。
俺は鼻をほじるくらいの気持ちで耳を傾ける。むしろ顔とはここまで変色できるものなのかと感心してしまう。まるで調合のときの反応色のように鮮やかだ。
「最悪なひとです! 最低ですっ!」
「なんとでも言え」
「きちくのしょぎょーです!!」
「おーおー」
「ひなたに咲いているお花をひかげに植え替えるような人ですっ!」
「身に覚えがねえよ」
わーわーぎゃーぎゃーと喚き続ける少女に俺は顔をしかめる。俺はまだしも、あのプライドが高そうな奴らを前にしても同じような態度を取っていたのだろうか。
しばらくは同行していたように聞こえた。だとしたらパーティの中では大人しくしていたのかもしれない。こんな調子であんな危ないのと接していたら初日で青たんができる。
「うー……」
批難がましい呻き声。
うつむき加減の上目遣いは、威嚇のつもりにしては幼い顔立ちのせいでほわほわしている。真っ赤なほっぺと涙目も手伝って、とても攻撃的な表情には見えない。おそらくそれは意中の男をオトすときに使うべき顔だろう。
俺からすると、彼女の容姿が正確に評価しづらいというだけの話であって、別に可愛くないなどとは思っていない。それを理由に助けたと思われたくないだけだ。
「……それで、どうする」
「なんですか」
俺が仕方なしに先を促すと、彼女は徹底抗戦の構えを見せる。
裁判でも起こす気だろうか。
「いや、どうするのかなって」
「……謝ってください」
「なに?」
「女の子が恥をかかされました。男の子は謝ってください」
拗ねたような涙声でそう言って、彼女は鼻をすんと鳴らした。
可愛いなどと言い出したのは自分ではなかったか。
「ちゃんと謝って、謝ったら、せっかくなので、わたしに可愛いって言って、その上で地面に頭をつけて、『俺をレフィンダーにさせてください』って、お願いしてください。そしたらいいです」
「…………八割引きくらいで、妥協しないか?」
「します」
「するのかよ」
俺が力なく笑うと、彼女は余力をすべて使い果たしたかのようにがっくりとうな垂れた。ツンと飛び出した幼げな口元には、もう冗談を言う力も残ってなさそうだ。
「俺が悪かった。ごめん」
疑わしげな瞳がこちらを見上げる。
「はんせー、してます?」
「反省してる」
「ほんとう、です?」
「本当」
「ちゃんとひなたに、お花、かえしてくださいね?」
「それは身に覚えがねえっつってんだろう!?」
俺が思わず笑いながら言うと、彼女もそっと頬を緩めた。
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