1LDK

ツナ缶大好き

第1話

私の名前はA、大学に通う一般的な学生だ。

実家から大学が離れているため一人暮らしを強いられた私は親のありがたみを噛みしめながら日常を送っていた。

今日も今日とて学校だ。私は重い腰を上げ軋むベッドから離れる。朝食を食べ、身支度を済まし玄関へと歩を進めた。

 そこでふと靴の隣に黒い装飾が見えた。天井のペンキが剥がれたのだろうか、寝起きのぼやけた頭で歩を進め、靴の前に立った。そして私は黒いなにかの正体を知ってしまった。頭から延びる二つの触覚、鏡合わせでできたようにそろったフォルム、絵の具の飛び散りでは決して再現できない規則的な足の並び、これはまさしく奴だ、生物界人気ランキングワースト1といわれてもおかしくない黒い奴だ。私は頭で理解した途端、瞬時に身を引いた。

奴には気づかれていないようで、緊張で強張った体が少し緩む。

「さてどうしたものか」

Aの言葉は自分の耳にしか届かなかった。

このまま奴に玄関を占領されていると学校にはたどり着けない。いつも通りであればこの時間に家を出て学校につくのは始業30分前といったところか。

 今日ばかりは教室の最善席には座れないとAは悲観した。しかし、これによって奴へ対処する時間ができた。

まず90度視線を左に移す。そこには据え付けられた台所がある。台所の棚を見渡し奴への対処アイテムを探る。ここでAはあるものを見つけた。その名はキッチンラップ。これを使えば奴を倒したときの玄関への被害を最小限に抑えられるだろう。しかしこれだけでは使い物にならない。奴へ下手に刺激を与えると別の場所に逃げられてしまう可能性がある。射程外から必殺の一撃を打たねば。

 次にユニットバスを探る。ここではトイレと風呂が一つの箇所に集まっている。そこでAはスッポンを見つけた。スッポンの形状は棒の先に茶碗状のゴムがついている。

 「そうだ、これとキッチンラップを使えば!」

勝利への方程式を導き出したAはすぐさま作戦決行への準備にかかる。

 5分ほどしてスッポンの先にラップが取り付けられた奴を倒す武器が完成した。勝負は一瞬できまる。Aは玄関へと足を運んだ。

 奴はまるで自分の家かのように玄関でくつろいでいる。Aは呼吸を整えると少しずつ距離を詰め始めた。すり足で近づくA、まだ脅威に気づいていない奴。スッポンの間合いにまで来るとAはゆっくりと得物を構え狙いを定める。そして勢いに任せてスッポンを突き出した。刹那、奴は生の本能が呼び覚まされたのか、それとも初めから気づいていたのか寸前のところでこちらに反応を示し、得物を避けた。しかもそれだけではない奴は得物避けながら格納された羽を広げた。奴はAの目の前で大きくなっていく、否、これはこちらに近づいてきているのだ。まさかのカウンターに反応が遅れ奴はAの顔面に衝突した。

 「おわあああああああああああくぁw背drftgyh!!!!」

叫び声が1LDK に広がる。

もちろんAにとっては消しゴムのカスがぶつかったくらいの痛みしかないだろう。しかしあの禍々しい見た目が体に触れたのだ。しかも顔にだ!Aの精神汚染は計り知れないものになっていた。

数分ほど叫び続け、隣から壁を叩かれる。Aは音を止めた。ふらつきながらもリビングに戻りAは深呼吸をした、机の上にあったペットボトルを手に取り、口につける。少しずつ気を取り戻した。

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