第34話 降下~堕天1
未来は本国に帰り、自衛官になった。国王関連のニュースに気を配っていると、やはり、今までの外交のやり方では立ち行かなくなっているので、何とかしなければという有識者の意見が時々出ていた。一度は廃止された国王制だが、一部右翼政党などが国王制の継続を訴えており、次の国政選挙ではその点が争点となった。王制を廃止したままでいいのか、継続させるのか。そして、廃止を標榜する与党が選挙戦を圧倒し、国王制は名実ともに廃止された。クーデターを起こした王家をそのまま存続させる事は、やはり世の中には受け入れがたく、今までは王家を指示していた多くの国民も、廃止はやむを得ないと判断したようだった。
尊人の身柄は、宮殿から別の場所に移したと発表され、その場所は非公表だった。未来は、これをもって安堵し、イギリスにいる尊人や健斗にも伝えたのだった。国は、尊人を探していないと確信したし、このままうやむやにするつもりなのだろうと推測した。
未来は自衛隊の仕事をそつなくこなし、試験を受けては出世を繰り返し、短期間でだいぶ上まで上り詰めた。帰国して半年余りが経ったある日、未来は上官から呼び出された。いつもは入れないような上層部の部屋に連れていかれると、そこには首相が待っていた。
「やあ、山縣未来くんだね。久しぶりだねえ。」
クーデターを起こした張本人でもある未来は、流石に気まずさを感じた。首相と対面するのは、あのクーデター以来である。未来は何も言わずに一礼した。ここは、自衛官なのだから敬礼をするべきだったかもしれないが、多少気が動転していたようだ。
「ずいぶん派手に出世しているそうじゃないか。私の耳にも入ってくるというものだよ、君。」
「はっ。」
未来は返事をしてみたものの、お礼を言うべきか、お詫びを言うべきか、やはり分からずに黙ってしまった。
「君が・・・いや、君たちが尊人様をかくまっている事は分かっているんだよ。」
首相は、ここには首相の取り巻きしかいないにも関わらず、声を潜めて言った。未来は身構えた。
「最初は君がかくまって、今度は渋谷健斗君がかくまっているんだよね。君たちが交代でかくまっているというのは、容易に想像がつくというものだよ。一体どこにいるんだい、尊人さまは?海外には出られるはずもないしね、国内にいるとしたら、国民に見つかってしまうよね。そうすると、我々が困る事になるんだよね、分かるかな?」
未来は、やっと読めたと思った。尊人にはいなくなってもらって構わないが、どこかで自由にしている事が発見されると困るわけだ。それなら、外国にいるから大丈夫だと伝えるべきなのか?いや、危険だ。どこにいようとも、自由にされては困るから、捕まえるか、もしくは・・・未来は身震いした。密かに亡き者にするつもりではないのか。だとしたら、決して居場所を知られてはならないではないか。だが、自分の通信記録などですぐにわかるはずだ。
「尊人様の居場所は、私には分かりません。渋谷健斗とは連絡を取っていますが、尊人様とは連絡の取りようがありません。」
「渋谷君は、今どこにいるのかね?」
「それは、ご存じではないのですか?調べればすぐにわかるでしょうに。」
未来は、慎重に、自分から言わないように気を付けて、言葉を紡いだ。
「調べれば、か。けれど、渡航記録や通信記録を調べるには、容疑がいるんだよね。尊人様はこちらが捕縛している事になっているからね、尊人様誘拐容疑はかけられないしね。」
意外と律儀なものなのか、と未来は感心した。国家元首ともなれば、簡単に個人の事を調べられるだろうと思っていたのだ。けれども、警察を動かすには容疑が必要だし、警察を使わなければ、プライバシーの侵害になるような事は、首相でも容易には出来ないようだ。
「君が先日海外から帰国したって事は聞いているんだよ。渋谷君も海外へ引っ越すという情報があったと。けれど・・・。どうやって尊人様を海外へ連れ出したのか、私にはそれがわからない。船でも漕いで海を渡ったのか?まさか飛行機を飛ばしたなんて言わないだろうね。不審な飛行機が飛び立てば、すぐにレーダーに引っかかるしね。」
未来はおかしくなった。とても簡単なのに。あんな強力な協力者がいた、なんて事はなかなか思いつかないか。それなら、やはり尊人は国内にいると思わせて置いた方がいいのかもしれない。けれど、いつ麗良に注意が向くか分からない。麗良の事を調べられたら、すぐにいろいろ分かってしまうだろう。まあ、警察の手を借りなくても調べられるのかどうか、良く分からないけれど。
「尊人様がどこにいるにせよ、もうクーデターを起こす事もないと思いますよ。」
未来が言うと、首相は意外だというように眉を上げた。
「どうしてそう思うのかね?本人が言っているのかな?」
「尊人様は、この国の国王制を廃止することが目的でクーデターを起こしました。国王制が廃止された今、もう目的は達成されたわけですから。」
未来が言うと、
「そうか。そうだな。まあ、いいか。私の任期もそのうち終える。」
最後はよく意味が分からなかったが、首相は納得したようで、ちょっと手を挙げて挨拶をし、部屋を出て行った。未来は今度は敬礼をして送り出した。出世スピードで目立ったために、ちょっと気になって様子を見に来たのかもしれない、と未来は思った。自分が、何か野心を持っているのでは、と勘ぐったのかもしれない。少し野心はあるものの、首相に迷惑をかけるような事を目論んでいるわけではない。未来はふうっと息を吐き、それから部屋を後にしたのだった。
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