第35話 降下~堕天2
健斗は、尊人の寝室に入って来た。ベッドに腰かけていた尊人は、少しずれて健斗の座る場所を作った。健斗は未来の仕事を引き継ぎ、忍者教室で忍術を教えていた。未来よりも向いているかもしれない。健斗は面白いキャラクターでありながら、身体能力は抜群で、生徒たちの心を掴むのが非常に上手いのだった。そうして、教えるのと鍛えるのとを毎日の日課にしていた。今日もレッスンの後にトレーニングをし、疲れた体をお風呂で癒し、今、尊人のベッドに座ったのである。
「健斗、今日もお疲れ様。」
尊人が微笑んで言うと、健斗も微笑んで、尊人の頭に手を当てた。そして、その手を肩に滑らせ、ぎゅっと抱き寄せる。尊人は健斗の肩に寄りかかった。そうしてしばらく二人は黙って座っていた。
ここで、健斗が行ってしまうのが常だった。健斗はいつものように、お休みと言って立ち上がろうとした。だが今日は、尊人がそれを引き留めた。健斗のパジャマの裾を引っ張ったのだ。健斗は黙って立ち上がるのをやめ、尊人の顔を見た。尊人は上目づかいでちらっと健斗の顔を見たが、うつむいてしまう。
「ん?どうした?」
そう言いながら、健斗はにやけるのを我慢するのがやっとだった。少し尊人の方を向いて座り直し、両手で尊人を抱きしめる。背中に回した手にちょっと力を込めてぎゅっとすると、尊人は健斗のパジャマをほんの少し握った。
「今日はいいんだね?」
健斗はそう言うと、体を一旦離し、そっと口づけた。あの日の言葉通り、尊人は毎日はキスをさせてくれない。拒否されるとショックなので、尊人が合図を送らない限り、健斗はキスしようとはしないようにしていた。最初は本当に1週間に1度くらいだったので、寂しいとは思っていたが、何しろ何年もできずにいたのだから、1週間くらいは待てるぞと自分に言い聞かせ、我慢していた。だが、だんだんとキスも大胆になっていき、一度のキスが長くなり、回数も3日に1回くらいに増えていた。
ひとしきりキスをして、部屋を出ようとする健斗を、またもや尊人が引き留めた。
「俺だって、この先がある事くらい・・・知っている。」
尊人がそう言ったので、健斗は驚いて目を見開いた。尊人が、パジャマのボタンを外し始めた。健斗は焦った。ベッドから飛びのいて、そして、ひざまずいた。
「待て、ダメだ。」
尊人の足元にひざまずき、健斗はそう言った。尊人は手を止め、じっと健斗を見た。
「どうしてだよ?」
尊人がやっと言葉を発すると、健斗は下を向いたまま、
「俺が、穢す事はできない。その、神聖な体を、俺なんかが。」
健斗は、今までずっと尊人に対して不遜な態度をとってきた。もちろん、普通の友達として扱ってきたという意味でだ。周りの人が尊人をプリンス扱いしていても、健斗はいつでも普通で、突っ込みを入れて小突く事もあれば、人前であっても敬語を使った試しがない。だから、尊人は、まさか健斗からこんな言葉を聞くとは思っていなかった。一方で、健斗はずっと悩んでいた。尊人と実際に出会うまで、国王は神の子孫だと教わって育ってきたのだ。今はもう国王ではないにしても、神の末裔である事はどうしても否定できない。だが、このままずっと手を出さずに一緒に暮らしていく事が、果たしてできるのかどうか、自分自身分からずにいた。だから今、現実にその選択を迫られるような瞬間が来て、慌てたのである。
尊人は、じっと健斗を見つめていたが、やがて言った。
「俺は言ったはずだ。俺は、人間になりたい。人形でも、神でもなく、人間に。」
健斗はハッと顔を上げた。そうだった。尊人はずっと言っていた。人間になりたい、と。もし、かつて神だったとしても、人間になりたいのだ。操り人形やお飾り人形ではなくなった今、健斗が神だと思わなくなって、人間扱いすれば、尊人は本当に望みを叶える事ができるのだ。
健斗は立ち上がり、座っている尊人を抱きしめ、頭を撫でながら言った。
「ごめん、俺、お前を人間扱いしていなかったんだな。お前の望みだったのに。それを、俺が叶えてやらなくて、どうするんだよなあ。」
少し涙声になっている。
「健斗。」
尊人が名を呼ぶ。
「俺に、お前をくれるって言うのか?後悔しないか?」
健斗が尊人に問うと、
「しないよ。俺にはお前しかいない。他には何もいらないんだ。」
尊人がそう答えた。
そうして、めくるめく夜は始まった。尊人が、人間に降下した瞬間だった。
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