第21話 誘拐~宣言4
晩餐会の予定も、次の国への渡航も、あれもこれもキャンセルになり、宮内庁職員は大わらわだった。あの動画を見た後、大使館では天地がひっくり返るような大騒ぎになったが、国から同行してきた宮内庁職員、近衛兵たちは、さほど驚かなかった。尊人が国王を辞めたがっている事はよく分かっていた。あの誕生日会見もあったし、普段から、国王の仕事を愉しんでいない事は承知していた。何か言おうとすれば、政府から止められる事も多い。それは政治案件ですから、と遠回しに言われて口をつぐむ尊人を、いつも見て来たのだ。若くて優秀な尊人には、お人形のような仕事では満足いくはずがない。見ていれば、誰もが思う事だった。
「どうしたらいいのだ。身代金を払う必要はないという事なのか?いやいや、たとえ国王でなくとも、国民を見捨てるわけには行かないのだから、身代金は用意すべきなのか?いやいや、テロに屈してはいけない。要求を呑むわけには行かないのだ。だから、つまり、身代金は、ああ、どうしたら。」
大使はうろうろ歩き回っていたが、頭を抱えて座り込んだ。
「大使、落ち着いてください。政府の方で結論は出すでしょうから。」
部下に諭されて、差し出されたコーヒーを一口飲んだ。
「宮内庁の方はキャンセルのオンパレードで大変そうだな。しかし、よりによって国王が誘拐されるなどと。前代未聞だ。ああ。」
大使はまた頭を抱えた。
バン!とドアが開いて、猟銃を持った男が3人ほど入って来た。尊人は顔を上げた。男たちは尊人を椅子ごと運び、動画を配信した部屋へ戻った。先ほどと同じ位置に座らせ、覆面をしたリーダーが動画の録画ボタンを押した。
「よく聞け!こいつは国王ではなくなったかもしれないが、それでもお前たちの国の国民だろう。これから大使館に電話をかける。こちらの要求に対する答え次第では、こいつを撃つ!」
リーダーはそう言うと、部下に合図をした。覆面をした部下が猟銃を構え、尊人に銃口を向けた。リーダーはスマートフォンを操作し、大使館に電話をかけた。
「大使、LIVEを見ているか?このミスター尊人は、お前の返事次第では命を落とす事になる。さあ、身代金を払う気はあるんだろうな?仲間の解放も、政府に要請してくれたんだろうな?どうなんだ?」
電話口で、大使は大きく目を見開いた。その目は、ライブ配信されている映像を見ていた。尊人が銃を向けられている。尊人は、銃を構えている男の顔を静かに見ていた。ああ、なんと気品あふれるお方だ、と大使は思った。国王でなくなったとしても、高貴な御仁であることは確かだ。このお方を見捨てるなんて、とてもできない。大使はとっさに判断した。国の政府からは何の返答も得られていなかった。
「身代金は用意する。この国の政府にも働きかけている。だから、そのお方の命は奪わないでくれ。国王であってもなくても、大事なお人だ。手荒な真似は辞めてもらいたい。」
リーダーはにやりとした。そして、部下に合図をし、部下は尊人に向けていた銃を下ろし、下がった。
「それなら良い。1日待ってやる。明日の朝9時に、また連絡する。その時までに身代金を用意しておけ。用意できなければ、そこでこいつの命は終わる。以上だ。」
そして、ライブ配信は途切れた。尊人は椅子から解放され、また狭い部屋に入れられた。そして、硬いパンとスープが運ばれた。テーブルも椅子もない。薄暗い部屋。衝立の陰にトイレだけがある独房だ。
しかし、尊人は高いところに小さな窓がある事に気づいた。そこから月が見えたからだ。じっと月を見上げる。
「未来、健斗、今ごろ心配しているだろうな。必死に探してくれているのかな。」
小さく呟いた。
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