第4話 事故~急転直下
留学から帰ってきたのが9月で、それからひと月ほど経った10月下旬、尊人の公務中に、同行していた宮内庁の職員の電話が着信した。
「な、なに?どういうことだ!え?何だと!」
穏やかな空気が流れていた場所に、突如大声が響いた。
「何かあったのですか?」
尊人が聞くと、電話を切った職員は、青ざめた顔を尊人に向けた。
「大変です。国王ご夫妻と則人様ご夫妻の乗られていた車が、事故に遭われたそうです。今、救急病院に搬送されたそうなので、我々はそちらに向かいましょう。」
尊人は、目の前が真っ暗になった。
「大丈夫か?」
健斗が尊人の肩を抱いた。いつもなら藤堂が𠮟りつけるところだが、今はそれどころではない。おそらく尊人が倒れそうなのを、健斗はいち早く察知した、藤堂はそう理解した。
「健斗、どうしよう。どうしたら。」
尊人は健斗の胸におでこを付けた。健斗は尊人の頭を優しく撫でた。
「とにかく病院へ行こう。落ち着くんだ。大丈夫、俺が付いてるだろ。」
「うん。」
健斗は尊人の肩を抱いたまま、職員の行く方へ促した。
「欧米はスキンシップが我が国とは違うのだろうが・・・。」
藤堂が後ろでぼそっとつぶやいたのを、未来は聞こえないふりをした。
病院に到着すると、首相や官房長官も既に来ていた。そして、国王の娘、瑠璃子も来ており、集中治療室のガラス窓に張り付いていた。
「瑠璃子ちゃん!」
尊人は瑠璃子に駆け寄った。
「尊人さん!尊人さん、どうしましょう、私。」
瑠璃子の手は震えていた。尊人はその手をそっと両手で包んだ。
瑠璃子は26歳。国王の一人娘だ。国王は、弟の則人よりも結婚が遅く、王妃弘子と結婚してからもなかなか子宝に恵まれず、瑠璃子はやっとできた実子だった。皇太子だった当時、弟の所にも女の子しかおらず、瑠璃子も女の子だったため、国民の間にはいよいよ女王を認めるべきか、という議論が起こった。だが、その後尊人が生まれたため、その議論は一度は立ち消えになった。それでも、国王が瑠璃子の父に代替わりした時から、やはり次の次も見据えた議論をすべき、という世論が高まり、とうとう法律が変わったのだった。次の王は則人だが、今後は国王の子がたとえ女でも次の国王になることになる。
医師団が出てきて、首相と話し始めた。医師が首を振っている。尊人は瑠璃子の手を離し、首相のところへ詰め寄った。
「どうなのです、父は、叔父上は!」
「尊人様・・・お二人とも、息を引き取られました。お気の毒です。」
首相は下を向いてそう言った。尊人は肩で息をした。そして、瑠璃子を振り返った。
「どちらが先に?」
尊人が首相の方へ向き直り、小声でそう言うと首相は、
「はっきり致しませんが、おそらく則人様が先に・・・。」
首相がそう言うと、
「尊人さん・・・。」
いつの間にかすぐそばに瑠璃子が立っていた。尊人は瑠璃子をじっと見た。瑠璃子は震える瞳で尊人を見た。
「私は・・・私には無理です。」
瑠璃子は小さい声でそう言い、下を向いた。涙が一筋頬を伝う。
尊人と瑠璃子は、小さい頃にはよく遊んだ仲で、今でも尊人は瑠璃子ちゃんと呼ぶ。瑠璃子は引っ込み思案で、初めての女王になど、とてもなれそうになかった。前にも、国王になんかなりたくない、私にはなれない、と瑠璃子は尊人に漏らしていたのだった。
「首相。」
尊人は、おもむろに首相に話しかけた。
「国王陛下は、我が父よりも先に亡くなりました。」
尊人は、ゆっくりと、噛んで含めるようにそう言った。首相ははっと顔を上げた。
「私が次の国王になります。首相、父上よりも、国王が先に息を引き取られた、それでいいですね?」
尊人は睨むように首相を見据えた。
「尊人様・・・。」
首相は少しの間、尊人の顔を見つめたまま考えていたが、やがて
「分かりました。」
と力強く頷いた。そして医師団へ、更に周りの職員へと指示を出し始めた。
「尊人、お前は国王になりたいのか?」
健斗が小さい声で耳打ちすると、
「この国に、もはや国王は要らないのだ。俺が国王になって、そして、王室制度を終わらせる。」
尊人が小声で、しかし力強く言った。健斗と、近くにいた未来は、口をぽかんと開けて、お互いに顔を見合わせた。
「首相、これは純粋な事故なのですか?テロの可能性はないのですか?」
事故は、リムジン2台に乗って隊列を組んで走っていた一行に、大型トレーラーが衝突したというものだった。公用車は旗を立て、白バイなどで先導していた。そこに車が突っ込んでくるなど、普通はあり得ない。なので、尊人は首相に尋ねたのだ。
「早急に調べます。尊人様、瑠璃子様も、どうぞお気を付けください。SPの諸君、いつも以上に気を引き締めて任務に当たってください。」
首相がSP達に向かってそう言い、SP達は胸にこぶしを当てて、「はっ!」と言った。
「母上は?母はどうなのです?」
尊人は医師団の方へ駆け寄った。
「君子様は一命をとりとめ、先ほどICUから病室へお移りになりました。」
尊人は、その病室へ急いだ。
「母上様!」
尊人は横たわる君子の元へ駆けつけた。
「尊人さん、大丈夫ですよ。私はちゃんと生きています。」
君子はいつものように穏やかに、けれども弱々しく言った。尊人は君子の手を握った。
「母上様、父上様が、父上様と叔父上様が・・・。」
尊人は、耐えきれなくなって涙を流し、母の手に目を擦り付けた。
「そう・・・ですか。あなたには苦労をかけますね、尊人さん。」
君子はそう言って、顔を横に向けて尊人を見た。その目には光るものが見える。
「母上様、私は、国王になります。瑠璃子ちゃんに重荷を背負わす事はできません。」
尊人がそう言うと、君子は少し目を見開いた。
「しっかりおやりなさい、尊人さん。いえ、陛下。」
尊人ははっとした。これからは、「目上の人」がいなくなる。誰もが自分を「陛下」と呼ぶことになるのだ。突然、思っていたよりも重たいものが降りかかってきたように感じた。
「そうだ、伯母上様は?」
尊人は一緒に病室にやってきた藤堂を振り返った。
「弘子様もお命を取り留めました。先ほど病室に移られて、瑠璃子様とお会いになっております。」
藤堂が静かに言った。
「そうか。良かった。瑠璃子ちゃんが独りにならなくて、本当に良かった。」
尊人はまた涙を流した。けれども、これ以上母に寄り添っているわけにはいかなかった。これから、やらなければならない事がたくさんある。
「藤堂、行こう。即位の準備だ。」
「はい。」
SPを引き連れて、尊人は病院を後にした。これから、闘いが始まる。王室を終わらせる、それは自分の役目だ、とずっと思ってきた。これから、本当に始まるのだ。
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