第5話 即位~激震1

 国王と王嗣の逝去が報じられ、国中が喪に服した。1か月間、娯楽などが自粛され、テレビ局のアナウンサーは黒いネクタイで現れた。事故の原因は、トレーラーの運転手の、突然の病死であった。運転手には実は持病があり、意識を突然失ってしまって起こした事故だった。テロではなかった。

 一般の葬儀にあたる大喪の礼、葬場殿の儀が滞りなく執り行われた。瑠璃子と弘子は宮殿を明け渡すため、別の御所へ移り住んだ。宮殿の中はリフォームされ、尊人や君子、その他大勢の近衛兵、宮内庁職員が入居した。

 そして逝去後1か月が経ち、尊人の即位の礼が行われる事になった。今までの自粛ムードから一変、今度はお祝いムードが漂い始める。即位の礼では、三種の神器である勾玉、剣、鏡を受け継ぎ、宮殿の外へ出て、国民の前で即位を宣言する。この日の為にリハーサルを行い、念入りに用意がなされた。

そして11月の下旬、すっきり晴れた朝である。

「尊人様、お似合いです。」

首相が出迎えて、そう言うとともにひざまずいた。尊人は今、萌黄色の民族衣装を身に纏い、同じ色の烏帽子をつけていた。健斗と未来は着物の裾を持って後ろに控えていた。彼らは黒子のようになっていた。警備をする都合上、民族衣装などを着ているわけにもいかず、けれども近衛兵の恰好をしていたのでは場の雰囲気にそぐわない。そこで、近衛兵の制服の上に、黒くて薄い仮装束を羽織り、頭には黒い烏帽子を付けていた。

 尊人と未来と健斗は、広場に敷かれた赤い絨毯の上を、宮内庁の職員に先導されて歩いて行った。雅楽が演奏される。1万人もの国民が見守る中、テレビ中継もなされ、厳かにその儀式は始まった。大勢集まっているにも関わらず、とても静かだった。

 国民に一番近いところに儀式台が置かれ、尊人がそこへ上がる。首相と宮内庁の職員がそれぞれ神器を持ち、尊人に授けるというのが即位の礼だ。尊人が台へ上がった。国民の方を向く。国民は息をのみ、その姿に見入った。健斗と未来は足元にひざまずいた。首相らが、三種の神器を持って歩いてきた。そして、尊人の前に差し掛かったとき、

「カン!」

「カン!」

と、金属音が2回響いた。健斗は立ち上がって尊人に覆いかぶさった。首相のSPが大勢なだれ込んできて、首相に覆いかぶさる。その場は騒然となった。尊人のSPたちも駆けつけ、盾を持った警官隊が尊人たちを囲んだ。

「あ!健斗!健斗が!」

尊人が叫んだ。健斗の脇腹から血が流れていたのだ。

「大丈夫だ。取り乱すな。」

健斗が顔を歪めながら、かすれた声で言った。

「黙っていろ。後は俺に任せろ!」

未来はそう言って、尊人を連れ、宮殿の入口へと向かった。他のSPたちも共についてきた。

「未来!健斗が、健斗を置いて行けない!」

尊人が叫んで振り返ると、

「狙われてるのはお前なんだよ!健斗は救急車で病院だ!お前は早く建物の中に入れ!そうしないとまた誰かが撃たれるぞ!」

未来は尊人の肩を掴んで、尊人の目を見て、そう言い聞かせた。尊人は観念して、未来に腕を引かれて宮殿へ走った。


 首相はとっくにSPに囲まれながら宮殿へ到着していた。首相のSPは、何を置いても首相を守る事になっている。たとえ国王がどうなろうと。そして、SPの数は国王よりも首相の方が多い。

 その後、ある程度落ち着いてから、宮殿の一室で会議が開かれた。尊人は民族衣装から普段着に着替えていた。

「大変な事になりましたな。」

大臣や宮内庁職員、警視庁の重役など尊人を含めて8名の会議だ。

「犯人は国民でしょうか。それとも、我が国を快く思っていない外国人でしょうか。」

ある大臣が発言した。

「我が国の国民でしょうね。私の即位に異を唱える者でしょう。外国人なら何も今日でなくてもよい。即位したのち、国王になってから倒した方が、世界的にインパクトがあります。即位する前に私を亡き者にしようとするのは、我が国の民としか思えません。」

尊人は言った。

「国王制に反対する者なのか、それとも、尊人様のご即位に反対する者なのか。」

首相がつぶやくように言った。その場にいた皆がため息をつき、頭を抱える者もいた。

「とにかく、怪我人が出なくて良かった。」

誰かがつぶやき、何人かが頷いた。未来は部屋の隅に控えていたが、それを聞いてぱっと尊人の顔を見た。健斗は今も病院にいて、重体だ。しかし尊人は取り乱すことなく、落ち着いた様子で未来を見た。そしてちょっと頷いて目配せしてよこした。未来は面食らった。そして、さすが尊人だとえらく感心した。SPが怪我をすることなど、彼らは何とも思っていないのだ。だが、ここで何か言っても仕方がない。それを尊人は良く分かっている。おそらく、内心では健斗の事が心配で心配でたまらないだろうに。


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