君は本当に運がいい 転生編

猫3☆works リスッポ

第1話 女神の闇

小高い岩の上で硬い黒い毛で覆われた獣、肉食の魔獣ハウンドが鋭い牙で捕えたばかりのウサギに似た白い獲物にとどめを刺し、まだ温かい内臓を喰いちぎる、すぐ近くに神殿があることも気にかける様子もなく茶色く枯れかけた草と土を赤い血で染め黙々と食事に勤しんでいた。それはこの地に生きるもの達にとってはいつもと変わらない平穏な日常にすぎなかった。

ここはナトム大陸の王国カリドラの領地の北端に位置する聖地メテオルス山。この日はこの季節としては珍しく晴天に恵まれ妙に暖かく空も世界の果てに突き抜けるように青く澄み渡っていた、だがもうすぐ冬がやって来るこの季節は、さすがに日が落ち始めると先程までの陽射しが嘘のように、あっという間に氷のような冷たい風が吹いて枯れ始めた落葉樹の葉を吹き寄せる。高くそびえゴツゴツとした山肌を金色と赤色に染め分けた秋の太陽の光が今日という時間さえ燃やし尽くそうと一瞬輝きを増したように思えた。


この山の中腹に女神を祀る神殿の暗闇の中で神殿の主である女神アシスは奥の廟に佇み頭の中はまたも「はずれ」を引いた事で呪いの言葉が渦巻いていた、先ほどまで話しをしていた転生者との口約束などはすでに忘れ去っていた。

この世界の始まりから生きている女神は見た目は20歳後半の豊満な姿だが度重なる転生召喚の失敗によって目は血走り肌は老婆のように荒れている、この数か月の間に悠久の時を生きてきたその無限の力は失われつつあった。

神殿の暗闇の中を何度も音もなく歩き回るその姿には魔境を徘徊する飢えた魔獣とさしたる違いは見出せないだろう。

それでも身に付けている白を基調としたゆったりとしたシルクの衣装に派手な金銀の刺繍がされ、体のラインが見て取れるほどの薄い布で辛うじて聖なる雰囲気を残してはいた、また神力で化粧を施しているため通常で有れば目をそらすことが出来ない程の崇高な美しさの筈の姿は、よく目を凝らせるならば黄金の髪は老婆の白髪のように乱れ陰鬱に暗い陰を引きずっている。先程からその女神の肩に白い塊がもぞもぞ動いている、その塊は紫の嘴をもつカエルに似た白い綿のような、手足の無い小さな握りこぶし大の生き物で、ビクッと何かに反応すると薄紅色の霧を吐きながら飴のように変形し女神の足下に移動した、そして移動した先から床の魔法陣の模様と一体となり溶けるように消えてしまった。

置き去りにされた霧はそれを追いかけるように丸く纏まり床に落ちた、床は一瞬どす黒く変色し血の焼けるような刺激臭と共に泡立ちやがて何事もなかったように元の床に戻った。

女神は苛ついていた「今度のやつも竜のエサか、使えない中年め!」忌々しく声を荒げるも周囲に目線を巡らすと女神は何かを恐れてでもいるのか急に声を落とし言葉を吐き捨てた。

その苛つきは魔力、いや神力の集中を妨げていたのだ、女神からは霊的死角となる神殿入り口から中心に向かって延びる長い回廊の隅に据え付けられた、長いマダラで漆黒の尾羽を引きずる、欠けた耳と牙を持つ魔獣の彫刻の陰から、先程から見つめていた林檎の形に似ているシミが一瞬あざけるように笑い消えたのにも気が付かないほどに。

大地を照らす太陽が高く上がりものの影が短く映る、ちょうど昼の12時になる頃だろう、この時間には旭川空港で降り予約済みのレンタカーで彼女の実家の富良野で両親に結婚の挨拶を済ませているはずだった、付き合って2年の余の可愛い彼女。なのに今この実験施設の白いコンクリートの床に赤く染まった物体を呆然と見下ろしている俺が居た、どうしてこうなったんだ。

だが覚えているのはそれだけだった、彼女の名前も顔も住所も覚えていない、自分は誰なのかも。


「転生者よ、其方の記憶などどうでも良いが思い出せるようにはしておいてやろう。」

どこから声がしたのか意識の定まらない俺の中に何者かにいきなり手を突っ込まれた。

「音声記録、空調機ACU0025の制御盤のDDCカードが抜かれてる、空調停止の原因」俺の声を遮って突然タブレットの音声安全確認アプリに警告された

「安全帯未確認、確認してください。」

え?確認してるよ?さっき答えただろ

しょうがない、はいはい「安全帯確認。」

再度警告が発声する

「確認してください。」

ノイズのように他の声が混じる

「転生者よ。」

転生者ってなんだよ、アプリがバグった?

だがそこに見えたのは、俺の声が黒い渦を巻く空間に吸い込まれ消えて、タブレットに届いていない光景だった、さらに左手が思い切り引かれ、閃光と共に幾つかの自分が自由落下しているのをゆっくりと感じていた、視界の隅にはフックをかけていたはずの手摺が共に12m下にあるコンクリートの床に向かって落下していた。

何故か安心感があった、なんだバグっていないじゃないか、俺の作ったアプリは正常だった。

全身に衝撃が走り世界は闇に沈んだ。


それが何であるか最初は認識出来なかった、余りにも原型を留めていなかったから。

この高さでの損傷としては酷すぎないだろうか。

自分の冷静さも不思議だった、その肉塊は落下による損傷にしては妙で、刃物傷と裂き傷まである、内臓もぶちまけられ脳漿も垂れ流しており眼球も・・。

それは見ないことにして機器の破損はないか確認する、空調機などは正常、停止してはいるが原因は分かっている、記録はタブレットが真っ二、つ、ああこれじゃ点検が記録できない。

手に取ろうとするがすり抜ける、なんとなく普通じゃないことがわかってくる。なんかとても痛かったような気がする。


転生者よ

その声には聞き覚えがある、何日か前から、寝不足で幻聴が聞こえてると思っていた、「お前は良く働いたこちらで暮らす手伝いをしてやろう。」

はっきりしない意識、いや意識だけではなく自分の肉体そのものも陽炎のようにどこか捉えどころがない、ここはどこだろう?機械室ではなくなっている、白い大理石の床に円形の模様が組み合わされているのが感じられるが細かいところは把握できない、これは目で見ているのではないのかな。

動こうとするが模様が邪魔をする。

「喜ぶがいい、お前は過労死寸前だった、それを我が力で転生させる。」

冗談か?寸前?それってまだ死んでないよな、転生するということはその時点で死んでるんだよな、つまり普通それはとどめ刺したっていうよな、詐欺だよな、訴えるぞ。

「どうせあと数日で寿命だったのだ、大して違いはない。」

「そんな筈はない、うちの会社はブラックじゃない、超勤だってしっかり毎月200時間付いたし年休だって有る、夜間呼び出し当たり前って、あれ?ぐれーなのかな」

「だ・か・ら・お前は良く働いたからこちらで暮らす手伝いをしてやろう。」

大違いだ、数日あればお別れととか後始末とか引き継ぎも十分できる。

「馬鹿な、寿命を知って後始末できる人間などそうはいない、諦めることだな、それに私に任せていなければ転生できなかったのだ、幸運と思うが良い。」

いや、なんか違う騙された感が盛り盛りだ。

「全く貴様が紐で身体を落ちないように結ぶから、鉄の棒を切るのに手間取ったぞ、お陰で体もバラバラになってしまったではないか。」女の指先で何かをくるくる回しているのが見える、あれ?確か基板、DDC・・・「おいちょっとそれのために休日出勤して事故にっていや、それであの傷なのか!なんてことしてくれたんだ!労災申請が大変じゃないか!。」

ずいっといきなり見覚えのない女性の顔が目の前に実体化し俺は混乱する、今は見えないはずの目に金髪の美人?いや老婆?年齢が判然としない、じゃ此処は何処だ日本じゃないのか?、でなければやばい飲み屋とか。

元々女に耐性が薄い上に彼女以外には超弱い、急速な接近に慌ててしまった。

近い近い!避けようとした

構わず彼女は続けた「お前は本当に運がいい、さて転生の準備は整った。私は女神である。」

女神と称して話しかけている、本当に困る、私は総統であると言ってるのと同じでこういう奴は大体信用できないし、それを信用できると仮定した場合については、転生を信用する事になってしまう、信用しないとなるとこの状況の説明がつかない、夢オチしか無くなるなるってなんなんだ、まさかやっぱり死んだとか。

「転生出来る人間なぞ100000万人に1人も居ない、特別幸運なことだ、心して受けるがよい」

似たようなセリフ前にもなんか聞いたことがあるな、俺の採用時に課長が言っていた言葉だ

この不況で採用された君達は運がいい頑張りなさい、と、その時のメンバーで残っているのは俺一人、結局は皆条件の良いところにもしくは悪いところに転職してしまった。

今はとにかく、状況が普通じゃないのは確かだしまずは深呼吸そして情報収集、その為には話には一応乗っておこう、どう転んでも損はないだろう、他に選択肢も無いし。

どんな状況でも情報は力だし、そのおかげで今まで苦しいしい中でも何とかやりくりしてきたんだ。

「転生後の生活は保証してやろう、なんの苦労もなく贅沢できるようにな。

さあ転生せよ!我は女神の名によりて滅びた魂に命ずる、肉を纏いて絶望の現し身を現せ!」女が叫ぶ

徐々に呼吸と心臓の鼓動が感じられて手足の感覚が戻ってくる。

だがいきなり頭を突き抜ける様な嫌な感触、さあ転生後の能力はなんだ、能力を見せろ、彼女は頭を鷲掴みにして強引に頭の中に割り込んでくる

なんなんだ!これはちょっと、きもい、やめてくれ、俺のプライバシーが!

始まったときの様にそれは唐突に終わり、そして彼女は大きく溜息をつくと頭を横に振った、「そんな馬鹿な、何ということだ、この私がかつて無いほどに力を使ったのだ、あいつの欲するように此処までしたというのに、手を貸したというに、何も無い、欠片さえ無い、これは空っぽ、お前は・おおハズレだ。」

女は怒り狂い何かを唱え俺はいきなり視界が不規則に回転し吐き気と混乱が頭のなかで渦巻き。

なんなんだ!声が出ない

吸った息を吐く前に視野がまたしても暗転した。

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