【第7生】帰宅
引寄が帰宅すると、母親の
母親はいたって普通の専業主婦。引寄の黒髪は母親譲りで、目の色だけが違っている。どこにでも居そうな茶色の瞳とは違って、引寄の真っ黒な瞳は日本人の中でも特殊な部類だ。他の人が気付くかどうかも分からない要素ではあるが、引寄は普通ではない自分の瞳の色が苦手だった。
引寄がリビングに顔を出すと、母親は手を止めて振り返った。
「学校から倒れたって連絡が来てたけど、もう大丈夫なの?」
「もう大丈夫だよ。ちょっと頭にボールがぶつかっただけ」
本当はそれだけじゃないのだが、まさか超能力に目覚めそうだなんて母親に言える訳もない。引寄はできるだけ顔に出さないようにして、机に料理を並べるのを手伝った。
並べるのは母親と自分の二人分だけ。平日の昼間だから父親が居ないという訳ではなく、出張が多くて普段から家を留守にしている。この家に帰ってくるのは一か月に一度か二度あるぐらいだった。
家族仲がは悪くなく、むしろ良好。母親はいつも父親との馴れ初めを話すし、父親が帰ってきた時には家族揃って旅行に行ったりもする。そんな普通の家庭だ。
「何か困ったことがあったら直ぐに良いなさいよ」
母親は心の底から心配しているといった風に顔を顰めた。それが引寄の居心地を悪くさせる。
「まだ教室にも行けてないから何とも言えないけど、友達もちゃんとできたから大丈夫だよ。俺も高校生だし、ある程度は自分でなんとかしないと」
「そう……でも、本当に困った時は教えてね。
驚明というのは引寄の父親の名前だ。引寄と同じ黒髪と真っ黒に近い瞳を持っている普通の公務員。
そんな普通の父親が今の自分の悩みを解決できる気がしなくて、引寄は苦笑いしながら目の前のオムライスを喉にかき込んだ。
母親はまだ何かを言いたそうにしていたが、それ以上は引寄が話すのを待つことにしたらしく、静かに料理を口元に運んでいた。
食べている間は異様に静かになってしまったが、食べ終わった後には引寄も引寄の母親も普段と変わらない状態になっていた。
食器を洗う母親とそれを手伝う息子。その合間に多少の会話が挟まる。
「明日から部活に行くから帰るの遅くなるかも」
「あら、何部に入ることにしたの?」
引寄がこんなに早くに部活を決めるとは思っていなかったのだろう。今まで何かに一生懸命になることもなかった引寄が何かに興味を持ったと喜んでいるようだ。
引寄としては嘘を吐き続けるのも心苦しいが、この場合は仕方ないだろう。
「いや、倒れたのを運んでくれた人の部活を見学することになっただけだよ。本当にそこにするかはまだ分かんない」
厳密には運んでくれたのは恋華ではないが、説明が難しいので適当に誤魔化した。母親は特に疑問に思う事もなく、どこか楽しそうにしている。先ほど伝えた友達がその人だと思ったのだろう。
「そうなの? ちゃんとお礼は言ったの? 何か菓子折りでも……学校はお菓子の持ち込みは禁止だったかしら?」
「ちゃんとお礼は言ったし、菓子折りは要らないと思うよ。じゃあ、ちょっとしなきゃいけない事があるから……」
帰り際に渡された教科書に名前を書かなければいけないからと理由をつけて、引寄は自室にこもった。入学直後のテストのための課題も貰ったが、それに手を付ける余裕なんかあるはずもなく、ずっと超能力関係について調べて一日が終わる。
その日の夢は倒れた時に見たものとまったく同じだった。
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