悪堕ち牧場の新人研修

ちびまるフォイ

なかなか絶望しない家畜だなあ。。。

「私がこの闇落ち牧場の牧場主です。これからよろしく」

「よろしくおねがいします」


「若いのにこんな農場に来るなんて物好きだねぇ。なにかあったのかい?

 ……っと、答えたくなかったら答えなくていいからね。パワハラとかじゃないから」


「いえ、大丈夫です。単に人間関係に疲れてしまって

 こうして動物たちと過ごすほうが性に合っていると思ったんです」


「それじゃ牧場を案内するよ」


牧場主に付き添って牛やブタたちの小屋を見て回る。


「悪堕ち牧場なのに、悪堕ちした牛がいないようですけど……」


「ハハハ。そりゃそうだよ。悪堕ちしたら出荷されるからね。

 ここにいる家畜たちはこれから悪堕ちするんだ」


「なるほど」


牧場主のレクチャーを受けながら農業生活がはじまった。


ここでは乳しぼりなどの肉体労働が無い代わりに、

家畜たちを悪堕ちさせるための洗脳や調教が実施される。


「クククク。こんな場所でお前はもう終わりだ……。

 ……あの、これ本当に意味あるんですか。言葉通じないでしょう」


「いいから続けるんだ。絶望することで悪堕ちすることもあるからな」


「悪堕ちしたらどうなるんですか」

「めっちゃ強くなる」

「え」


「動物でも本来発揮できるパワーは限られているんだ。

 悪堕ちにより力が暴走するから、ものすごく危険になる」


「ちょっ……それ大丈夫なんですか」


「だからこそ、悪堕ちの価値があるんだよ。

 さぁ、いいから洗脳を続けるんだ。絶望に沈ませるんだ」


「はい……」


牛やブタでもそれぞれに個性がある。

仲間思いの牛には別の仲間を追い詰めることで悪堕ちトリガーへと近づける。

攻撃的なブタには圧倒的な力を見せつけて切望と怒りの反動で悪堕ちへといざなう。


それでも悪堕ちしてくれる家畜はいなかった。


「悪堕ちしたっていうのはどこで判断するんでしょうか」


「見れば誰でもわかる。明らかに空気感が違うからな。

 それに悪堕ちすると本部が出荷に来る。今日はこれくらいで戻るぞ」


「あの……」

「なんだ」


「心は……傷まないんですか」


恐る恐る気になっていたことを聞いた。


悪堕ち牧場では効率よく絶望させるために家畜には親切に接する。

落差が悪堕ちへのきっかけになるからだ。


最初から食肉にするのであれば愛情を注ぐ必要はない。

でも悪堕ちさせるためには本物の愛情を注いで、その上で追い詰める必要がある。


今日1日の悪堕ち体験でだけでも、精神的なストレスが大きかった。


「……もうどうでもよくなったよ」


牧場主は短く答えて宿舎に戻っていった。

やっぱり聞くんじゃなかったと後悔した。


翌日、牧場には誰も居なかった。


宿舎を探しても牧場主の姿はなく、唯一残されていたのは牧場主の帽子と血痕だった。


「昨日……いったいなにが……」


地面に残る血痕は飛び散っていて抵抗したような姿が見られた。

思い出されたのは昨日の牧場主の言葉だった。


"悪堕ちにより力が暴走するから、ものすごく危険になる"


この抵抗の痕跡は悪堕ちで暴走した牛にでも刺されたのだろうか。

牧場主のいう本部に出荷されたにせよ、そのまま病院送りになったのかも。


かといって、本部への連絡先もわからない。


「ど、どうしよう……」


残されたのは何も知らない新人ひとりきりだった。


このまま逃げてやろうかとも考えたが、

残される牛やブタたちのことを考えると足が止まる。


たとえ出荷されるのだとしても、それまで地獄のような苦しみを与えたくない。


「俺が……やるしかない」


悪堕ちさせれば出荷するために本部がやってくる。

そうなれば牧場主のことも聞けるはず。


人里離れた山奥でひとりでの悪堕ち牧場の生活が始まった。


「さぁ、次はお前がひとりになるんだよ」


あえて家畜を孤立させて不安をあおる。

不安で生まれた隙間には絶望が入りやすくなる。


「無駄だ。この先お前らがどんなに力を合わせても意味はない」


あえて反抗的なブタたちを自由にさせつつそれを根底から叩き潰す。

ブタたちの戦意を奪い明日への希望を失わせていく。


だんだんと家畜たちの目からは光が失われていくのがわかった。


「なんだか……だんだんとわかってきた気がする……!」


やっと農業の面白さと洗脳の恐ろしさを心で理解できた。

単に追い詰めるだけでなく、家畜たちの気持ちに立つことではじめて悪堕ちへの道が見えてゆく。


数日後、ついに努力が実を結んだ。


「ブオオオオ!!!!!」


ウシの一匹の目が赤く染まり、白黒の体は黒色に染まっていた。

理性で抑えられていた力は暴走し柵を壊さんばかりに体当りしていた。


「やった! やったぞ!! ついに悪堕ちさせたんだ!!」


手探りながらも上手く行ったことがものすごく嬉しい。

まもなく車の音が聞こえてくると、牧場の外に本部からの車が到着した。


「あ、本部の方ですか」


「はいそうです」


「悪堕ちさせられました。今まで頑張って本当によかったです。

 これまで感じたことのない充実感みたいなものすらあります」


「それはよかった。では出荷します」




本部の人が俺を車に載せたとき、俺の目は果てしない絶望に沈んだ。

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