未だかつてない昔話

ピチトリ

第1話

昔々あるところにおじいさんとおばあさんとその一人息子の長助ちょうすけが住んでいました。

長助は昔からとても気がきく子で、おじいさんとおばあさんの自慢の息子でした。


ある日、おじいさんは長助を呼んでこう言いました。

「長助、おまえもそろそろ嫁が欲しいだろう。隣の村に苺(ベリー)というちょうど年頃の娘がおる。近いうちに挨拶に来るようだからお前も何か準備しておきなさい。」


長助は嬉しい反面、少し困ってしまいました。

なぜならここ数年、女性とのコミュニケーションは母としかとってこなかったからです。

そこで長助は幼馴染の大五郎に相談しに行くことにしました。

大五郎には妹がいるからです。


大五郎の家は山の上の方にあるので話しに行くのも一苦労。

長助が準備をしている時、おばあさんが

「お土産に団子でも持って行きなさい」

と渡してくれた巾着の中には明らかに団子ではないものが詰め込まれていました。

しかし指摘をしても意味がないことを知っている長助は「ありがとうございます」とだけ言い、その巾着をそっとトイレに流しました。


「でもそうだな、確かにお土産は必要だ。権兵衛のところでなにか買って行こう」

権兵衛も大五郎と同じく幼い頃から遊んでいた仲間です。

今は茶屋をやっているそうで、長助はそこなら安く買えると踏みました。


「お!長助じゃないか!久しぶりだな!お茶でも飲んでいけよ」


「やあ権兵衛、これから大五郎のところへ行くんだけどお土産で何かもらえないかな?」


「ぼた餅いいんじゃないか?」


そう言って渡されたぼた餅は、さっきおばあさんに渡されたものを彷彿とさせました。



ぼた餅を受け取った長助はいよいよ大五郎の家へ出発しました。

大五郎は山で木や竹を切って細工をして売っている職人です。

山道には『日用雑貨・インテリアの大五郎』と書かれた看板があちこちに設置されているので迷うことはありません。

長助はまだ日も暮れないうちに大五郎の家へ到着しました。


「突然訪ねてくるなんて驚いたよ、どうかしたのかい?」


「あぁ、今度嫁を貰うんだけどね、そこで君に女性とどのように話せばいいのかアドバイスして欲しくて。」


「なるほど、それで妹がいる僕に相談ってわけか」


「そうなんだ…あ、これぼた餅」


「あぁありがと。うーん、別に特別なことはないよ、相手が男でも女でも。練習のために妹と話してみるといいよ。『おーい!宝石(ジュエル)ー!』」


大五郎が呼ぶと、彼女はすぐに部屋の奥から出てきました。

昔は一緒に遊べないほど幼かった彼女ですが、今はもう立派に女性です。


「こんにちは、宝石ジュエルです。兄がお世話になっております。」


(超挙動不審長助)「あ、あはっ、フッ、はじめましてっ!?あ、あの、長助といいます、えー、趣味はクラシック音楽で偏差値は300です」


「ふふふっ」


「あとー、洋画も好きでー、えー、ウイスキーを嗜むのも?至福の時ですよ、あ、君未成年かーっ!?」


「あー長助、こりゃダメだよ。見てられない。」

さすがの大五郎も竹細工を握りつぶすほどのストレスです。


「じゃあ、どうすりゃいいんですか…(泣)」


長助が希望を失いかけていた時、


「今夜私と特訓しましょう?ふ・た・り・で♡」


その宝石ほうせきの輝きのような宝石ジュエルの言葉に揺られた長助は宝石ジュエルと一緒に特訓することになりました。

しかしその時にはだれもこれが鬼のような特訓になるとは思ってもいませんでした。



「ハイまずさっきの自己紹介サイアクだったよ?

嘘は言っちゃいけないのわかるかな?ましてや結婚相手に対して嘘つくとか論外。マジで。」


「…はい」


「それでね、シンプルにキモい。喋り方とか見た目とか。それで結婚なんて普通考えらんないから。天変地異ですか?って話。」


「…そこまで言います?」


「うるさいなクズ人間。なにが『女性との話し方分かんない〜』なの?根本から考え方が違うから。どうせこの特訓に来たのも私の『ふたりで』につられてきたんでしょ?甘いね。」


「ごめ…ごめんなさ…(泣)」


「喋んないで、キモいから。」



一晩続いた「特訓」。

耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、強くなった長助。

涙で塩辛くなったぼた餅を口に放り込み、きつく締めたわらじで大地を踏みしめ、愛おし我が家へ帰ることにしました。


しかし忘れられないのが宝石ジュエルの最後の言葉

「頑張ってね」

あぁ羨ましい大五郎め。あんなに可愛い妹を持ちやがって。


その日の長助は、ずっと宝石ジュエルのことが忘れられませんでした。

街で何を見ても「宝石ジュエルならなんて言うだろう」

家に到着して、おじいさんの仕事ジュエルを手伝っている時も「僕が宝石ジュエルのこと考えてるなんて知ったら彼女はどんな顔するんだろう」

彼女のことを考えていると時間ジュエルはあっという間に過ぎて行きました。


その日の夜、さすがに朝まで特訓されていた長助は、眠れないなんてことはないにしろ、どうしても宝石ジュエルのことを考えながら眠りにつくのでした。



つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未だかつてない昔話 ピチトリ @PitchGuyBird

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る