門松を飾った人
帰宅すると門松が飾ってあった。私は数年ぶりに見るそれをしばらく見つめてから鍵を開けて家に入る。沓脱ぎに父の靴しかないことに拍子抜けすると同時に安堵する。
「ただいま」
「あ、お帰り」
父は少し挙動不審だった。私に問い詰められると思ったのだろう。私はコートとマフラーをハンガーに掛けると、洗面所で手洗いとうがいを済ませてリビングの自分の席に座った。父はそわそわして私をちらちらと気にしている。
「里見さん、来たんだ」
「あっ、う、うん……門松を飾って行ってくれて」
「見たよ」
私はそう答えてから立ち上がると、台所でお茶を淹れた。お気に入りのマグカップの八分目まで注ぐ。このマグカップもだいぶ長いこと使っている。母が亡くなる前に買ったはずだ。
父の分も持って戻ると、少し怯えられるような顔をしていた。私が父をおびやかしたことがあっただろうか? 多分なかったと思う。
「年始はどうするの? 里見さん来るの?」
「いや、来ないと思うな」
父は無理したような笑顔でそう言った。本当は来て欲しいくせに。
「私に遠慮してるんだったら、気にしなくて良いから」
里見さんは父の彼氏だ。いや、正式にあの二人は付き合っているのだろうか?父が仕事以外で長く家をあげることはなかった。付き合ったとしても、キスより先の関係になっているとは思えない。
理香、お父さん、告白されたんだ。取引先の人に。お父さん、付き合っても良いかな? 父が私にそう告げたのは、母が亡くなってから三年ほど経った時。つまり去年のことだ。私が高校に上がった時。
それを聞いた時、私は泣いた。母の存在が消されてしまうような気がしたのだ。母になんてことを。お母さんが、お母さんが。そうわめいて父を困らせたことを覚えている。相手の里見さんが男の人だと言うのははっきり言ってどうでも良かった。母でない人。私が父の隣にいる人をラベリングするにはそれ一枚で十分だ。
実際に里見さんとは一回も会ったことがない。話してみたい気もする。でも話して彼と父のことを認めてしまうと、私の中で母が消えてしまうような気がしてまだ会いたいと言えていない。
里見さんも母の居場所を奪おうとは思っていないだろう。ただ父が好きなだけだと思う。大人の恋がどんなものかは知らない。男同士の恋って男女の恋と違うものなんだろうか。
「初詣は里見さんと行ってきなよ」
「一緒に行こうよ」
「じゃあ里見さんと解散したらメールして」
まだ、父のとなりに母以外の人が収まることを私は受け入れられていない。母じゃない人。里見さんに貼ったラベルを私はまだはがすことができない。その角っこを、爪の先で少し削っている。
三人一緒でも良いよ。そう言ってあげられれば良いのかもしれない。けれど、父と里見さんが話しているところを見て、私が情緒不安定にでもなってしまえば、父はもう里見さんと会えないだろう。
父は私が里見さんのことで動揺するのを責めたりしなかった。そのことに気づいたのは結構最近で、だからこそ私は思う存分悩もうと思う。
父が手元で客用の湯飲みをいじくりまわしていることには言及しないことにした。もうすぐ夕飯だから片付けることだろう。
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