ぼっち美術部員の俺が金髪ギャルと仲良くなる話

ナヒロ

Prologue


 人の心を救うものとは何なのか?


 あまりにも漠然すぎるこの問いに対する回答は、人によって千差万別であるのだろう。


 信仰する宗教に則って敬虔に生きる人は神様と答えるかもしれないし、仕事終わりのバーにいる人なんかは酒と答えるかもしれない。とめどない情欲の赴くまま行動する人はセックスと答えるかもしれないし、精神的に不安定な人はドラッグと答えるかもしれない。


 なんだか徐々にロックバンドに対する偏見みたいになってしまった。…週末、サッカースタジアムに行くような人はスポーツ観戦の爽やかさに心を救われているのかもしれない。


 この問いに正解はないが、その全てが正解でもある。


 それでは俺、並木健太郎の心を救うものとは何なのか?

 間違いなく、それは絵だ。


 九歳の頃、事故で両親が亡くなった。小学校で授業を受けていた時だった。先生が慌てた様子で教室に来て、訳も分からないまま病院に連れていかれた。駆けつけたときにはすでに、両親は二度と覚めることのない眠りについていた。直後は悲しくなかった。代わりに浮かんだのは疑問だった。


「どうしてお父さんとお母さんが死んじゃったんだろう」


 疑問は時間がたつごとにポツポツと増えていく。


「どうして事故が起きたの?」

「どうしてもう喋れないの?」


 疑問は増え続け、いつしかその疑問に覆いかぶさるように悲しみの波が襲ってきた。


「な、なんでもう会えないのぉ?」


 頭の中がぐるぐる回り続けながら、泣いた。泣いて泣いて泣いた。涙が枯れるほど泣いた後、抱いていた疑問は世界への呪いに変わっていた。


「なんで、僕だけがこんな目に…」


 こうして九歳の俺は心を閉ざし、引き取られた祖父の家に引きこもった。


 それから数か月が経ったある日、たまたま祖父の本棚に会った画集を手に取り、その絵と出会った。


 それは色鮮やかな青の水面に小舟が浮かんでいる絵だった。小舟には白のドレスを纏った女性が二人いて、その姿が水面に映し出されている。


 綺麗だ、と思った。俺はその絵の中に、もう一つの世界を見つけたような気持ちになった。そこには悲しみも、呪いもなかった。その世界には美しさだけがあったのだ。


 その世界に魅了された俺は飽きることなく絵を眺め続けた。そしていつしか自分で絵を描くようにもなった。こうして俺は絵の世界に移り住み、心の安寧を得た。

 そして俺は絵の世界で、誰ともかかわらず、ただ美しさだけを求めて暮らしていく、はずだった。


 あいつと出会うまでは。


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