第12話 食後の団欒

「ところでりんさんよ、さっきのゴミ野郎どもに心当たりはあるのか?」


スズキはジャスミンティーを飲みつつ、傍らの林さんに尋ねた。スズキがジャスミンティーを飲んでも、熱い番茶をずずずっと啜るおっさんにしか見えない。


「うーん、これと言って無いねー。」

「そうか。」


スズキの追及は、会話のキャッチボールが一往復しただけで終わった。いくらなんでも諦めが早すぎやしないか。俺としては、林さんとコワモテーズが何を話していたのかが気になるんだが。やっぱり、地上げなのだろうか。そうなら、早々に弁護士やら何やら雇った方がよいのではあるまいか。俺はちらりと林さんを心配の眼差しで見上げたが、林さんは相変わらずニコニコしているだけだった。


 まあ、いいか。本人が心当たりがないと言っているのだ。よきに計らえ。


 俺は腹が膨れて、反射的に眠くなってきた。さっさと我が家に帰ってシャワーを浴びて、寝てしまいたい。コワモテーズのような非合法的存在は、既に俺の日常には無かったことになっているのだ。俺の記憶からは消去、消去。


「じゃ、ごちそうさん。お勘定頼む。」


スズキは懐からくたびれた革の財布を取り出し、立ち上がった。


「今日は良いよ。色々迷惑かけたから。」

「そういう訳にゃいかねぇさ。」


確かに、色々オプション付でご馳走になった。ただ飯食いは気が引ける。とは言え、今日はスズキのおごりだから、俺の懐には直接の関係は無いのだが。まあ、何だ、良心と財布は別物だ。


 スズキは財布から適当に千円札を数枚取り出すと、ぽんと机の上に置いた。すげえ。何て「大人」なんだ。散髪にすらいけないようなカツカツの生活を余儀なくされている俺は、5円10円の細かいおつりにすら目を光らせているというのに。スーパー(コンビニは高いから、俺には利用できない)のおつりが不足しようものなら、それがたとえ1円であろうとも、俺は恥も外聞も無く不足分を要求する。スズキのように、適当に札を出すなんて、俺には不可能だ。スズキよ、実はお前はブルジョアか?


 俺の驚きに気づくことも無く、スズキは席を離れた。俺はスズキの大人ぶりに思わずカクカクした足取りで、後に続いた。


「ご馳走様でした。じゃ、おやすみなさい。」


俺は林さんに挨拶し、スズキと共に店を出た。


「じゃ、また明日な。」


店を出ると、間髪おかずにスズキは俺にさっと片手を上げて去っていった。ポケットに手を突っ込んでぶらぶら歩く後姿は、どこにでもいるおっさんそのものだ。金属のお盆で人を殴り倒し、挙句の果てに海に沈めようとした凶悪犯とは思えねぇ。

スズキがどこに住んでいるかは知らないが、少なくとも俺の家とは方向が違うらしい。バスや電車を使う金は無いので、俺は徒歩で自宅へ向かいだした。

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