第3話 今日の晩飯をどうするか
俺はその日の仕事を無事に終え、ロッカーから荷物を出した。荷物と言っても、給湯室で汲んだ水道水が入ったペットボトル、エア・財布程度のものだ。男は身軽でなんぼさ。ごてごてと馬鹿でかいバッグをしょって歩くなんて、うっとうしいってもんだ。
俺はタイムカードを押して、キリギリス引越センターを出た。夜空に、俺の腹の音が響く。肉体労働は、俺の胃を虚ろに広げるばかりで、満たしてはくれない。
「おう、今上がりか。」
不景気な声に振り向くと、スズキがぶらぶらと歩いて出てくるところだった。こいつも荷物を持っていない。水道水がある分、俺の方がマシではないか。
「どうだ、たまには飯でも食ってくか。」
「金がねえんだよ。」
俺は正直に白状した。俺の財布には今、紙でできた物は入っていない。それどころか、金属製の丸いものすらない。100円くらいあるかと思ってさっき確かめたら、文字通りの空っぽだった。帰ったら、僅かに残った米と水で何とかしのごうというところだ。ああ、玉ねぎが1個残っていたか、玉ねぎの醤油炒めで飯が食えるな。
スズキは心底呆れたように舌打ちをした。
「しょうがねえ奴だな。ついて来い、たまには食わせてやる。」
まじか。俺は、生まれて初めてスズキに後光が差しているように感じた。俺は一も二もなくスズキの好意をありがたく受けることにした。
どこに行くんだ、と俺は問うたが、スズキは答えなかった。だが、俺はしつこく問うことはしない。ここでスズキがへそを曲げたら、どうするんだ。食えるんだったら、黒パンだろうと白おにぎりだろうと構うものか。
スズキはぶらぶらと俺を先導し、やがて一軒の中華料理屋にたどり着いた。職場からほど近い場所にあり、安い・早い・旨いの三拍子が揃っているので、俺も金があるときはランチで利用することがある。何せ、ランチは650円で主菜と副菜、スープ、ザーサイが出て、何よりライスお代わり無料なのだ。店主である林さんの温かい人柄がそのまま表れたような、素晴らしいサービスではないか。
ちなみに林さんはりんさんだ。ハヤシではない。喋る言葉も中国語っぽいので、中国人なんだろうと俺は勝手に思っている。だが、何人だろうと、安くて旨い飯を作ってくれる人は皆等しく徳がある。
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