第2話 俺はヤマダ

  俺の名はヤマダ。マウンテンのヤマに田んぼのタでヤマダ。何とつまらぬ名字よ。だが、嘆いたところで名前は自分で決められるものじゃない。俺は名前にこだわったりはしない。俺がこだわるのは、自分で何とかできる部分だ。そう、例えば、容姿。自慢するほどのものじゃないが、俺は自分では2.5枚目くらいだと思っている。背は望んだよりも低いところで伸び止まってしまったが、いざ脱いだときに婦女子の注目に堪えうる筋肉を付けるようにトレーニングを欠かさない。勿論、髪は流行のサムライ・ブラックに染めて、耳の下辺りまで伸ばしている。風がそよいで髪がなびけば、婦女子の心も俺になびこうというものだ。


 服にもこだわりがある。下ろしたて新品パリパリのデニムなんて、恥ずかしいものは着ない。嫌味でない程度に傷んで、色の落ちたユーズドでなくては。Tシャツとて、同様。俺は、ラフでタフなオトコなのさ。


 俺はニヤリと唇の片方だけを上げて、両手をズボンのポケットに突っ込んだ。5月の薫風が、俺の春を運んでくる。


「ヤマダ、ぼさっとしとらんと、キリキリ体を動かさんか。」


 不意に横から不機嫌そうなスズキの声が飛んできて、俺は現実に引き戻された。


 俺はやむなく薄緑色のパーカーを羽織り、同じ色のキャップをかぶった。その両方ともに、「キリギリス引越しセンター」というロゴが入り、幼稚なキリギリスの絵がでっかくプリントされている。かわいらしいったらありゃしねぇ。


 そう、俺は今、バイトの最中である。キリギリス引越しセンターに日参し、依頼主の家へトラックで行き、荷物を運搬するというのが最近の生活だ。このバイトは、やたらと筋肉が付くが決してブラックではない。給料は悪くないし、残業手当もしっかりつく。というのに、なぜか俺の財布はいつも空っ風が吹きすさんでいる。散髪を年に2回にまで減らし、衣類は擦り切れてなお着用し、バストイレ一体型・ワンルームの安アパートに居住しているというのに。何故なのか一向に分からない。


 さっきから俺とともに家具をせっせと運んでいるのは、スズキだ。俺とチームで仕事をすることが多い。ぱっと見は、坊主頭の枯れたおっさんだ。さぼったり、面倒な物を俺に押し付けたりということはないが、俺に対する優しさがない。思いやりがない。そもそも言葉があまりない。好ましいとは言えないが、仕事をする以上この手のおっさんともうまくやっていかねばなるまい。俺はそこそこ大人なのだ。



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