3.街を目指して

 村長改め、木ノ下浩二から貸し与えられた空き家に上がり、濡れた制服からこれまた貸して貰った服に着替えた。

 さて、これからどうしようか。小野達もこっちを目指して進んでいたし、このままだとここでバッタリ遭遇するなんて事になりかねない。

 かと言って、あの状態の木ノ下に話しかけるのは色々と無理がある。恐らく、話しかけても、はいかいいえしか帰って来ないだろう。

 腹を見せて床をゴロゴロしているメルカバを撫でながら考えていると、入り口の扉が叩かれ、開かれた。


「腹減っただろ? これ、食い物だ」


「あ、どうも」


 入って来たのは食べ物が詰められている籠を片手に持ったさっきの少年だった。

 俺はそれをありがたく受け取り、その中に入っている果物の一つを、食べたそうにしているメルカバに渡す。

 するとやはり食べたかったらしく、俺から少し離れたところで美味しそうに食べ始めたメルカバに少し癒されながら、メルカバを面白そうに眺める少年に向き直る。


「あの、ここに俺を一人行動させた奴らが向かって来ているんですよ。なので、出来るだけ早くここから人が沢山いる街に逃げたいんですよね」


「そりゃ大変だな。何なら俺が村長に話しとくから逃げるか?」


 俺はそれを肯定しようとして、少し考える。 

 ここに来て色々してもらったが俺はまだ何も返せていない。一方的に何かをしてもらっておきながらサヨナラなんて嫌だ。

 果物を食べ終え、甘えて来るメルカバを撫でていると、外が少し騒がしくなっていることに気付いた。

 俺はのんびりと体を伸ばして気付く様子の無い少年に、外が騒がしい事を伝え、一度家の外へ出る。

 

 すると、どういう訳か武器を持った男達が門の方へ向かって走っていき、反対に女子供は慌てたように村長宅へと逃げて行っている。

 少年が近くを逃げて行こうとした女性に。


「おい、どうした、敵か?」


「オークの群れがこっち来てるらしいの。健人も行かないと危ないかも」


 それだけ言って女性は逃げて行った。

 少年改め健人は家の前に立てかけられていた槍を掴むと。


「俺は戦って来るから、あんたは村長の家にいろ。それとも戦うか?」


「戦いますよ、そりゃ。恩返しの一つや二つさせて下さい」


 頷いた健人は門の方へと駆けだし、俺もメルカバを連れてその後を追う。

 耳を澄ましてみると村から出てすぐの辺りで男の怒声と、オークの鳴き声と思われる物が聞こえ始め、既に戦闘が始まっている事が分かる。

 それと同時、ある程度の敵の配置と村の人達の配置が頭に入って来た。

 敵数は大体三十、対して村人の数は二十にも満たない。

 このままだと数で押されて負けてしまう可能性が高いが、それでもしっかりと前線を張れている辺り彼らならあの数の敵が相手でも恐らくは大丈夫だろう。

 ただ、問題はもっと奥で微動だにしない異様な存在だ。

 俺の勘でしかないが、恐らくその存在が今回のオーク襲撃を起こした元凶か何かだろう。もしかしたら、魔王的な奴の幹部なのかもしれない。

 

 そんな事を考えていると、遂に門へと着いた。

 そこから外の様子を覗くと村人とオークは攻防を続けていて、猛者になると三体を同時に相手している。

 健人が慌てたように駆けて行ったのを見届けた俺は、正面切っての戦闘を他に任せて回り込もうとしている個体の方へと向かう。


 ご丁寧に体に茂みのような物を付けて隠蔽率をしっかりと上げているオークを見つけた俺は、足元に落ちている拳大の石を全力で投げ付けた。

 刹那、その石はオークの体を貫通してその奥の巨大な岩にぶち当たると砲撃をしたかのような爆音が轟いた。

 当のオークは自分に何が起きたのか分からないと言った目を俺に向け――その場に倒れ込んだ。

 近寄らずとも死んだことをスキルが伝えて来るのを感じ、俺は急いで敵が居なく、そしてこのオーク達を操っていると思われる存在への最短ルートを駆ける。


 俺の後を着いて行くのを無理と悟ったらしいメルカバは途中で引き返し、健人の元へと駆けて行ったようだ。

 だが俺としてはそうしてくれた方が助かる。ミスって攻撃がメルカバに当たったりなんてしたら、さっきのオークのように間抜けな死に方をさせることになってしまう。


 数十メートルはありそうな崖を意地で登り、湿っていて走り難い道を全力で駆け抜け、道を塞ぐ倒木を手刀で粉砕し、音で寄って来た魔物を棍棒で殴り倒して、未だ動かないその存在の元へ全力で走る。

 そして、遂に遠目にその異様な存在を見つけた俺は、よく目を凝らしてその姿形を観察する。


 見た目は普通の少女だ。

 赤い髪をポニーテールで結び、気が強そうなキリリとした目元と青い目、整った小さな鼻に魅惑的な可愛らしい唇。

 それだけを見れば、何かのアニメや物語でヒロインを名乗っていそうな、そんな存在だった。 

 ――体中から真黒な霧を出してさえいなければ。

 

 やはり、あの少女が元凶で間違いなさそうだ。

 だが、一番不思議な事はさっきは敵と味方を区別してくれた【生命感知】のスキルが、彼女を敵とも味方とも区別しない点だ。だからこそ異様な存在なのだ。

 俺は棍棒を握る手に力を込めながら、その少女の元へと近付く。

 

 かなり近くまで来ても反応の一つも見せない少女に、もしかして操られているのではとか、どうすれば助けられるのかとか、色々な考えが過る。

 だが俺はそのどうでも良い考えを振り払って、警戒しながらゆっくりと近付く。

 ある程度近付くと、少女は俺に気付いたらしく、小さなナイフを片手に持って俺を振り返った。


「君、こんなところで何してんの? それと、その黒い煙は何?」


 尋ねてみるが、少女は無言のままナイフを構え、今にも切り掛かろうとしている。

 だがその動きには敵意も殺気も無く、青い目も無機質な人形の様で何だか不気味だ。

 恐ろしく感じながら、武器を構える俺に、少女はポツリと呟いた。


「たすけて」


「……分かった」


 返事すると同時、俺に向かって駆け出した。

 華奢な体躯からは想像できない素早い速さで俺に接近し、ナイフを振るう少女からギリギリのところで後ろに下がり、そのナイフ目掛けて蹴りを放った。

 さっきゴブリンと戦った時よりも間違いなく早くなっている蹴りは、人間離れの動きを見せた少女でも避ける事は出来ず、狙った通りナイフを吹き飛ばせた。

 だがそれでも表情を一つも変えない少女は体勢を整えようと後ろへと下がる。

 チャンスと見た俺は踏み込む足に力を入れ、一気にその少女へとタックルを決めた。


 瞬間、少女の柔らかい胸が俺の顔を包み込み、その上とても良い香りが鼻腔を――


「ッ?! エッチ!」


 そんな可愛らしい声が鼓膜を揺るわせると同時、頬を思い切り叩かれた。

 驚きながら見ると、俺が馬乗りのようになっている少女は自分の胸を抱き抱えるようにして、顔を真っ赤に染めている。

 

「ええっと、元に戻った?」


 取り合えず尋ねてみると、少女は顔を逸らしながら。


「……うん」


 小さな声で呟いた。

 俺は慌てて少女を開放し、手を貸して起こすと少女は申し訳なさそうに。


「その、さっきはごめんなさい。色々と驚いちゃって……」


「ああ、いや、別に大丈夫。そんなに痛く無かったから」


 心にはグサッと来たけどな。

 そんな本音を押し隠し、困惑したように周囲を見渡す少女に付いて来るよう言って、村への道を戻るべく踵を返した。

 恐らくこの子は誰かに操られていたのだろう。さっきまで出てた真黒な霧も無くなったし、表情も戻ったし、その可能性が一番高い。

 すると、少女は俺の腕を控えめにつかみ、


「私、イルム。東のヘルト皇国出身なの。あなたは?」


「俺は四居碧斗。日本って国出身だよ」


 案の定少女は日本を知らないようで、首を傾げて見せた。

 やはり知らないか。木ノ下の同級生がこの世界で、その存在を広めていたりしないかと期待したのだがそんな事はないらしい。

 と、【生命感知】がオーク達を村人達が全滅させたことを伝えて来た。

 しかも、どうやら村人側には死者が誰一人いないらしく、完全勝利であることが分かる。

 俺は、その事に安堵しながら、少女と共に村へとゆっくり向かった。

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