2.辺境の村

 バグったのかと、もう一度ステータスを開いてみるが出て来るのは馬鹿げたレベルとスキルのみ。

 しかも、どういう訳か何もしていなくても勝手にレベルが上がって行くのだから、益々訳が分からない。

 と、少し離れた所に何かの反応を感じ取った。

 それと同時、狼もそれに気付いたらしく、尾をピンと立てて周囲を警戒している。

 耳を澄ましてみると、何やら話し声が聞こえ始め。


「本当にこっちであってんの? まともに歩けねえ道じゃんよ」


「大丈夫……だと思う」


 この声、小野と半田か?

 となるとあいつらも俺達と同じ方向に向けて歩いてるのか。

 ……このままだと、全く同じタイミングで森を抜け出して、ばったり遭遇なんて事になりかねないな。

 俺は警戒を続ける狼に。


「あいつらより早く森を抜け出したい。急ごう」


 狼はコクリと頷くと、警戒を辞めて小走りで森の案内を再開した。

 置いて行かれないように俺もそれに合わせて小走りで、慣れて来た森の道無き道を進む。

 

 すると、再び複数の敵を確認した。

 無視したいところだが、このまま真っ直ぐ言った所で俺達を待ち伏せしているらしく、遠回りなんてしていられないこの状況では中央突破が速そうだ。 

 狼に俺の後ろに来るように言って、音を立てないように慎重に、尚且つ早歩きで、その敵たちが居る場所が見えそうな茂みから覗き見る。

 すると――人型の生物と、目が合った。


「グギャァ!」


 五体の緑色の肌を持つゴブリンと思わしき魔物は、木製の棍棒を取り出して戦闘態勢を取り始め、一応は知能を持っているらしいことが伺える。

 だが、動きが全体的にぎこちなく、戦いなれていない事が分かる。

 こいつらは間違いなく雑魚だ。これなら狼達の方が数倍厄介で強いだろう。

 と、思わず溜息を吐く俺の真横から、森の案内をしてくれていた狼がリーダー格っぽいゴブリンに飛び掛かった。


 慌てて俺も茂みから飛び出し、狼に殴りかかろうとしているゴブリンを殴り飛ばして、次の獲物に飛び掛かろうとしている狼を手で制す。


「お前に死なれたり、怪我されたりすると困るんだよ。後ろいて」


 俺が言うと狼はしょんぼりと尻尾を落として後ろに下がった。

 それを見て好機だと思ったらしい残りのゴブリンたちが一斉に掛かって来た。

 俺は再び訪れたスローモーションの、色が薄い世界に包まれる。

 だが一回目で慣れた俺はそれを気にする事無く、足元に落ちている棍棒を拾い上げ、一気に中央のゴブリンに接近して殴り倒し、反応出来ないで俺に体側を向けている個体に回し蹴りを入れる。

 最後の一体を振り返ると同時、視界に色が戻り、敵意喪失してへたり込んでいるゴブリンの姿があった。

 やはり、このスローモーションのようになるのは敵意が向けられている時だけっぽいな。狼の時もそうだったし。


「よし、行こう」


 俺が後ろでしょんぼりとしていた狼に声を掛けると、ビクッと震えて慌てた様子で、しかし小走りで先を進んだ。

 ガクガクと震えて小便を漏らすゴブリンから目を放し、他のゴブリンの棍棒を拾ってその後を追う。

 武器が無くて困っていたから丁度良いな。あんまり魔物に触りたくなかったし、これでその問題も解決出来る。ゴブリンに少しだけ感謝しておこう。

 なんて、どうでもいいことを考えていると、正面に光が差し込んで来ているのが見え始めた。

 もしかして、外か? ここからやっと出られるのか?


 その光に近付くにつれて周囲の木々が段々と少なくなっていく。

 やっと、やっとこのジメジメして気持ちの悪い森を抜け出せるのか。虫がいないからまだ良いが、それでもこの肌にべとつく感触は気持ち悪くて仕方ないのだ。

 ようやく解放されるという達成感に似た物を感じながらも足を動かし、遂に――


「よっしゃ、森抜けた!」


 視界を一切遮るものが無い解放感に身を任せ、俺は伸び伸びと体を伸ばした。

 周囲を見渡してみると、足元は砂利や小石が転がり、少し離れた所を川が流れていて、川を越えて更に離れたところには建造物らしきものが見える。

 ここからだと人は見えないが、松明が着いている事や周囲の草が刈られている様子から誰かしら居る可能性が高いと見た。

 俺は疲れたように溜息を吐いて体を伸ばしている狼に。


「お前はこれからどうする? 俺としては相棒としてお前にいて貰いたいけど、嫌なら森に帰っても良いんだぞ?」


「――――」


 俺の言葉にしかし、狼は無言で首を振った。

 仲間を殺した俺と一緒に居るなんて嫌なのでは無いかと思っていたが、懐いてくれたのだろうか?

 何にせよ、相棒としてしばらくは一緒に居るこいつに名前が無いのは不便だな。何か名前を決めるか。


「お前の事、今日からメルカバって呼んで良いか?」


 俺が尋ねると狼改めメルカバは尻尾を振って喜び、


「ワン!」


 初めて鳴き声を上げた。

 ステータスを開いてみると、配下の欄に書かれていたフォレストウルフの文字が、メルカバに変わっていた。

 俺はメルカバにこの先の村に向かう事を伝え、そのもふもふな体を負ぶって川から少し離れたところに立つ。

 橋でもあったらそこを渡れば良いのだが、残念な事にそんな物は無いし、しかも川はかなり深いようで中央なんて底が全く見えない。

 俺は体を軽く動かして覚悟を決め、最初の一歩を踏み出した。


 小石と砂利が転がっていて走りにくい河原を一気に駆け抜け、川辺のギリギリで思い切り跳んだ。

 だが――


「おぶっ?!」


 全然飛べず、川のど真ん中辺りで見事に着水した。

 背中の相棒がジト目を向けて来るのを感じながら、川に流されそうになりつつ反対岸に向かって泳ぐ。

 何故だ、何故ここまでしか跳べない。あれだけの身体能力があったから跳び超えられると思ったのに。


 急加速的に自分の泳ぎが上達していくのを感じながらも反対岸に到着した俺は巻き添えを食らってびしょ濡れになってしまったメルカバを降ろし、水浸しになってしまった制服を一度脱いで雑巾絞りのように捻る。

 メルカバは俺から少し離れたところで体をブルブルと震わせて水気を落とし、早くしてと言いたげに俺を振り返る。

 俺はそんなメルカバに急かされるようにして上着とズボン、ワイシャツの水気をある程度飛ばしてからそれらを着直し、その村へと急いだ。


 三、四メートルはある大きな木製の壁に囲まれたその村に近付いて耳を澄ますと、中から話し声が聞こえて来る。

 何を話しているのかはあまり分からないが、これは間違いなく誰かしらいる。

 廃村なんてそんな悲しい事にはならなさそうだ。

 

 俺はメルカバを連れて小走りで近付き、入り口を探すと、槍を持った少年たちが退屈そうに立って見張りをしている門を見つけた。

 少年たちは俺に気が付くと慌てた様子で槍を向け。


「お前、どこから来た? しかも狼を手懐けてるって事はテイマーか?」


「多分間違いでは無いですね。ええっと、自己紹介をします。僕は――」


 俺は出来るだけ失礼の無いように自己紹介と、何があったのかを話した。 

 気が付いたら森に居た事、俺が使えないと判断されて追い出された事、メルカバは偶々遭遇した魔物である事……一部説明が面倒で少し嘘も混ぜたが、この程度なら許されるだろう。

 話を聞き終えた少年は槍を降ろし、思案顔をすると。


「取り合えず、村長に話を聞いてみれば何か分かるかもしれないな。来るか?」


「ぜひ、お願いします。普段運動しないせいで疲れちゃって」


 一応強くはなっているが、その反動なのか体中が運動をした後の疲労感のような物に取り憑かれたかのごとく体が重い。出来る事なら風呂に入って温かいお布団に入って寝たい。

 そんな願望を引っ込めつつ、「付いて来い」と言って中へと入っていく少年の後を追う。

  

 村内の建物は全て木製で、そしてどれも豆腐型で三角屋根の物は一つも見当たらない。雪や雨は降らない土地なのかもしれない。

 と、キョロキョロ辺りを見渡しながら歩いている俺に少年が。


「村長ってホラ話が好きなんだ。それを笑ったり揶揄ったりすると怒るから気を付けろよ?」


「は、はい」


 ホラ話が好きとはずいぶん変わった趣味だ。

 異世界の人間ってのは、変人が多かったりするのだろうか。

 

 やがて、他の建築物の二倍は大きい建物の前に着いた俺は、少年の後に続いて中へと入る。

 予想外な事に、この村は日本風なのか玄関で靴を脱ぐ必要があるらしく、目の前の少年が靴を脱ぎ、丁寧な動作でその靴を揃える。

 それを見ていた俺に、少年が。


「ああ、言ってなかったけど建物の中では靴を脱ぐのが決まりなんだ。そんで、靴を揃えるのも」


「ああ、いえ。僕の国もそう言う文化でしたので大丈夫ですよ」


 俺も言いながら靴を脱いで整えてから上がり込み、村長がいつも仕事をしているという居間に向かう。メルカバは悪いが外で待っていてもらう事にした。

 

 居間に入ると、白髪を生やした老人が刃物を研ぎながら。


「何だ、また俺の話を聞きに来たのか」


「いや、異世界から来たって言う人を連れて来た。村長がよく話すアレと同じだと思ってさ、連れて来たんだよ」


 少年が言うと、村長はぎょっとしたように俺に目を向け、立ち上がった。

 そして、俺に近付いて川の水で濡れてしまった制服をまじまじと見つめ。


「……生まれはどこだ?」


「北海道です」


「名前は?」


「四居碧斗と言います」


 老人は俺から離れるとフラフラと座布団に座り込み、大きく溜息を吐いた。

 

「この村の人間、皆日本人みたいだろ。ここにいる人間のほとんどが、俺の同級生達が残した子供たちだ」


 そんな、予想外な事を小さな声で呟いた。

 何も言えないでいる俺は取り合えず、少年が用意してくれた座布団に座り、体中を走る悪寒を感じながら問う。


「村長さん、あなたはこの世界に来た時は二千何年でしたか?」


「……確か、二〇一九年の九月か十月だったな。君は?」


 恐る恐ると言った具合に尋ねて来る村長に、俺はやっぱりかと最悪な展開に気分が悪くなりながらも、事実を告げる事にした。


「僕は同じ年の十一月後半でした。それと……大量失踪したとか、そう言う話を一度も聞いた事がありません」

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