磔のミサ
猫柳蝉丸
本編
仕事を終えて帰宅すると、俺の部屋で奈緒美が自殺していた。
ドアノブで首を吊る。
知識として知ってはいたが、本当にそんな自殺を試す人間が居るとは思わなかった。
奈緒美は生意気で性悪な妹だった。交遊関係もろくなものではなかったらしい。
毎晩何処かの男と遊び歩いては朝帰りして、出社する俺を嫌悪のこもった目で見ていた。
奈緒美は産まれた時からそうだった。要領が良くなかった俺とは違って両親にも気に入られていたし、受験にも失敗しなかった。贔屓目を持たず考えても幼い頃から美少女と称しても過言では無い美貌を有していた。
その美貌に反してと言うべきか性根は捻じ曲がっていた。間違いなく先天的な性格だったはずだ。奈緒美に物心が付いた頃には、既に俺を邪魔者として扱っていた。妹である以上兄の俺は我慢せざるを得なく、二十歳を超えてもずっと忍耐強く辛抱してきたものだ。
そんな奈緒美が自殺するとは思わなかった。
奈緒美みたいな女は一生誰かに迷惑を掛けて生きていくものだと思っていたのだが、俺が考えていたよりも案外に細い神経だったのだろうか。それならそうとそういう素振りを見せてほしかった。それ相応の扱いをしてやれたというのに。
それにしても、困った。
奈緒美が自殺するなんて本当に思いも寄らなかった。
二週間前、何気無く発したであろう奈緒美の罵詈雑言が俺の脳裏を過ぎる。
――アンタみたいな男と血が繋がってるなんて吐き気がするわ。
もしかしたら遊び歩いていた男と何かあって気が立っていたのかもしれない。
だからと言って俺がこれ以上我慢してやる義理も無い。俺だって結婚しようと思ってた女を金だけ持ってる同期に奪われたばかりだったんだ。吐き気がするのは奈緒美だけじゃない。俺だってそうなんだ。
だから奈緒美に吐き気がする俺の血をその身体にもう一つ流させてやろうと思った。大嫌いな俺の子供を身ごもらせて余計に気持ち悪くさせてやろうと思った。だから俺の部屋に監禁して二週間、何度か子供が出来るような事をしてやった。
俺が今までされてきた事に比べれば単なる可愛い嫌がらせだ。
俺だって吐き気がする。対等な立場なんだからそれくらい我慢してほしい。
何も自殺させたかったってわけじゃないのに、最期まで俺に面倒を掛ける馬鹿な妹だ。
しかし、困った。
奈緒美のとばっちりでこれから俺が刑務所で生活しなくちゃいけないじゃないか。
どうしよう。
看守に苛められたりしないかなあ……。
磔のミサ 猫柳蝉丸 @necosemimaru
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