迷惑の種
ミラ
迷惑の種
「むかし外交官という職業があったのを、君は知っているかね」
第十五代地球連邦大統領ジョン・スミスは、俺を大統領執務室に呼びつけると、いきなりそう切り出した。
「はい。まだ世界が統一される前、国どうしの交渉の窓口たる役目を担っていた公務員のことですね」俺は内心答が合っているかどうか冷や冷やしながら、表向きは自信たっぷりに断言した。
「ふむ、わかっているなら話が早い。実は君に、その外交官というやつをやってもらいたいのだよ」大統領はニンマリと笑った。
「し、しかし一体どこの国へ行けと仰られるのですか」俺はびっくりして声を上ずらせながら問い返した。
『人類みな兄弟姉妹』のスローガンの下、全世界がひとつの国になってから、もうかれこれ五十年余りの月日が経っている。もはや外国などというものは地球上のどこにもない。世界はひとつ、人類はみな兄弟姉妹なのである。
大統領は椅子から立ち上がると俺に背を向けて、「あそこだよ」そう言って執務室の大きな窓の外、暮れなずむ夕空の彼方を指差した。
「あのう、もしかして私に、近々建設される火星植民地に行けと」俺は恐る恐る質問した。もしそうなら外交官とは名ばかりの、体のいい島流しである。確かに俺は、三人いる大統領補佐官の中で一番失敗が多い。だが、だからといって火星送りとはあんまりだ。
「違う違う」大統領は振り返り、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。「もっともっと遠くの星だよ」
「と、言いますと」火星以外の惑星に植民地ができるという話は聞いていない。どうにも話が見えてこないので、俺はいささか苛立ち始めていた。
「人類は孤独では無かったのだよ」急に重々しい口調に変えて、大統領は俺の目をひたと見据えた。「今まで極秘にしていたが、つい最近、人類は異星人とファースト・コンタクトしたのだ」
「マジで?」俺は言った。
「マジで」大統領は答えた。「それでだ。友好の印として互いの星に大使館を置くことになったのだ。そこで君に、我々地球連邦の代表として、アリアリ星に行ってもらいたいのだ」
「アリアリ星というんですか」俺は作者のネーミング・センスの無さに呆れた。この調子では俺の名前も、どうせ変なのに決まっている。
「行ってくれるかね、斑鳩君」作者よ、センスをけなしたからといって意地悪は止めてくれ。斑鳩なんて字、どう読めばいいのかわからないよ。
その翌日、俺は恒星間宇宙船に乗り組んで、単身アリアリ星へと向かっていた。
これまでの経緯を簡単に説明しておこう。今世紀最大の発明と呼ばれる超光速通信技術を用いて、全宇宙に友愛のメッセージを送ること三年と三ヶ月、漸くというべきか早くもというべきか、銀河系の中心方向から返事が返ってきたのが、今から約半年前のことだった。もちろん慎重を期してマスコミには一切公表されなかったし、俺も知らなかった。
アリアリ星人は穏やかな性質の人間型知的生命体だった。互いの言語の翻訳用辞書の作成を終えてから、双方の代表者同士での本格的な会談が映像回線を用いて極秘裏に行われた。地球側の代表者は、いうまでもなく我らが大統領閣下である。
ところで大統領補佐官たる俺が、そういったことを今まで全く知らされなかったのはおかしいと思われるかもしれないが、他の補佐官との役割分担があったからであって、断じて信頼されていなかったわけではない。信頼されていたからこそ、大使という重責を仰せつかったのであり、決して、いなくなっても構わない存在だったからではないのである。
話を戻すが、会談はきわめて友好的に進行し、その場で双方の星に大使館を設置することが決まった。
そうはいっても地球には、光速を超えることのできる宇宙船はまだ無い。そこで超光速通信を使い、三万五千光年の距離を介してアリアリ星技術者から作り方を教わりながら、ワープ航法の可能な宇宙船を急遽製造したわけだが、時間と予算の都合で定員一名の小さな宇宙船しか作れなかったのだ。
というわけで俺は一人寂しくアリアリ星に向かって旅立ったのである。ちなみにアリアリ星から地球への大使は、俺がアリアリ星に到着してから地球へ出発することになっている。先にアリアリ星の大使に地球に来てもらって、俺がアリアリ星に行くときには彼らの宇宙船を使わせてもらうことにすれば、俺たち地球人側は宇宙船を作らなくても済んだと思うのだが、そういうことにならなかったのは、最先端の科学技術を吸収したいという地球側科学者団体の思惑が働いたからのようだ。
今のところ、この計画のことを知っているのはごく一部の人間だけだが、俺が無事アリアリ星に到着したときには、異星人とのファースト・コンタクトが平和的に達成されたことを、全世界に向けて大統領じきじきに発表するのだそうである。俺の責任は重大だが、それだけに一年の任期を終えて地球に戻った暁には、出世の道が開けているのは間違いなかった。俺はついている、そう思ったのだが。
世の中そんなに甘くはないことに気づいたのは、地球を出発してから約二週間後のことだった。五回目のワープを終え、船が通常空間に飛び出した瞬間、船体を貫くような衝撃が走ったのだ。そのとき俺はベットに寝そべって缶ビール片手に、さっき自分で煎ったばかりの、ひまわりのタネをポりポリかじっていた。操船は全てコンピューターがやってくれるので、俺自身はのんべんだらりとした生活を送っていても別に構わなかったのである。しかし事故が起きたとなれば、話は別だ。俺はあわてて管制室に駆けつけて、コンピューターの被害報告を聞いた。おそらくは小型の隕石と接触したのだろう、燃料タンクに小さな穴が開いてしまったと、コンピューターは無機質な声で俺に告げた。
もちろん燃料タンクの修理は俺がしなければならなかったのだが、ここで数時間に及ぶ過酷で単調な船外作業について詳しく述べて、読者をうんざりさせるつもりは無い。無事作業を終えて、船内に戻って飲んだビールが実に旨かったとだけ言っておけば十分だろう。
だがビールが旨かったのは最初のうちだけだった。被害状況の詳しい調査を終えたコンピューターが、燃料不足でアリアリ星にたどり着くことができないと伝えてきたからだ。
「どうすりゃいいんだよお」自分でも泣きそうになっているのがわかる悲痛な声で、俺はコンピューターに問いかけた。出世街道まっしぐらのはずが、一転地獄行きでは余りにもひどすぎる。
「引き返すしかありませんね」あくまでも冷静にコンピューターは答えた。
「何だって。まだ引き返すのに足りるだけの燃料が残っているのか」
「はい、まだアリアリ星まで半分の距離も進んでいませんから、今すぐ方向転換すれば、地球に帰還することは可能です」
「それを早く言えよ。よし、すぐに引き返せ」俺は叫ぶように言った。「いや、ちょっと待て」俺の頭の中に大統領の失望に満ちた表情が浮かんだ。俺の過失ではないとはいえ、この事故で俺の出世の道が閉ざされるのは確実だった。運も実力のうち、運の無いやつに重要な仕事は任せられないといわれるのは間違いない。何かいい知恵はないだろうか。数秒の沈思黙考の末、思いがけない名案が浮かんだ。いや、そのときは名案だと思ったのだが……。
「いやあ、災難だったね」燃料を節約するために通常の三倍の期間を費やして何とか地球に無事戻って来たとき、わざわざ宇宙港まで出迎えに来てくれた大統領は、俺の肩を抱いて優しげにそう言ったが、心の中で俺をどう評価しているか、わかったものではなかった。
「計画は当分棚上げだ。君は疲れただろうから、ゆっくり休養を取りたまえ。しばらくは、もっと楽な仕事をしたほうがいいだろう」
やっぱりだ、と俺は思った。連邦史編纂室にでも『栄転』させられるに違いない。だが、もしあの秘策が成功すれば、まだ挽回のチャンスはあると俺は自分に言い聞かせた。
「それにしても君は幸運な男だ。もしアリアリ星に到着していたら大変なことになっていたんだよ」
「は、どういうことでしょうか」
「こちらに来たまえ」大統領はロビーを横切って、俺を通信設備のある部屋に案内してくれた。
「では、やってくれ」部屋の一面を占める巨大スクリーンの前に立ち、大統領は操作卓の前に座っていた職員に指示を出した。
「これを見たまえ、斑鳩君」
「こ、これは」俺は絶句した。
そこに映し出されていたのは廃墟だった。もし破壊されていなければ、さぞ壮観だったろうと思える大都市の建物群が、無残に崩れ、燃え落ちていた。
「アリアリ星の首都に巨大な隕石が落下したのだ。この映像は、わずかに生き残ったアリアリ星政府関係者が、奇跡的に無傷だった超光速通信装置を使って一月ほど前に送ってきたものだ」
「ひどいですね」
「これは隕石落下直後の映像だそうだ。もしアリアリ星に予定通り到着していたら、君も巻き添えを食っていたところだ。運がいいと言ったのはそういう意味だよ。だが不可解なのは三日前に送られてきた次の映像だ。君、次の映像を」大統領は職員に声を掛けた。
映像が切り替わり、今度こそ俺は本当にびっくりした。
「君には、これが何に見えるかね」
「ひ、ひまわりです」
「そう、確かに向日葵に見える。だが、これが向日葵だとしたら、余りにも巨大な向日葵だというほかは無い」
廃墟の都市に巨大な向日葵が何十本、いや何百本も、その大きな花の面を異星の太陽に向け、自生しているのである。その高さは破壊を免れた高層建築を遥かに凌駕していた。
「彼らが落下地点で燃え残った巨大隕石を調査しているとき、突然隕石が破裂して中から何かが飛び散り、廃墟の都市にばら撒かれたのだそうだ。そして数週間後には、この有様だ。どうやら落下したのは隕石では無く、巨大な植物の、種子の塊だったようだ。この向日葵に似た巨大植物は特殊な進化を経て、宇宙空間を越えて繁殖する能力を得たのだろうと思われる。いやはや、宇宙には我々の想像を絶した生命体がいるものだね」
「そ、そのようで」俺は努めて平静を装いながら、内心では気も狂わんばかりのショックを受けていた。なぜなら、この悲劇を引き起こしたのは他でもない俺自身だと気づいたからだ。
燃料不足でアリアリ星にたどり着けないとわかったとき、俺はビールのつまみ用として船にどっさり積み込んでいた未加工の向日葵の種を脱出ポッドに詰め込んで、ワープの搬送波に乗せてアリアリ星の方向へ射出することを思いついたのだ。なぜそんなことを思いついたのかというと、我が故郷の日本州がまだ国家だった頃、同じく国家だったアメリカ州に、友好の証として桜の木を送ったというエピソードが歴史の教科書に載っていたのを思い出したからだ。
もし上手くアリアリ星に向日葵の種が届いたなら、粋なことをするやつだと皆から感心されるに違いない、あわよくば事故で失った出世のチャンスを取り返すことができるかもしれない、浅はかにもそう考えたのである。まさかアリアリ星人が、本当のアリのような小さな生物だったとは思いもよらなかったのだ。
脱出ポッドは外壁の温度が下がったら自動的に蓋が開くようになっている。脱出ポッドの内部と外部の気圧差のせいで、ふたが開いたときに中にあった向日葵の種が周囲に飛び散ったのだろう。わずか一月足らずで花を咲かせるまでに成長したのは、アリアリ星の自然環境が向日葵の生育に適していたからに違いない。
「昨日アリアリ星から、大使館設置の無期限延期を申し入れてきたよ。体制の立て直しが最優先で、外交どころじゃないんだろう。どうした、顔色が真っ青だぞ」大統領は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「ええ、彼らが余りにも気の毒なもので」
アリアリ星の皆さん、迷惑掛けて御免なさい。俺は心の中で土下座した。
迷惑の種 ミラ @miraxxsf
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