地下牢、鞭打ち刑

 なろう系に限らず、日本のファンタジー小説では、冒険者達が宝を求めて探索に向かう地下迷宮を全てひっくるめて「ダンジョン」と呼んでいることが多い。

 英語の「ダンジョン」のことで、日本語訳としては「地下牢」となるのだが、ここまでは知っている人も多いのではないだろうか。

 しかし、そのダンジョンの更に語源となったのは、フランス語の「ドンジョン」であり、城の中心となる尖塔のような建築物のことであるというのは、あまり知られて居ない。


 この「ドンジョン」、日本語では「天守」と訳される。

 そう、日本の城で言うところの天守閣だ。

 地下牢のはずが、城主の居室となるような建物である。だいぶイメージが違う。

 この建物は城塞の建築物としては最も早期に石造りとなった建築物で、跳ね橋などで外と続いていた。

 戦時には城主の居室としても使われるくらいだから、当然勝手に入ることなどできないように作っているのである。

 そしてそれは逆に言えば、中から外へも脱出しにくいということになる。

 そう言う意味から、ルネサンス期ころにはドンジョンの地下に牢を作り、罪人を拘束するようになったのだ。


 ここから、地下牢のことをダンジョンと呼ぶようになった。

 つまり、ダンジョン=地下牢になったのはルネサンス期以降なのである。

 中世ヨーロッパ(を模した世界)を舞台とするなろう系ファンタジーで、地下牢や地下迷宮を「ダンジョン」と呼ぶのは時代考証的におかしいと言わざるを得ないのだ。


 でもね、「ダンジョン」=「地下迷宮」という一般認識が確立されているこの時代に、あえてその単語を使わないメリットをぼくは感じない。

 だから、普通に使えばいいと思う。


 ちなみに地下牢のなかった(というと語弊があるが、ドンジョンの地下=地下牢ではなかった)中世ヨーロッパでは、罪人をどうしていたのか?

 これはだいたい逮捕、即、裁判、即、刑罰執行だったと言われている。

 むち打ちや鼻削ぎなどの拷問、労役、罰金、そして死刑など。その場で執行されていたので、閉じ込める部屋は不要だったのだ。

 もちろん、そう簡単に裁けないような身分の高い人は、普通の部屋に監禁状態にはされていたようだけれど。


 ところで日本人的には「軽犯罪」にたいして行われるイメージの「むち打ち刑(笞刑ちけいとも呼ばれる)」は、中世ヨーロッパ以前の資料を読むとかなりイメージが違う。

 時代劇を見ると「百叩き」なんてのが行われるのだが、それは根本6ミリ、先端で4ミリほどの太さの木や竹の棒で叩かれるのもだ。

 女子供への刑罰としてもよく選択される。


 しかし、中世ヨーロッパのムチで百回も打たれた日には、どんな屈強な男でもまず間違いなく死ぬ。

 ローマ時代から伝わるこの伝統のムチの作り方は、概ね以下のようなものである。


 ①幅1センチほどの丈夫な革紐を撚り合わせて、5本程度のムチを作る。

 ②すべてのムチを握りやすい30センチほどの棒に装着する。

 ③三編みのようになっているムチの結び目には、無数の鉛玉や牛の骨のかけらを編み込む。

 ④叩く前にはよく塩水に浸して、ムチ自体の重さを増し、よく皮膚に食い込むようにする。


 もう見ているだけで痛い。

 かのイエス・キリストも十字架に貼り付けにされる前にむち打ちを40回されたという記録があるのだが、実際に衝突実験用ダミー人形で試したところ、肋骨は10箇所以上折れ、肺に突き刺さって臓器を痛め、死亡寸前だったのではないかとの研究結果もある。


 中世ヨーロッパでのむち打ち刑は、「20回から最大でも40回までとする」との記載もあるのだ。

 日本のむち打ちをイメージして、作中で「百叩き」なんて刑罰を実施しようものなら、登場人物は確実に死んでしまうので気をつけたい。


 現代日本から転移した主人公たちに裁判官が「この犯罪者にはどんな罰を与えましょう?」って聞いたりしたとき、情状酌量するつもりが「(子供に百叩きじゃ可愛そうだから)むち打ち5回くらいで」なんて答えようものなら、冷酷非情な殺人者のそしりを受けかねないので、主人公は本当に気をつけて。

 

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