没落貴族の半竜人 ~溢れる借金なんかこの魔剣でぶった切ってやる!~

まさひろ

第1章 没落は突然に

第1話 没落は突然に

「はーーーーはっはっは! 黄金級の冒険者とはその程度か!」


 何処までも澄み渡った青空の下、高らかに魔剣を掲げ大口を広げてそう笑うひとりの少年がいた。

 その少年は年の頃で言えば14~5歳だろうか、青みがかりツンツンと尖ったミドルヘアーの下から覗くのは、眼光鋭い紫の瞳には猫のように縦に裂けた瞳孔。頭の両側面には青黒く輝く角を持ち、背中には皮膜の羽が、そして尻の付け根からは硬く尖った鱗に覆われた尾を垂れ下げており、一目で魔族と分かる風体をしていた。


 少年が見下すのは、焼け焦げた地面に倒れ伏せる3人の人族たち。

 彼らの持つ使い込まれた豪奢な装備からいって、ただの素人では無い事は即座に判断できるであろう。


「くそ、良いとこのボンボンだからって調子に乗りやがって」

「しっ、少なくない前金貰ってるのよ、ここは気分よく倒されておきましょう」

「そうだな、チビ助の竜人ドレイク坊主もそうだが、こっちを見ているバンパイアは超おっかねぇぞ」


 3人は少年に聞こえないようヒソヒソと内緒話をする。


「ふむ? もう終わりなのかあっけない。まぁ所詮は人族という事か」


 少年は冷たくそう言い捨てると。手にした魔剣に魔力を貯めはじめた。


「ちょっ! 待て! その魔力は!」

「ちょ、無理無理! 私の障壁でも防げないって!」

「ははははは! 貴様らは金で雇われた余の戦闘人形よ! 誉れと思い冥途の土産に食らっておけい!」

「ふざけんな! 今の状態でそんなもん食らった――」

「そこまでです、お坊ちゃま」


 上機嫌で魔力を練り上げる少年の傍に、いつの間にかひとりの陰気な男が立っていた。

 長身痩躯のシルエットで、彼が傍に立つと少年の背の低さがより強調された。

 外見年齢は二十代後半といったところか、つばの広い帽子を目深にかぶった長い黒髪を持つ男で、裏地を真っ赤に染めあげた夜闇のように漆黒のマントを身にまとっており、左足は膝から下が簡素な義足となっていた。


「ふん、分かっておるアシュラッド。ほんの冗談だ」


 少年は口角を歪め周囲に見せびらかせるように牙を輝かせると、あらぬ方向へと魔剣を振る。すると轟音と共に着弾点に巨大なクレーターが出現した。


「それは失礼いたしました」


 その様子を見て、アシュラッドと呼ばれた男はうやうやしく腰を折り曲げた。


「はいはーい、それじゃー冒険者の皆様、坊ちゃまの遊び相手ご苦労様でしたー!」


 クレーターの粉塵が空に溶けきったころ、能天気な声と共に快活なひとりのメイドが現れた。

 年の頃は二十代前半とみられる。一見すると閉じている様なその瞳は、ややたれ目がちな瞳で日溜りのような笑顔を浮かべているからであろう。

 ホワイトプリムの乗った栗色の髪は腰まで伸びており、それを頭の後ろで簡素なリボンで纏めてあった。

 そして何より、エプロンドレスの胸元をこれでもかと言うほど隆起させている、その様な女性であった。


「はい、これがお約束の報酬です。良ければまた坊ちゃまのお相手お願いしますねー」

「ふざけんな! 二度と来るかこんな所!」


 冒険者はそのメイドから金貨の入った小袋をひったくるように奪い去ると、そう捨て台詞を吐きながら、這う這うの体で立ち去って行った。


「ふん、あのような手ごたえの無い連中などこちらから願い下げだ。

 おい! アシュラッド! 次はプラチナ級の冒険者を呼べ!」

「はい、お坊ちゃま」


 アシュラッドは再度腰を曲げた後、ゆっくりと背筋を伸ばした。


「それでは、遊戯の時間はこれで終わりです。次は座学の時間ですローランドお坊ちゃま?」

「うっ、ぐっ、がっ……」

「ミラ! ミラ! アシュラッドに何とか言ってくれ! ドレイクに生まれ落ちた以上何より必要なのは武力だ! 人族の商人どものように、椅子に根を生やしてなんとなる!?」

「あははー、アシュラッドさんは、ご当主様から坊ちゃまの教育全般について任されていますからねー、一介のメイドである私からはー」

「そんな! 助けてくれ! ミラー! ミラー!」


 少年の嘆きを他所に、アシュラッドは彼の手を掴みながらずるずると引きずるように連行していく。


 少年の名は、ローランド・ベルシュタイン。

 人族と魔族の間で行われた300年戦争で武名をはした、ベルシュタイン家の嫡男であり、世にも珍しい半竜人ハーフドレイクとされる種族であった。


 ★


「ふわぁああああ。まったく、どうして余が法律や歴史の勉強などせねばならぬのだ」


 タップリ缶詰4時間コースを受け終わったローランドは欠伸交じりにそうぼやいた。


「仕方がありませんよ坊ちゃま」


 ミラはそう言って、砂糖たっぷりのココアを置いた。


「300年戦争が終わりを迎えた20年前。すなわち、この人族と魔族が共存する実験都市エシュタットが出来て以来、力が全ての時代は緩やかに終わりました。

 今両族に共通するテーマは協調と発展です。その為には武力だけでは無く知力も重要なのですよ」

「ふん、下らん。魔族は魔族、人族は人族としてやっていけばいいのだ」


 ローランドは、眉間にしわを寄せながらそう呟く。

 彼はハーフドレイク、ドレイクの父と人間の母の間に生まれた存在である。

 だが、彼の母は彼を生んで直ぐにこの世を去った。ただの人間にドレイクの子を出産する負担はあまりにも大きすぎたためと世間では噂されている。


 愛する妻を失った夫は、ひとり息子に限りない愛情を注いだ。息子はその愛に応えるべく、精一杯に努力を重ねた。

 よりよいドレイクになる為に、立派なドレイクになる為に、誰からも後ろ指をさされることのない、誰よりも強いドレイクになる為に。


 母の愛を知らないドレイクは、ただひたすらに強さを求めた。

 誰よりも強い父の背を追うために。

 ……守れなかった母を守るために。


 こうして、人族と魔族の協調の象徴であるハーフドレイクの少年は、多少歪ながらも立派なドレイクとして成長を続けていたのである。


「ところで、父上はどうしたのだ? 最近の姿を見かけないが……」

「そうですねぇ、執事長のベンジャミン様からは色々とお忙しいとしか聞かされていませんが……」


 ミラはそう言って首を傾げる。

 ローランドの父であるガリウスはマーキス侯爵の位を授かる最上位クラスのドレイクだ。ドレイクの世界において最上位という事はすなわち最強という事。

 彼にとって越えられない。だが、いつか越えなくてはならない不動の壁であった。


「お忙しいのは存じておるが……」


 ローランドはそう言って口をとがらせる。

 ここひと月はまともに顔も合わせていなと言う状況に、何か不穏なものを感じていたのだ。


「まさか、戦でもあるのだろうか」

「いやですねぇ、縁起でもない」


 ミラはそう言って大げさに体を抱きしめる。

 彼女は、ローランドの母がベルシュタイン家に嫁いできた時について来たメイドである。つまるところは人族だ。ここで再び人族と魔族の間に戦争が起きれば、彼女の立場は非常に微妙な事になってしまう。


「ふっ、安心するがいい、そなたは余の大切な家族だ。他の誰が何と言おうと、余が守ってみせる!」


 ローランドはそう言って胸を張った。

 その様子を見て、ミラは目を細める。

 彼女にとってもローランドは大切な家族だ。彼の母が鬼籍に入った時、契約満了という事で人族領域へ帰ろうかとも思ったが、彼の母の遺言に従い、彼の世話をして生きていくことを決心した。

 それから、彼女は彼のメイドとして、乳母として、姉として、一緒の時を過ごして来たのだ。

 ちなみに彼女はクオーターエルフであり、年齢の事を聞くのはローランドと言えタブーである。


 その様に、ローランドとミラが談笑している所に、何時も表情を変えないアシュラッドが血相を変えて駈け込んで来た。


「お坊ちゃま! 大変でございます!」

「なんだ、アシュラッド、お前にしては騒々しいな」


 やはり戦か? ローランドは眼光鋭く、アシュラッドを睨みつけ、余裕たっぷりに甘ったるいココアに口を付ける。


「それどころではございません! ご当主様! ガリウス様がお亡くなりになりました!」

「ブーーーーーー!?!??!?!」


 ローランドは口に含んだばかりのココアを思いっきり噴き出した。


「なっ、何を言っておるのだ。たちの悪い冗談は止めよ」


 ローランドは咳き込みながらそう言った。


「冗談ではございません! ガリウス様は、訪問先のベルカ様のご邸宅でお亡くなりになったと!」

「なん……だと……」


 突然の凶報にローランドはそう答えるのが精一杯だった。


「ベルカ様という事はデューク公爵の位を預かる……」


 ミラは、ローランドの口元を流れ落ちるココアを拭きながらそう呟いた。

 公爵と言えば、最上位クラスではなく、正真正銘最上位の称号だ。つまりドレイク社会のトップを訪問した際に死亡したことになる。


「そんな! 嘘だ嘘だ嘘だ! 何かの間違いだ!」


 ローランドは椅子を蹴倒すように立ち上がりながらそう絶叫する。


「残念ながら……」


 アシュラッドは、口を真一文字に結びながらそう答えたのだった……。


 ★


 父の葬儀を何とかやり終えた後に待っていたのは、どこからともなくやって来た差押人たちだった。

 彼らはずかずかと屋敷に入り込むと、手当たり次第に差し押さえ札を張りまくって行った。

 それを見たローランドは全員切り捨ててやると魔剣を抜いたが、はがい絞めしたアシュラッドに止められた。差し押さえ札にはベルカ公爵家の家紋が描かれていたのである。


 おかげで、ローランドは一夜にして何もかもを失った。

 いや、ひとつだけ残ったものがあった。


「なんだ……これは……」

「借用書の束でございますな、どうやらガリウス様は大層な借金をおつくりになっていたようで……」


 アシュラッドは消え去りそうな声でそう呟く。

 家は消え、家財は消え、使用人たちは散り散りになり、手元に残るは借金の山だけ。

 呆然とするローランドにかけられる声があった。


「お坊ちゃま、わたくしはガリウス様直々にお坊ちゃまの教育係を任されたものでございます。

 ガリウス様には命を助けて頂いた御恩があります。このアシュラッド、命尽きるまでお坊ちゃまのおそばにいる事をお許しください」

「アシュラッド……」

「あははー。私も一緒ですよ坊ちゃま。亡くなった方との約束は破れませんしねー」

「ミラ……!」


 否、全てが少年の前から消え失せたのではなかった。

 少年はふたりを前に宣言する。


「お前たちの気持ちはよく分かった! このローランド・ベルシュタイン! 必ずやベルシュタイン家を復興して見せる!

 安心するがいい! 余がお前たちを守って見せる!」


 少年はそう言って高らかに魔剣を掲げたのだった。

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