第19話 クラウディアの不整脈

豚王子にパイを投げられ婚約者にされはや半年と数カ月…この間、ある日豚王子がいきなり記憶を無くしたと言い出し、彼は変わった。


記憶を無くす前は最悪と言っていい。いきなり茶会に呼ばれたにしても昼寝してたり、お菓子の屑を口の周りにたくさんつけながら歩いていたり。とにかく姿を見るのも嫌であった。

礼儀作法も最悪だった!


しかしジークヴァルト様は記憶を無くし努力した。容姿はもちろんのこと、国の勉強や私の訓練指導にも頑張っている。そして私の髪も褒めて優しくなった。もうパイを投げられることはない…。もしも王子が前の記憶を取り戻しまた酷いことになったらどうしよう…そんな気持ちも少しあったが…あの奇跡の力を目にしそれは吹き飛んだ。


あの方は本物になられたんだわ…。


それに私は何てことをしてしまったのかしら!血濡れた身体で王子にキスをしていた。忠誠の証?

いずれにしても口にするなんて無礼だったわ。謝罪すると王子は何のことかと首を傾げていたけど。


それから王子に声をかけられると顔を見ると近くに寄られると恥ずかしくなる!

心臓も相変わらず不整脈だわ。

そしてあのレーナ嬢が王子に近寄ると普段ならあんな輩気にしない私の心はザワザワと怒りに満ちる…。


「私はきっとおかしくなったんだわ…」

と呟くと紅茶を入れる従者のヘンリックが


「お嬢様…恋をすると人はおかしくなりますからいいんですよ?正常です」


「何ですって!?正常なの!?」


「まぁ普通に殿下は美形だし惚れるのも当たり前でしょう?メイド達も殿下が廊下を歩く度に目をハートにしてますよ?」


「容姿はマシになったことは認めますわ!でもそんなの問題ではないわ!王子の心が変わったことが嬉しいのよ…」


「ほうほうお嬢様はあの美形より心がお好きだと」


「容姿も普通に好きよ。でも見てくれより中身ね。前のように戻ってしまったら見てくれが美形でも私は婚約破棄を申し入れるわ…」


「なるほど…素晴らしい心意気です」


「でもヘンリック…当分王子と二人きりは嫌だわ…、ね、貴方訓練の時も側にいてよ…お料理の時も」


「甘えっ子ですか!」


「どうしたらいいのか判らなくなるのよ!もし私がおかしくなってまた無礼を働かないよう見張るのよ!」

ヘンリックはむむっとした顔になる。


「お嬢様…そんな態度でよろしいのですか?お嬢様は殿下といずれ結婚してこの国の王妃となるのですよ?レーナ嬢を見てください!側室狙いでガツガツ来てるじゃないですか!」


「あの子は一体何なのかしら?侯爵家の令嬢の私にも全く臆さないし…」


「あの力は化け物レベルですけどね」


「そろそろ…お料理の時間だわ…厨房へ行きましょうヘンリック」


「…はあい」

とクラウディアは中庭の離れにある厨房を目指した。



「なんてこった!まさか殿下がここまでやるとはな!」


「ふ…俺も見くびられたもんだぜ。シェフ!」

シェフのフランツ・シュトラウスマンと王子が料理を食べ比べしていた。

王子のは素朴なジャガーにキャロッツにオニオルにお肉を使った見たこともないお料理だ。


「あ、クラウディア!!」

クラウディアを見て明るい顔をする王子にドキリとする。


「ジークヴァルト様…何をなさっているのです?」


「だって厨房貸してって言ったら殿下に料理させるなんてとんでもないって言われたから俺の料理の腕が良かったら使わせてくれって作ったのがこれよ!!」


「おふくろの味!肉じゃが!!…蒟蒻があればもっといいんだが」


「大袋?ニクジャガー?」

王子は時々訳の分からない言語を使う。


「クラウディアも食べてみろよ」

とニクジャガーを差し出され一口食べると独特の味がした!


「まぁ、何ですのこの味!素材は普通なのに味付けが素晴らしく美味しいですわ!」


「お嬢様私も!!」

ヘンリックが喉を鳴らした。


「ほらお前もどうぞ」

ヘンリックは受け取り食べると目を輝かせた!


「何これえ…。美味しい!!やはり殿下は料理の才能も素晴らしい!!剣はさっぱりだけど!」


「うるせえな!剣も覚えるんだよ!!」


「くっ!完敗だ…。殿下…好きに使ってくださいこの俺の厨房を!」

フランツが頭を下げた。


「と言うことだ、クラウディア!これで料理を教えてやれるぞ!」

と王子がにこりと笑い心臓がまたドキドキ不整脈を起こす。


「ヘンリック!貴方も手伝って!!」


「ああ…はい…」

やれやれとヘンリックは返事をした。


「うーん、そうだなぁ…ハンバーグにするか!クラウディア、オニオルの微塵切りってできる?」


「簡単ですわ!」

とクラウディアは髪を包丁にしてオニオルを空中に放り投げ


「はああああ!」

と恐ろしい速さでグシャグシャにしていく!


「うわああ!何やってんの!クラウディア!」


「微塵切りですわ!」

ボウルにオニオルがべチャリと落ちた。


「いや、確かに言ったよ!?でも髪は使うんじゃない!手を使いなさい!!」

と王子がクラウディアの手を取り包丁を握らせまたドキドキと不整脈が!!


どうしましょう!助けて!このままじゃ暴走して王子を串刺しにしそうだわ!!髪が羞恥でザワザワしている!


ヘンリックは


「王子!微塵切り完了しましたよ!!」

とさっとボウルを見せた。

ナイスですわ!ヘンリック!!


私はバッと王子から離れた。


「…何!?」

いきなり離れて不敬だったかしら。今度からゆっくり離れないとね。


「まぁいいや次は挽肉にしてこねよう」

と王子が言うので


「挽肉ですわね!!今度こそ!」

と髪を振り上げようとするので


「だから手を使えええ!!そもそもクラウディア!!料理する時は髪の毛を縛って頭巾を被るんだ!!」


ガアアアーン!!


そ…そうだったのね!?料理に髪を使わないどころか隠すとは!!


「いやそれ普通ですよ~お嬢様~」

とヘンリックが小さい声で言った。


「も、申し訳ありませんわ…」

と私は髪をシュルリと束ね、上から頭巾を被った。


王子にこね方を教わり手でゴシャアと肉を潰して行くとヘンリックが

「お嬢様!加減を!王子の顔に思いっきりかかってます!!」


「ももも!申し訳ありません!!」

しかしジークヴァルト様はこんな無礼なことをしても怒らなかった!なんて器のでかい!

結局私がこねたハンバーグを丸くしようとしてももはや変な形にしかならない…。


「そんじゃ焼こうか?火傷しないようにフライパンに寝かせるんだぞ?」

と見本を見せてもらう。

置くだけ。それならできるわ。

クラウディアはそっとハンバーグをフライパンに寝かせようとしたがビシャア!と力が加わり油が殿下に降りかかろうとして慌てて庇おうとしたら腕を掴まれ引き寄せられた!


「っっ!」

油が少し王子にかかる。


「ジークヴァルト様!!」


「大丈夫だよ!こんくらい!」

しかし私とシェフは青い顔になる。

王族にこんな無礼を働いた!!

も、もうダメだわ!


私はショックで厨房から走り出した!!

私に料理は無理だわ!!


「クラウディアー!!」

ジークヴァルト様が遠くから叫んだが私はめちゃくちゃ速く走りその声を遠ざけ訓練場の椅子に座り込み震えた。


鮮血姫は…バルシュミーデ家は幼い頃から剣ばかり握っていた。その血を絶やさないようにとどんなに傷だらけになろうと国の為に闘う力を持った一族は…剣を休めてはならないと言い聞かせられた。


「クラウディア!やっぱりここか!」


「殿下…私には無理です…女らしいことなんて…ご期待に添えられなく申し訳ありませんわ…剣しか握れない婚約者です」


「クラウディア…何を言ってるのかな?まだ一回失敗しただけだよ?料理なんて続ければ上手くなる!剣と同じだ!俺だって今は剣術下手だけど!そのうちクラウディアの髪を一房切って願いを聞いてもらうんだ!」


「ジークヴァルト様…」


「クラウディアも俺に上手い料理をいつか食わせてくれ!諦めるな」

なんて真っ直ぐな瞳…。


「解りました…。私頑張りますわ…」

ジークヴァルト様はにこにこすると私の頭を撫でた。ああ!また不整脈が!!

…って今二人きり!!

まぁどうしましょう!誰か誰か!


ドキドキと胸が高鳴る。

時折その笑顔に締め付けられる!

髪がザワザワ言い出す。

顔が熱いわ。

でもどうしたらいいのかしら。


「お嬢様ー!殿下ー!!ハンバーグが焼けましたよー!!」

とヘンリックが声をかけた。


「よし!行こうかクラウディア!仕上げだ!」

と手を握られ私の不整脈が限界に達し次の瞬間ジークヴァルト様は髪の毛に巻き付かれ思い切り地面に叩きつけられ白目で気絶した。


「やってしまいましたね…お嬢様…」

ヘンリックが目撃していた。


「ヘンリック…殿下はきっと足が滑って転んだのよ…そうよね?ねえ!!」


「いやいやクラウディア様?ばっちり目撃いたしましたよぉー?」

ともう一人の従者フェリクスさんがにこにこしながら立っていた。

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