◆第31話 告白してはああ、ギクシャクギクシャク♫
休み明けの月曜日の朝。
香南は重い足取りを引きずるように通学路を学校に向って歩いていた。
陸と顔を合わせたくなくて本心では休みたかったんだけれども。
一回休むとずるずる行きそうで怖かったし、
逆に休むとあからさまに意識してるのを誇示しているみたいで嫌だったのだ。
陸に好きだと、告白された。
おばさんや桃子にさんざんそそのかされて、否定し続けてきたが、
まさかまさか絶対にありえないと思っていたことが起こってしまうなんて・・・。
陸のことを幼少の頃から思い返す。
小さい頃からずっと一緒にいた、近所に住む男の子。
何かあるごとに面倒を見てくれて、側にいてくれた。
いつから異性として香南のことを意識して見るようになったのだろうか。
最近?それとも出会った頃からずっと・・・
そこまで考えて顔が真っ赤になり体温が急上昇した。
もしそうなら、香南は彼の想いにまったく
気がつかずに普通に接っしてきたことになる。
もう恥ずかしいやらなにやらで、どうにかなりそうだった。
自分は一体彼のことをどう思っているんだろうか。
好きなんだろうか。
その問いに答えるのは数学の難問を解くよりもはるかに難しい気がした。
わからない。
嫌いじゃないことだけは確かなのだけれども・・・。
あれこれ一人舞い上がり気味にもやもやして考え歩いていると。
前方の角から、陸が現れ、ばったりと出くわした形になった。
目と目が合う。
「お、おはよう」
「き、きゃっー!」
彼の挨拶に答えることができずに、
香南は反射的に悲鳴をあげていた。
だってたった今、好きかどうか考えていた人間が目に前に突然現れたから。
周囲を歩いていたサラリーマンや学生が
皆こちらをなんだなんだ、といった感じで注目する。
「香南!?」
「あう・・・」
「びっくりさせるなよ。まるで痴漢してるみたいじゃないか」
狼狽する気持ちを抑えようと努めるが、反して鼓動は加速していく。
「ご、ごめんなさい・・」
彼を直視できなくて香南は
俯いてそれだけ搾り出すように言う。
「・・・・」
「・・・・」
陸の方も告白のことが頭にあるのか、
黙ってしまい二人の間に妙な沈黙が流れた。
「あのさ・・こないだの夜のことだけど」
体がびくりとはねそうになる。
「わ、私先に行くねっ」
「あ、おい香南っ」
耐え切れなくなって香南は一人鞄を胸に抱いて走り出してしまった。
彼が呼び止めるのも構わずに。
もう限界だったのだ。
彼と二人きりでいて平静を装うのは。
お昼休み、おなじみのメンバーで机をくっつけて食事をしていのだが・・。
いつもとは明らかに違う空気が流れていた。
桃子が中心になって面白い話をするのだが、
アンパンだけが声をあげて笑いコメントするだけで、
陸は頷いて耳を傾けているだけだった。
香南は下を向いて食事に集中しているそぶりをしている。
意識的に陸を見ないように見ないように。
勘の鋭い桃子はすぐにこの異変に勘付いたようだった。
アンパンは鈍感ゆえか、まったく
空気が読めておらず本当にいつも通りだった。
「ねえ、陸君と何かあったの?」
数日たったある日の休み時間。
香南は教室を出た廊下で桃子に呼び止められた。
「別に・・何もないわよ」
目を逸らして香南はそっけなく答える。
「だって近頃二人全然言葉を交わしてないし。
それにここのところ陸君の家にも行ってないみたいじゃない。
おばさん心配してたわよ」
告白されて以来ぱったりと陸の家に行かなくなっている。
行ったら狼狽するに決まっているのだから行けるわけがない。
桃子と同じでおばさんも周りがよく見えている人だから、
絶対指摘され追及されるだろう。
自ら拷問部屋に飛び込むようなものだ。
「たまたま今ちょっと忙しいから行ってないだけ」
「本当かしら?私には陸君を避けてるみたいに見えるんだけれど」
予想通り桃子は納得せず疑いの目を向けてくる。
「何でもないんだったら、もうほっといてよ」
「あなた達のことが心配なのよ」
無理やり話を打ち切り立ち去ろうとすると、腕をつかまれた。
「仮に何かあったとしても桃子には関係ないことだから」
「どうしても教えてくれないって言うのね」
冷たく突っぱねると、目を細めてなにやら考え込んでいる。
よし、と桃子は開き直ったように言った。
「わかった。陸君に聞くから」
「なっ」
それは困る。問われたら生真面目な陸のことだから、
隠し通すことが出来ない気がする。
香南があうあうと焦りだすと、桃子が不敵な笑いを浮かべる。
「何?文句あるの。私がどう行動しようが、
あなたには関係ない、そうよね?」
あなたがさっき言ったことと同じでしょ、
と理屈で攻められ香南は言い返せなかった。
悔しい。桃子のほうが一枚上手だ。
こうなってはもう告白されたのがばれるのも時間の問題だ。
多分今でも大方、桃子にばれているんだろうが。
ほら私の言ったとおりになったでしょう、と近いうちに言われるんだろうな。
とても癪だったがどうすることもできない。
じゃあね、と軽やかな足取りで歩いていく桃子の背を、
香南は恨めしげに見送ることしかできなかった。
陸は部活を終えて手洗い場で顔を洗っていた。
剣道着姿のまま激しい練習で乾いた喉を潤す。
そこへ同じく部活終わりの桃子がやってきた。
ユニフォーム姿で、おつかれさま、と言い陸の隣で蛇口をひねった。
「相変わらずスパルタな練習してるみたいね」
「やるからには徹底しないと意味がないからな、厳しくていいんだよ」
「こないだ他の部員の子悲鳴あげてたわよ」
「それはたるんでるんだよ」
桃子は洗い終えた顔をタオルで拭きながら、突然聞いて来た。
「ねえ、香南と喧嘩でもした?」
世間話でもするかのような何気ない口ぶりで。
陸は飲んでいた水が気管に入ってむせ、咳き込む。
「げほっげほっ!!!」
「あらあら大丈夫?」
背中を擦られる。
「・・・・・・」
「その様子だと何かあったわね、やっぱり」
陸はどう反応したらいいやらわからずじっと黙っている。
「まさかあの子を泣かせるようなことしたんじゃないでしょうね」
「僕が香南を?そんなことするわけないだろう」
軽く睨まれて、慌てて否定する。
「そうよね」
じゃあ、と。
「もしかして――告白でもしたとか?」
「げほっげほっ!!」
「あれ?図星?」
桃子が愉快そうな声をあげる。
もう隠しても仕方ないので、観念する事にした。
いつまでもこの桃子に嘘を貫ける自信もなかったし。
「陸君って隠し事するのへただねぇ。まあ馬鹿正直なのも程ほどにね」
ああそう、陸君が香南に、へえ。
ねえと感慨深そうに顎に手をあて、しきりに頷いている。
かと思うと愛らしい顔を近づけ詰め寄ってきた。
「で、香南はなんて?返事は聞いたの?」
桃子の態度は何だか、陸が香南に
告白したという事実にあまり驚いた様子はなくて、
こうなることはわかっていたという風に感じられた。
もしかして陸自身も気がついていなかった己の気持ちも、
彼女には御見通しだったのかもしれない。
「いや、聞いてない。その前に逃げられたからな」
「え~?!どうして聞かないのよ」
もどかしそうな声をあげる桃子。
「返事が欲しくて告白したわけじゃないんだ」
なりゆきをわかってもらうために、
あの日夜の公園であったことを陸は話した。
「なるほどねえ、香南を励ますために告白したのか」
改めて他の人間の口から事実を述べられると、
恥ずかしくなって赤面してしまう。
「でもさ、陸君はこのままでいいの?せっかく想いを伝えたのに」
「付き合いたいだとかは思ってないよ。香南の気持ちもあるしな」
「もう、じれったいわね~。もたもたしてたら―」
言葉を切ると、桃子は声色を変えて。
「私が香南のこと奪っちゃうわよ?」
本気とも冗談とも取れない表情でそう言った。
陸は彼女の顔をまじまじと見つめた後、恐る恐る聞く。
「前から思ってたんだが桃子・・・・お前レズなのか?」
「さあ、どうでしょう?」
意味深な笑みを浮かべて桃子は答える。
くるりとその場で一回転してこちらに背を向けた。
「レズかどうかはノーコメントだけれど・・・・
香南のことは大好きよ」
きっぱりとしたその言葉に彼女の本心がひしひしと伝わってきた。
絶対今のは語尾にハートマークがついていたような気がした。
それに愛する子供を見守る母のような、
優しさに満ちた微笑だったから。
万が一陸がいなくなっても彼女がいれば香南は大丈夫だと、そう思えた。
「桃子・・ずっとあいつの友達でいてやってくれよな」
「うん、もちろんあたぼうよ。ってこら~、話をうまいことそらさないでよ」
肩を小突かれる。二人笑い合った。
「私のことはおいておいて」
真面目な話、と真剣な表情で言う。
「香南だって陸君にひかれているよ」
「そうかな。俺の片思いな気がするけどな」
事実あれ以来避けられていたようだし、
と言うと桃子は首を振った。
「恥ずかしくてどう振舞ったらいいか戸惑ってるのよ、きっと」
確かに、険しい拒絶を向けられたわけではないから、
嫌われてしまったわけではない気はするけれども。
「見ててわかるんだから」
私はね、と真剣な顔つきになって言う。
「あなた達二人のこと気にいってるから、
二人には幸せになって欲しいのよ」
桃子の言葉が胸に沁みた。
陸と香南の行く末を応援してくれている。
もしも香南も同じ気持ちでいてくれたのなら、
恋人同士として付き合える日がくるのかもしれない。
思っても見なかったことだけれども、
それはとても幸福なことだと思えた。
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