◇第30話 暗黒の魔法少女ターシャの復讐!

魔女討伐騒動から数年。


黒装束に身を包み、魔女は故郷の地に戻ってきた。




帰りを待つ者もいない古里へ。


村の中を歩く。




村人達が魔女に不審そうな目を向けてきた。


顔を隠しているからこちらの正体に気がついていないのだ。




昔魔女が住んでいた家はまだ残されていた。


誰も住まなくなったために廃れてしまい、放置されていた。




懐かしさに胸が熱くなり締め付けられせつなくなる。




父と母、弟と過ごした、


幸福に満たされた光景が昨日の出来事のように目に浮かぶようだった。




今でも手を伸ばせば触れることが


出来るのではないかと錯覚してしまうほどリアルに。




他人の目にはボロ家にしか映らなくても、


魔女にとっては家族との思い出がいっぱいいっぱい詰まっているのだ。




「おい、何をしている」


背後から声をかけられた。




振り返ると農具を持った男が立っていた。


身に覚えのある顔だった。




「見かけない輩だな。よその者か」


警戒するようにこちらの顔を覗き込んでくる。




魔女は都合がいいと、装束をはずして顔を晒した。


肩まである髪を振り払い軽くなびかせる。




初めは何者なのか、とでも言いたそうに首を捻っていたが、


過去の記憶に思い至ったらしく、みるみる表情を凍りつかせていく。




魔女は数年前の少女から美しい女性の姿へと成長していたが、


幼い頃の面影を残してた。




「ひっ、お、お前は・あの時の魔女!」


男は農具を構えて後ずさる。




「貴様、生きていたのかっ」


「覚えててくれて嬉しいわ」




ターシャは妖艶な笑みを浮かべる。


この男は魔女討伐の場、すなわち家族を殺された場に居合わせていた男だ。




「あなた達を皆殺しにするために帰って来たのよ」


憎悪のこもった視線をぶつけると、男は短く悲鳴をあげた。




踵を返して逃げようとする。


他の村人達に知らせに行くつもりだろう。




ターシャは男の体を念じるだけで金縛りにした。


「う、動けない?」




男の背後にゆっくりと立つ。


「ひぃっ、助けてくれっ、あの時は村長が決めた方針に従っただけんだ!」






「死ね」






その背中を容赦なく魔法で八つ裂きにした。


血が四方に飛び散り男は断末魔をあげ絶命した。




その光景を見ていた他の村人が悲鳴をあげる。


逃げていく村人達をゆっくりと追うようにターシャは歩き出す。




まだ魔女の来訪に気がついていない村人は、


すれ違い様に惨殺した。




目に入った村人達を次々に殺していく。


瞬く間に村は喧騒に包まれた。




村を赤い血で染め上げていく。


魔女の襲来を告げる知らせがいたるところからあがり広がっていた。




道の真ん中で逃げ遅れた小さな少年が座り込んで泣いていた。


「お父さん、お母さんっ」




周囲に親らしき人間の姿はない。


どうやらはぐれたらしい。




ターシャは少年を殺そうと手をかけた。


「・・・・・・・」




頭がぐらついて吐きそうになる。


思いなおしてやめた。




見下ろすターシャを恐怖に顔をひきつらせて見上げている。


その姿がかつて失った宝物の姿に重なったのだ。




手を下ろして少年の脇を通り過ぎる。


いつの間にか周囲には人影が完全に途絶えていた。




静寂に包まれ無人になった家々の間を縫い奥まで歩いてく。




村の中心部。村長の住居までやってくると。


村人達が一つにかたまるように集まっていた。






前衛には武装した男達。


その背後に守られるように女子供が控えていた。




彼らはあるものは敵意を、


またあるものは怯えきったまなざしをターシャに向けていた。




人垣の中から村長が姿をあらわす。


ターシャがこの村にいた時から知っている人物。




歳をとって腰が曲がり杖をついていた。


「死んだものとばかり思っておったが・・まさか戻ってくるとはの」


「あの時は私の家族が世話になったわね」




皮肉めいた言葉をつむぐ。


数年前のあの日ターシャは河に落ちた後、


急流に流され生きながらえたのだ。




「折角逃げ延びれただろうに、今更よく戻って来れたものよ。


 我らに殺して下さいと、言いに来ているようなものだ」




「それはこちらの台詞。私の目的はただ一つ貴様達に復讐することよ」


「やはり魔女というものは、言い伝え通り残虐な存在らしい」




よく言えたものだ。


残虐な存在になるきっかけ、原因を作った張本人が。




村長が手で合図する。


男達が武器を構えて戦闘体勢に変わった。




女子供は目をきつく閉じたり、


恐怖の面持ちで見守るなど緊迫した空気が流れる。




ターシャの手の平から竜巻が生まれた。


それは小さくても異様な速度で渦を巻く。




「全員生きて返さない、覚悟しなさい」




呪詛のこもるその言葉がきっかけとなったか、


村人達が襲い掛かってきた。




腕を走らせ、竜巻を放つ。


竜巻は目には見えない風のカッターとなり、村人達の体を切断した。




腕、首足、果ては胴体ごと難なく切り裂いていく。


ターシャの眼前に男達のバラバラになった死体の山が出来上がっていった。






魔力が尽きて何も出来なかった数年前のあの時とは違う。


気の遠くなるような熟練の末に魔法を極め、


自由自在に操ることが出来るようになったのだ。




今日までターシャは復讐することだけを考えて生きてきた。


家族を殺された恨みは一日たりとも忘れたことはない。




村人達がターシャに傷どころか、


近寄ることさえできずにやられていく仲間を見て怯みだしている。




村長も顔色を変えた。


「こないならこちらから行くわよ」




ターシャは一気に距離を詰める。


身を守ろうと後ずさる男共を、躊躇うことなく殺した。




魔法で次々にあっけなく惨殺していく。


単純な作業を淡々とこなすように。




その表情は氷のように無表情。


弾け飛ぶ肉塊と血しぶきの上がる末に。




とうとう、後に残されたのは村長ひとりと女子供だけになった。


顎をかため震えながら、


返り血で黒装束を赤く染めたターシャを凝視している。




一歩二歩。




村長を見下ろす距離で立ち止まった。




数年前、ターシャとその家族を殺すことを決めた、


ターシャの幸せを奪い去った人間が今目の前にいる。




「よくも私の家族を殺してくれたわね」


「ひい、い、命だけは・・とらんでくれ」






持っていた杖が転がり落ちる。


「お前一人命乞いが許されると思っているのか」




村人達の死体を背にしてターシャは言い竜巻を向けた。


「家族の敵、罪に見合う罰をここへ」






村長の頭が一瞬で破裂した。


残った胴体がぼとりと地面に横たわる。






終わった。




復讐はこれで。


数年かけてようやく。




家族の敵をとったのだ。








手や顔、全身を血で染めたターシャは空を見上げ、


今はもうこの地上のどこにもいない家族に想いを馳せる。




「お父さん、お母さん、アルク・・・。


 敵はとったわ。これでよかったんだよね」






赤い西日が目に沁みた。


充実感などありはしない。




あるのは胸をさすような虚しさだけだった。


心はちっとも晴れてはくれない。






復讐しても愛する人達が戻ってくることはないのだ。






残った女子供を見据える。


ターシャのことを恐れて震えている。




次に殺されるのは自分たちだと思っているのだろう。


母親達は我が子を守るように抱きかかえて。




そんな中から抜け出してくる小さな影が一つ。


「よくも父ちゃんを!許さないぞ!」




ここまで一直線にかけてくると、


手に持っていたナイフでターシャの太腿の部分を突き刺した。




まだ年端もいかない小さな少年だった。


黒装束に赤い鮮血が広がっていく。




涙を浮かべた様子から父親をターシャに殺されたようだと察した。


「ユウキっ、駄目よ!」






母親であろう人物が顔を真っ青にして叫んでいる。


ターシャが手を翳そうとすると周囲から悲鳴が上がった。




母親の絶望したような表情。


ターシャは少年の肩を押した。




体重が軽いためにはじかれたように地面に尻餅をつく。


「私のことが憎い?」




泣きながらターシャを睨む彼に問う。


「だったら・・・私に復讐したければいつでも、


 挑んできなさい。逃げも隠れもしないわ」






ナイフを足から抜き取ると、少年の足元に投げ捨てた。


ターシャは踵を返す。




呆然とした様子の女子供達に


その背を見送られながら、村を後にした。










そういえば。


一度だけ村の入り口でターシャは振り返った。




リュウは今頃どうしているのだろう。


あの日別れた後、どうなったのか。




姿がなかったところを見るとおそらく旅に出たのだろうか。




ターシャは苦笑いを漏らし首を振った。


今更もうどうでもいい。




もう会うことも無いのだろうから。


彼のことをもう遠い過去の記憶として。




心の奥底にしまいこむよう。 










ターシャは蓋をした。

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